49・迫り来る担当さん
綾萌「悠一、今度避難訓練があるそうだな」
佐山「ああ。それがどうかしたか」
綾萌「うむ。混乱に乗じて悠一を狙うネズミを始末しようと思ってな」
佐山「二度とそんな気を起こすなよ」
綾萌「私を心配してくれてるのか?ふっ、思わず鼻血が出そうだよ」
佐山「後処理が面倒なんだよ。いっそ二度と学校に来るな」
綾萌「照れなくてもいい。悠一の心はお見通しだ」
佐山「・・・・・」
続けていい?
さて、深娜島でのどんちゃん騒ぎも無事に終え、なんかやたら懐かしく感じる我が家に帰ってきた訳なのですが・・・事件は突然起こるわけです
その日の夜、居間でぐったりする我等はテレビ見たり話してたりゲームしたり自由を満喫していた。そんな時鳴り出す電話にたまたま近くにいた深娜がいつも通り電話様の感情の読めない声色で対応に当たった
「はい。野崎ですが」
『佐藤だ。里山は居るかい?』
「・・・・は?」
『だから里山だよ。この時間帯ならいるだろ』
「間違いです。そんな人はこの家に居ません」
『あぁ?居ないわけないだろ。番号は間違ってないよ』
「だからっ!」
ヒートアップしてく電話に慌てて割って入る霞
「どうした深娜。叫んだりして」
「間違い電話の癖に態度が気に入らないのよ。里山が居るだろとか」
「・・・・・え?」
「だから里山よ。もう切るわよ」
「ちょちょ待て。俺が代わるから」
「は?いらないわよこんな奴相手にしなくて」
「いいからいいから!」
受話器を奪い子機の方に移してから隣の部屋に逃げるように走る霞
そんな光景を取り残された四人が奇異な視線で見つめていた
「何やってんだよ佐藤さん!連絡は必ず携帯にしろって言ってるでしょ!」
小声で怒鳴る妙なスキルを発動しながら抗議するが全く効果の色は出ていない
『あぁ?10回に1回のサプライズだろうが!感謝しな!』
「いるか!」
『ったく知らない内に女連れ込んで。これから第3ラウンドか?』
「今本気でアンタに殺意を覚えたよ!さっさと用件言え!」
『明日行くからな』
「は?明日っ!」
『じゃあな。まだ仕事残ってんだよ』
「ちょ!おい佐藤さん!佐藤さん!」
『ツー・・ツー・・ツー・・』
ちょっとピンチです
居間に戻った俺は子機を戻しソファーに腰掛けると膝の上目掛けて加弥がダイブしてきた
見事に着陸した加弥は隣にいる深娜といつもの攻防をしながら見上げてくる
「どしたのさっきの電話。間違いだったんでしょ」
「んー。それなんだけどさ、ちょっと明日家を空けてくれないかな?」
『??』
「じつはさっきの電話の相手、爺さん所の人でさ。あんまり聞かれると不味い事の話しにくるから出来れば空けてほしいんだ」
「えー。部屋に居るのもだめぇ?」
「ごめんな。日中だけでいいから頼むよ。夕方には帰る筈だからさ」
「私はいいよ。霞君に迷惑掛けたらダメだから」
然り気無く加弥の足を引っ張って引き剥がそうとする洸夜は足をくすぐりはじめた
うひゃぁぁ!とか言って膝の上で鮮魚の様に暴れる加弥。鮮度が良すぎてそのまま膝の上から落ち、モロに頭から激突した
うぐぅとかぬぅぅとか漏らしながら頭を押さえてのたうち回る加弥とうわぁゴメン加弥ちゃん!とか連呼しながら抱き起こす洸夜を見ながら何とかなりそうだなーとか楽観する俺がいた
その時の深娜の眼がプルプル震えるうさぎさんを狙うキツネのような眼光だったと気付く者はいなかった
