番外編・・・無題
不可能とは所詮、机の上で導かれた数字の羅列に過ぎない
可能とは所詮、机の上で導かれた数字の羅列に過ぎない
その両方に属さないモノを、或いは奇跡と呼ぶのだろうか
その両方に属すモノを、或いは奇跡と呼ぶのだろうか
奇跡とは所詮、己の意に反する全てをそう呼ぶのだろうか
若しくは総ての事柄が奇跡なのだろうか
Kunimiti・etizen
暗闇が辺り一面を包み、小さなライトが唯一の安息を注ぐ
「漸く・・・・・完成したのか・・・・・」
ライトに照らされた一人の男。右のこめかみから口にかけて酷い火傷の爪痕を残す男はゆっくりとライトの下に歩み寄る
「永かった。余りにも永かった。時を忘れる程に・・・・」
「それでも貴方は成し得た。皆が不可能と決め付け無謀とすら思えた絵空事を貴方は成し遂げた」
闇に木霊する靴音は徐々に近付きライトの手前で止まる
長い銀髪をなびかせ片目を包帯で被う女性は優しく語りかける
「遂に完成ですね」
「ああ・・・・君のおかげだ。ありがとう」
「頭を御上げ下さい。私はただ貴方が必要とするモノを扱っていただけに過ぎません」
「しかし貴女でなければ成し得なかった」
二人は暫し沈黙する
互いの言葉を求めるように。互いの罪を認めるように
「どれだけのモノが犠牲になっただろうか」
「178名です。内91名が男性」
「男の最後の犠牲者は何と言う名かな?」
「フィンランドの死刑囚、Oraru・gureigaです。前科26で18人を殺害した連続通り魔」
「女性の方は誰かね?」
「アメリカ出身のNeiru・affection。交通事故により下半身不全。及び右腕切断」
男は押し黙り、ゆっくり瞳を閉じ黙祷を捧げる
偽善だと彼は知っている
それが無駄であると彼は知っている。だがしなければ心が折れてしまいそうだと彼は知っている
「果たして私は許されるのだろうかね」
「何にですか?」
「総てさ。あらゆるモノの一つにでも私は許されるのだろうかね」
「・・・・・許されるでしょう」
「はは、無理しなくていいさ。私がした事は居もしない神の侮辱さ」
「許されますよ。少くとも私が」
「・・・・・有り難う。それだけで私は救われるよ」
男はライトの照らされるモノにそっと触れる
「私は思うのだよ。この先に有るのは血塗られた闇しかないと」
「・・・・何故そう思われるのですか?」
「・・・・天罰さ。神様って奴の怒りだ」
「なら貴方を産んだのも神です。貴方の罪は神が償うものでしょう」
「君には敵わないよ。その発想力には」
二人の小さな笑い声が広がり、直ぐに静寂に包まれる
「ここは何日持つかな?後3日は欲しい所だが」
「善くて5日。早ければ明日には踏み込まれるでしょう」
「困ったな。いくら偽装してもあの連中をそう長い時間騙せないな」
「こればかり運次第ですね。もし予定より早い突入があれば・・・・・」
「分かっている。その時は私が壊すさ」
すると男の懐から小さな電子音が鳴る
素早く取り出し耳に当てる
「私だ。・・・・君か。助かったよ。私の方は全て終了した。後は君次第だ。・・・・そうか、・・・・・・分かった。早めに頼む」
無線を懐に戻し溜め息をつく
「彼からですか?」
「ああ。2・3日もあれば来てくれるそうだ」
「そうですか。やはり運次第ですね」
「その様だ」
銀髪の女性はゆっくり歩み、ライトの下に照らされるモノに触れる
「コレに見入られた人は残りの余生を全て狂わせられるのですね」
「ああ。少くとも私は既に狂っているのだろうね」
「貴方だけではありませんよ。私も、そしてあの者達も。既に狂っているのですよ」
「・・・・そうかもな」
その時軽い衝撃が走る
遥か頭上で響く破砕音と複数の足音
「来たようだね」
「その様ですね」
「さて、逃げ切れるかまだ分からないが・・・・・コレに名前を与えようと思うんだがね」
「名前・・・・・ですか?しかし正式な名は既に」
「それはあくまであの連中が付けた名だ。あんな名を喜ぶ奴なんていないさ」
「確かにそうですが、しかし我々に名を付ける資格が有