おやすみーと眠気まなこで出ていった加弥と洸夜。そこに深娜も続き残ったのは俺と慎。慎は大きく伸びて床に横になる
「なぁ。さっきの電話って担当さんか?」
「あぁ。いきなり明日来るってさ。ったくぜってぇ酒飲んで仕事してやがるよ」
「お気の毒さま。三人はなんとか抑えっから速めに終わらせろよ」
「わりぃ。頼むな」
いいってことよと手で返し二階に上がった慎に感謝し地下に向かう
さぁてとちょっくら書斎の片付けすっか
さぁていよいよ朝になっちゃった。深娜に福沢さんを数枚渡して送り出す。加弥が行ってきますのちゅーとか言って両サイドを挟まれて引き摺られながら出ていった
・・・・・おい佐藤さん。あんた朝とか言ってたけどよ、なんでこんなギリでくるかな。皆が出ていった3分後に来たけどちょっと早けりゃ俺の公開処刑だったぞ
「おぅ野崎・・・早速だけど風呂貸せ」
「オイコラ何しに来やがった。家で入れよ自分の家で」
「あぁ?帰ってねんだよ忙しくて。酒のんでなきゃやってらんねーんだよ」
「昨日も飲んでたろ」
「ああ。当たり前だろうが。ったくあのクソハゲ担当増やしやがって。腹いせに浮気の事会社内の掲示板に書き込んでやった」
「バレたらクビにされますよ。俺関係ない」
「ハッ。知ったこっちゃないね。クビになったらいっそ会社立ち上げてやんよ」
「頼もしいことで」
「よし。風呂貸せ」
「おい」
しかし話を全く聞く気のない佐藤さんはさっさと上着を放り投げ風呂場へと我が物顔で歩いていく
「あぁそうだ。トランクに着替え一式入れた袋あっから持ってきといて」
「へいへい」
仕方なく鍵を受け取り外に出る。相変わらずスッゲー車乗ってんな
コブラAC427SC。車好きなら確実に知ってるであろう名車の一つ。”獲物を狙う猛獣の様な加速力“”大蛇を思わせる様なボディー“正に名は体を表すとはこの事、なんて言われるくらいの独特な車体と加速力を持った車だ。実はこの車、純アメリカ産ではないのはご存知だろうか?実は米英合作だったりするのだがまぁこの変は余り詳しく語らなくてもよさそうだな。因みに車体価格で1680万。あの人は更に色々弄くってるらしく上乗せして軽く2000万イッテるんじゃないかと佐藤さんの後輩さん達が言っていた
車内は綺麗だけど後ろを開けるとまぁ乱雑だこと。資料から機材から・・・着替えまで飛び散ってやがる。下着とか少しは隠すって事考えようぜ
袋に詰めて家にUターンすると廊下に転々と脱ぎ散らかした服。おい、なんで廊下に下着まで脱ぎ捨ててあんだよ。せめて脱衣場で脱げや。渋々回収して洗濯機に放り込む
「着替え置いときますよー。ついでにさっさと上がってくれや」
「おい霞、このリンスめちゃくちゃ高いやつだったと思ったけど使うぞ」
「もう勝手にせい」
コーヒーと簡単なサンドイッチを作って待っていると漸く上がったのか足音を近付いてくる
「あぁサッパリした。やっぱブランドは違うな」
「そうっすか。それより食って飲んだら書斎行きますってなんだその格好!」
「あ?」
「あ?じゃねーよ!服着ろ服!」
「タオルの下にはちゃんと着てるからいいだろ」
「ダメだろ!」
なにバスタオル巻いただけとか加弥と同じ発想してんだよ。えーとか抜かしてる佐藤さんだが渋々脱衣場に向かい数分後にはスーツ姿で帰ってきた
ソファーに座り足を組みながらコーヒーを一口
「・・・なんか前来たときより生活基準が上がってねーか?このコーヒーもクソハゲが飲んでるヤツより上等だろ」
「まぁちょっとした知り合いから貰ってな」
正確には幸澤経由で上等なモノを流してもらったんだけどな。ふーんとか言ってもう一口飲んでからサンドイッチを放り込む。よく噛んで飲み込んでからまたコーヒーを一口
「なぁ霞よぅ」
「なんすか」
「俺の嫁になんね?」
「俺男、アンタ女。次言ったらしばくぞ」
「やんのかこらぁ?犯すぞ年下」
「車のローン一括で払わせますよ」
「よし、仕事すっぞ仕事。ほれ早く書斎行くぞ」
ホント車第一の人生設計だよな佐藤さん
我が家の地下室は台所が入り口になっている。皆さんの家庭でも台所の下に小さな空間を設けて保存食や非常食なんか保管してないだろうか?我が家の地下は当初そんな感じだったんだが爺さんが色々弄くって現在の大地下室が完成したのだ
大きく分けて三部屋。先ずは酒蔵。爺さんの収集癖で最初に出来た部屋である。自由に飲んでるけど俺の両親はその事を知らない様だ。ご免なさい父上母上
次に収集癖第二号の骨董品室。ぶっちゃけ一つ数千万とかあるぞーとかほざいてる品まで置いてある非常に傍迷惑な品々が保管されている
そんでもって俺の書斎。やたら古い本から何かの古文書的な物まで並んでいる。流石に古文書なんて読めるわけ無いのが殆んどだが暇なときには資料書片手に翻訳している。つっても最近そんな暇すら無いんだけどな
仕事モードに入った佐藤さんは今月分の原稿に眼を通している。その隣で俺も仕事をしているんだが実を言うと後少しで完結してしまうのだ。かなり書き貯めていたので来年分まで書き終えているのだ
「霞、この部分の表現これでいいのか?前後の文との繋がり少しおかしいけどよ」
「そこはわざとそうしてるんでそのままでお願いします。まぁ読者に対する引っかけみたいなもんですから」
「そうか。OK残しておくぞ。つうかお前字の間違いとか滅多に無いから楽なんだよな。うっしならコイツは貰ってくぞ」
「お疲れ様です」
そう言って佐藤さんは何故かソファーに座り直しタバコに火をつける
「・・・・佐藤さん」
「あんだ?」
「帰らないんですか」
「帰って欲しいのか」
「いや、いつもならすぐ帰るじゃないですか」
紫煙を吐きながら頭をかく佐藤さんは心底不機嫌そうに灰皿にタバコを押し付ける
「嫌な話しと非常に嫌な話し、どっちから聞きたい」
「聞きたくないから帰ってくれ」
やーな予感が脳内に響いていた
一方追い出された四人は近くの喫茶店で夏の猛暑を凌いでいた
「あーちべたいー」
頭を叩く加弥は身悶えしながらもかき氷を口に運ぶ。そしてぬわぁぁとか言いながら両手でこめかみを押さえた
洸夜はそんな加弥をみて心配そうに笑いながらメロンシャーベットをつつき、姉御はアイスコーヒーを飲みながら何か考え事をしている
「それにしても霞君も大変だね。お祖父さんの会社の事も手伝って」
「霞って変な所で万能なんだよねー。中学の時はフツーだったのに」
そりゃ霞が作家になったのは高校入ってからだしな。それにバレない様に偽名から赤の他人の写真使ったりして徹底的に情報漏れだけは避けて来たからな。知ってるのは出版社の一部と両親、あと俺とか霞の爺さんくらいだからな
そんな事を考えながら、嫌がらせにしか思えない加弥が注文したハバネロミックスたる煮えたぎるマグマみたいなスープを一口
「?どしたの慎」
「シヌ。コノスープコワイ!キモカライ」
何をとち狂ったか知らんがハバネロベースにして納豆混ぜたろコイツ!
呼び出しボタンを連射してると営業スマイルがまぶしい店員さんがやってきた
「お呼びでしょうか?」
「これむり飲めたい。下げてください」
「こちらはチャレンジメニューになっておりまして、飲み干すまでお下げ出来ません」
「チャレンジメニュー!ちょいや加弥さん」
「カンバ慎」
「イヤや!飲めるかこんな産業廃棄物!」
「飲めない場合、ペナルティーとして此方の罰ゲームボックスからクジを引いて頂きます」
「なにこのチャレンジ企画!メニューにも載って無いじゃん!」
「裏メニューです」
「知られざる新事実!つかなんで加弥知ってんの!」
「そこの店員さんが教えてくれた」
「アンタかぁ!」
「ヴィ!」
「ヴィじゃねー!」
俺はかーなーり参っていた。いやはや嫌な話しと非常に嫌な話し
最悪だな
「それで、お爺さんの葬儀はいつ?」
「葬儀は身内だけでとっくに終らせたよ。悪いけど原稿料から葬儀代は引かせてもらった」
「構いませんよ。それより・・・・なんとも急な話ですね」
佐藤さんのお爺さん、東次郎さんというのだが。実はこの人は俺の代わりにサイン会や挨拶等をして下さっていたのだ。一応周りに知られたくないという俺の要望に東次郎さんが力を貸してくれていたのだ
「爺の野郎、癌だったんだよ。それを徹底的に隠してやがった」
「そうですか」
「・・・・」
「・・・・」
暫しの沈黙。もしかしたら無意識に黙祷を捧げていたのかもしれない
「んでよぉ」
本日4本目になったタバコに火をつけ深く吸い込む
「次は非常に嫌な話しですか」
「あぁ」
紫煙を吐き出して灰皿に灰を叩き落としてから舌打ちをする
「あのクソハゲ今度の新刊発売日に握手会をやる気だ。爺じゃなくてお前でだ」
「は?俺で!?」
「あぁ。俺等が反対するの分かってるからあのクソハゲ、ネットの掲示板にお前本人の握手会をやるって書き込んだんだよ」
「はあぁ!?約束が違うぞ!この件に関しては俺はあくまでもゴーストライターって立ち位置の筈だぞ」
「それをクソハゲが破ったんだよ」
あぁ頭痛い・・・・、胃も痛くなってきた
「つう訳でだ。お前はどうする気だ?」
「そちらの出版社を辞めさせて頂く。最初の契約でもそう書いていましたよ」
「あぁ。構わねぇ。約束を破ったのはうちのクソハゲだ」
灰皿に押し付けてから佐藤さんはテーブルに両手を付け頭を下げた
「すまなかった」
「謝られてもこればっかはどうしようもないですよね?」
「ああ。無理だって分かってて伝えたんだ。しゃーねぇだろ」
頭をかきながら立ち上がりコーヒーを入れる。本来なら俺が入れるべきだか先程の謝罪の件もある。だから敢えて出されたコーヒーは素直に頂いた
「んで、ものは相談」
そういっていくつかの書類を取り出した佐藤さんはテーブルに広げる
「いっそ俺が会社作ろうと思うんがよ、うちの第一号にならねぇか?」
「・・・・変わり身がはやいっすね」
「知るかよ。クソハゲにこき使われて辞めたい奴なら結構いるぜ。そいつら全員声掛けたから社員に問題は無いぜ。勿論お前の要望にも完璧に応えてやる。どうだ?」
「資本金はどうするんですか?株式でも最低1000万程必要ですよ」
「車うっぱらう」
「え?車売るの!」
あり得ん!あの佐藤さんがアレだけ俺にすがり付いて爺さんのコネフル活用させて無理矢理月5万の28年ローン組ませたこの人が!
「あと改造からなにから含めて2000万超えてるぞ」
「本気で売るんですか?そして本気で会社始めるつもりですか?」
「半端な覚悟でやる気は無いよ。やるからには今の会社潰すつもりでやるさ」
だからよう、と前置きして再び頭を下げた
「手伝ってくれ」
「・・・・」
なんとも・・・この人は。いつも平然とセクハラ紛いの格好で部屋を徘徊したり、無茶な要求するしバレてないと思って勝手に酒持ってくし。それから後輩つれて親が居ない時間帯を狙いすました様に押し掛けて人の部屋を漁って帰る怒らせたら滅茶苦茶怖い担当さんだが
「佐藤さん」
この人は嘘をついた事は今まで一度もない。嘘を言う事を嫌うし、言われる事を嫌う。だから真っ直ぐに返事を返そう
「スポンサーにOWCが就かせて頂きます。やるからには上目指しましょうか?」
「・・・・なぁ霞」
「はい?」
「今ならなんでもしてやる。ヤるか一発?ゴム無しでいいぞ」
「今後下ネタトークをやめてください未来の社長さん」
「社長・・・・・か。悪くねぇ響きだな」
「トップに立つって所が気に入ってるんじゃないすか?元レディースの頭」
「よせやい」
「あ、姉御!お待ちになって!ストップストップストップ!」
「邪魔」
「ぐはっ!」
ま、不味いぜカスミボーイ。姉御の第六感ものすげー反応しやがった!
「ほら姉御、霞今重要な話してるかもしれねーじゃん。行ったら不味いって!」
「OWCの社員ならなんとかなるんじゃないの。無駄にノリがいいから」
否定できん!
「慎も何焦ってんの?チラッと見に行くだけじゃん」
「少しくらいならいいよね?霞君のお仕事してるところも見てみたいし」
あきまへん、圧倒的に戦力差がありすぎる!このままでは霞の秘密がバレてしまう!
「それに汗で服とかベタつくから着替えたいしさ」
パタパタしてるそのチラリズムがたまらんぞなもし!いや落ち着け、落ち着くんだマイサン。今ここで焦れば霞はおろか俺まで処刑されかねん
「で、でもよ、霞に頼まれた事破っていいのか?」
「う・・・」
「うぅぅ」
「・・・構わないわね」
強気発言キタァァァァ!
「そんなに見られたくいわけ?ってゆうか慎、何か知ってるわね?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ。拙僧何も知らぬで御座るよ!」
「吐け」
「嫌に御座る!」
「嫌って事は少なくとも私達より事情は知ってるみたいね」
ミスったぁぁぁ!拙僧大ピンチ!ここは逃げるしかないか!
「夢と未来を乗せて全力逃避行!」
「逃げた!」
「待ちなさい慎!」
「ふぇ!?置いてかないでよー!」
ふはははは!拙僧が本気を出せば三人に捕まらずに逃げ切るなど雑作もないわぁ!
わははははははははははははははははははははははは・・・・・は?
「霞の家に車停まってる。うわぁスッゴい高そう!」
「すごい!私もこんな車見たことない」
あれぇぇ!なんで気付いたら霞の家に向かって逃げてたの!
「慎、道案内ご苦労様」
「・・・姉御、つかぬことをお聞きしますが」
「なに?」
「姉御って誘導系のスキルあったりする?」
「知ってる?人を追うとき、行かせたい方向と逆の方に寄りながら追うと無意識に離れようとして楽に誘導出来るのよ」
「御高説有り難う御座います。つぅ訳で回れー右!」
三人はスルーして霞邸に向かっちゃった。霞、地下に隠れてて。マジで隠れてて
御一行突入30分前
おおまかな打ち合わせを終えたので上に戻った俺と佐藤さん。直ぐに後輩や同僚に連絡する佐藤さんなんだが、時折『おもちゃ』とか『貸し出し』とかどうも不穏な単語が飛び交っているのだが無視していよう
俺も今夜辺りつぐみさんか飛高さんに電話してちょいと迎えに来て貰わないとなー。あ、ついでに美鈴ちゃんも呼ぼうかな。夏休みなんだし
「うっし、来月には1/3の社員が総辞職」
「抜けすぎじゃね!」
「そんだけ不満があったんだろ。作家の方も何人か引っ張ってこれそうだし上々だな」
「これから忙しくなりますが頑張って下さいよ。俺も少なからず手助けしますから」
「頼むぜ。お前なんか人脈すげーし社内の連中にも人気あっから色々世話になるだろうからな」
「あいよ。その代わり後輩連れて押し掛けたり酒無断で持ってくのは止めて下さいよ」
「・・・・持っていってないもん」
「目を見て否定しろ」
「持っていってないもん。ホントだもん」
「嘘つけないんだから無理に意地はらないで下さい。バレバレです」
「・・・・おう」
まったくと溜め息をついてから向かいの席に腰掛ける。恐らく忙しくなるのは来月、夏休み中はのんびり過ごせそうだ
爺さんの説得は3分で終わるだろうし、会社は・・・新築はまず無理だからちょいと空いてる所を4、5件探しておいて・・・っと
それから社員全員にアンケートもとらないとな。辞めた理由が分からないと再発防止に繋がらん
あとは・・・・・・・
「なぁ霞」
「なんすか?」
「今何考えてる?」
「空きビル確保の件と社員アンケートについて。それから作家の担当人数の上限に有休、昇給、特別手当てについての個人的意見。あぁそれから出版関係の会社に一筆書かないといけないか」
「・・・・なぁ」
「なんすか?」
「お前が社長の方がよくないか?」
「慎んでお断りします。佐藤社長殿」
「ちぇっ」
拗ねない拗ねない。佐藤さんたまに子供みたいになるからな
横になって大きく伸びをする佐藤さんは肘を付きながら欠伸をする。はしたないですよ佐藤さん
「ん?スカートの中が気になるか?気になるか?」
「はしたないです。社長になるなら礼節を身に付けてください」
「うぇぇ。面倒だなおい。代役に誰か立てるかな」
「おい社長」
「冗談だよ冗談」
よっこらせっと立ち上がった佐藤さんは鍵を指に引っ掻けながらあーあと呟く
「アイツともお別れか」
「?アイツって」
「コブラだよコブラ」
廊下に出る佐藤さんを追って俺も後を追う
「なんでわざわざ売るんですか?」
「あ?資本金作るのに売るって言っただろうが」
「OWCがスポンサーになるのに?」
「なんつうかな・・・お前ばっかに世話掛けてっからよぅ。年上としてのプライドっていうか・・・まぁ世話掛けすぎはよくねぇって思ってよ」
「大人の意地ですか」
「おぅ。仕方ねえよ」
「佐藤さん佐藤さん。仕方ねえって言ってる癖になんか泣きそうだよ!」
「おま、お前・・・あのコブラにどんだけ愛情注いでると思ってんだ!」
「なんでキレんの!苦しいって胸ぐら掴むな!」
「お前、俺がどんな気持ちで手放すか分かるか!我が子を手放す気持ちだぞ!」
「あんた未婚だろうが!あとどさくさに紛れて何で人の尻を触る!やめんか!」
「うるせぇ!揉んでやるぞコノヤロウ!」
「今度は胸か!なに錯乱してんだアンタは!」
「うるせぇうるせぇ!」
つかなんつう馬鹿力だこの人は!元関東の女帝の名は伊達じゃないなおい。えぇぃだから尻を触るなと言っとるじゃろうが!
「ならコブラはうちで買い取ります!」
「うるせぇうるせぇうる・・・・え?」
やっと止まったか。あー気持ち悪っ!
「だから佐藤さんのコブラはOWCが2000万で買い取ります。この2000万を資本金にして下さい。そしてOWCで買い取ったコブラは社長自らの足にして貰うために、無期限の貸しにします。これでどうですか」
「・・・えーっと、つまりは・・・・」
「御自分の会社が成功して、自分で好きな車を買ったら返してください。これならいいんじゃないですか」
「・・・いいのかな?」
知らんがや。暫し虚空を眺めて思案する佐藤さんは漸く納得したらしく、うんうんと頷いて俺の両肩をガッシリ掴んだ
「なんつぅかお前神だ。もう何ヤっても許す。ヤるか一発?」
「だから下に走るな!」
「いやマジで」
「なお質が悪いわ!」
「まぁこれくらい素直に貰っておけ」
「むぐぅ!」
いきなり引っ張られたかと思ったら目の前が真っ暗。そして顔全体を優しく包む弾力あるナニか。あとほんの少し香水の匂いもする
俺は一瞬思考回路がフリーズしたが直ぐ様佐藤さんの両肩に掴み引き剥がそうとした
「逃げるな若者」
「むぐう!」
離せ!離してくれ!こんな格好恥ずかし過ぎる!なんでアンタの胸に顔を押し付けなきゃいかんのだ!
だが、いかんせん関東の女帝の腕力に勝てるわけが無いので必死の抵抗も空回りしっぱなしである
「ほーれほれ。今の内に堪能しておけ若人。そう滅多に出来んぞ~」
「むー!むォー!」
「わははは!無礼講無礼講!」
コイツ頭オカシイだろ!そんな失礼極まりない事を考えてたら玄関が開いた。開いた?え、ちょい御待ちになって。見えないけどなんかすげー嫌な予感するんだけど
いやいやアイツ等には夕方まで来ないよう言ったから。そうだ、きっと新聞屋とか勧誘とかに違いない。そうに違いない!
「・・・・霞、亡骸は埋葬してあげるわ」
やっぱりぃぃ!早く弁明しなければ殺されてしまう!
「むー!ムォムぅ!」
「なんだよったく。折角これから第3ラウンドおっ始めようと思ったのによ」
えぇいデマを広めるな!早く俺を解放して弁明させろよ!マジで死ぬぞ俺!
「ねぇー霞?んーと・・・・ね。撲殺って面白くない?」
「んん!むぅぅ!むぅぅむぅんんむ!」
「あれ?何で私大川さんの木槌持ってるんだろ?ねえ霞君?」
「んぅぅぅ!むぅぅむぅ!むぅぅんぅぅぅぅ!!」
「あん?やんのかいガキ共?ウチには今霞が絶対必要なんだよ。盗られる訳にはいかないねぇ」
「むぅぅ・・・んぐ」
「あ、姉御姉御。どっから鉄バット持ってきたか分かんねぇけどよ、霞がぐったりしてんだけど」
「好都合ね」
「姉御超こえぇ!!」
あれ?俺の死因ってもしかして圧胸死?
やめてくれ・・・・、加弥、本の海にダイブしないでくれ。洸夜も本は食べ物じゃありませんよ!それから深娜!テメェ本で焚き火してんじゃねぇ!は?焼き芋?しばくぞコラァ!
慎・・・・特になんでもない。帰れ
ん、なに佐藤さん。ちょ、なんで迫って来るの!やめ、止めんか!やめて、マジやめたって堪忍しむぐぅ!むぅぅむぅ!むぅぅんぅぅぅ!
「・・・・・はぁっ!」
飛び起きて肩で息をしながら汗を拭う。なんだかよく分からんが嫌な汗をかいた。どんな夢だったかな、なんか目の前が真っ暗になって柔らかい・・・・かな?そんなクッションに潰される様な夢だったな
「お?起きたか霞」
ふにぃ
「むぅ???」
そうそうこんな感じの感触。ああそういやこんな甘い匂いもしたな
「何してるの佐藤さん!霞から離れてよ!」
「あ?自分で出来ねぇからって当たんなよ」
「うわぁぁぁん!コウちゃん、佐藤さんが、佐藤さんが!」
「ひわぁ!加弥ちゃんなんで私の鷲掴みするの!」
二人が勢いよく脱線したのでこの際無視。男の意地で無理矢理佐藤さんを引き剥がして距離を取る
「おいこら元レディース。俺を圧死させる気だったのか」
「あぁ?なんだよ桃源郷でも見えたのか?もっかい見るか?」
「よーしテメェ俺の敵だ。今から問答無用でコブラ売っ払ってやる」
「ちょっ、ちょい待て。無償レンタルは!」
「有るか戯け!」
「やめてくれぇ!それだけはホント勘弁してくれ!」
「えぇぃだから何で錯乱したら俺の尻を触るんだ!」
「なぁマジ勘弁してくれよ!まだ首都高タイムラップ更新してねーんだよ!」
何やってんだこの人!又々引き剥がしてソファーに無理矢理座らせる
「佐藤さん、落ち着け。黙れ、場を混乱させるな。あといい加減人の身体を無闇やたら触るなと」
「お、おう」
深呼吸して、漸く落ち着いた佐藤さんは俺の肩に手を置く
「よくよく考えたらよ、お前何気にタメ口っつかよ。いやそこはまぁ気にしねぇけどよ、黙れはねぇだろ」
「・・・・すんません」
「ん。まぁ世話なったからお相子な」
「りょうかい」
そんなやり取りを黙って見ていた三人娘は徐に立ち上がり、椅子の上で体育座りしてる慎を囲む
「え?標的俺っすか!」
無言で頷いた三人娘は、慎を引き摺りながら俺の後ろを通りつつ殴っていく。いや、洸夜だけモミアゲ思いっきり引っ張りやがったな
廊下に連れていかれた慎は、数分後に奇声を発してそれっきり何の音もしなくなり、廊下から顔を出してきた加弥と洸夜は俺をジッと見ている。なんか背中がムズ痒くなっていると深娜がずんずん近付いて佐藤さんの前で腕を組んで見下ろす
「そろそろお帰りになったら担当さん」
やっぱバレたか。まぁ突入された時点で諦めてたけどさ。達観の境地に立つ俺を他所に佐藤さんはゆっくり立ち上がる
「あ?誰にモノ言ってんだガキ。それを決めるのは霞であってテメェじゃねーよな?」
やっぱ佐藤さんの方が背高いな。180以上あるからなこの人
「そうね。でも仕事が終わったら帰るのが普通でしょ?」
「なんだよ。帰ってほしいのかい?」
「えぇ勿論」
「ほぅ・・・・」
一触即発の空気に慌てて廊下に引っ込む二人を見ながら二人を見上げる。漫画とかなら火花どころかオーラとかで部屋中荒れ狂ってるだろうな
「表出なガキ。目上に対しての礼儀っての教えてやる」
「ふん。その口で何を教えてくれるのかしらね」
「・・・・」
「・・・・」
これへたすりゃ警察救急どっちも来るな。まったく世話の掛かる家族と担当だこと
立ち上がって二人の間に割って入る事にする
「はいはいそこまで。喧嘩はご法度だよ」
「退きな霞。さっきからコイツの態度が気に入らないんだよ」
「あら奇遇ね。私も貴女を見てるとイライラするの」
「んだとコラァ」
「何かしら」
ああもうこの二人は。水と油並みに相性悪すぎるな。仕方なく心を鬼にして二人の肩に手を置く
「いい加減にしろ。これ以上続けるつもりなら二度と家の敷地を跨がせないし、今までの関係も全て白紙にするぞ。それでいいなら今すぐ荷物持って出ていけ。それから好きなだけ喧嘩しな」
それだけ言い残して部屋に戻ることにする。まぁ二人供バカじゃねえからお互い妥協してすぐ終わるだろ
廊下退避組の頭に軽く手を乗せて階段を上がる。さあて電話すっか
居間にて対人する二人はどちらともなく溜め息をついて視線を反らす
「っち。流石に白けちまった。帰る」
「そうですか。今後霞に変な真似しないで下さい」
「はっ。知ったこっちゃないね。霞はこれからも大事なパートナーなんでな」
「でも貴女の所有物じゃないのよ。私にだって霞は必要なのよ」
「ああそうかい勝手にしな。だがアンタの所有物でも無いのは確かだね」
「ご忠告どうも」
「はっ。達者な口だ」
そう言い残してさっさと出ていった佐藤さんを見送った退避組はソロソロと居間に入ってきた
深娜はというと苛立ち気に舌打ちするとドスンとソファーに座り足を組んむ。加弥と洸夜はお互い視線で会話してそそくさと寝室に逃げた
一人残った深娜は10数分後にボソッと呟いた
「っていうか何で霞を問い詰める立場から怒られる立場に変わったのよ」
深娜は再び憤怒して二階に駆け上がった。ノックもせずに扉を壊さん勢いで開け放ち踏み込む
「霞!まだ聞きたいことが山程・・・・え?」
もぬけの殻となった室内には一枚の置き手紙
【美鈴ちゃんを迎えに行ってきます。明日の朝には帰ります。追伸・夕飯は出前でも取ってね】
破り捨てた手紙をゴミ箱に叩きつけて一階に降りると佐藤さんと鉢合わせした
「今度は何の様で?」
「忘れもんだよ。いちいち噛みつくんじゃねぇ」
そう言い残して、脱衣場に向かった佐藤さんは乾燥機から着替え一式を取りだし袋に詰める
「人様の家でなにしてるのよ。何様のつもり」
「霞が進んでやってくれたんだよ。下着も丁寧にネットに入れてな」
「・・・・・」
「はっ、嫉妬か?それとも霞の事を無節操とかでも思ったか?」
「貴女には関係ない事よ。さっさと帰ったら」
「ちっ。ホント可愛いげのねぇ生意気にガキだよ。霞もよくこんなのと一緒に居れるな」
「五月蝿い。早くこの家から消えて」
「殺気だけは一人前かい。殺気だけは・・・ね」
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い無言のまま睨み合う。深娜が力ずくで家から追い出そうとした時、佐藤さんが溜め息を吐いて玄関に向かった
「やってらんね。こんな所霞に見られたらマジで白紙にされる」
タバコに火をつけながら出ていく佐藤さんを睨み付けながら、深娜はその場を動こうとせず爆音と共に遠ざかっていく敵を確認して、漸く居間に戻っていった
「今度霞の交友関係を洗わなきゃいけないわね」
溜め息を吐いた深娜は夕飯の出前をとるためチラシを探した
どうも。最近隣の部屋から不気味な独り言が聞こえて震えながら生活してるウドの大木です
えー、いかがでしたでしょうか?ちょっとラストが“怒”の感情一杯になっちゃいましたが次回は大丈夫。だって黒猫姫とお供のスケさんカクさんが登場です
次回は霞の女人化計画に注目?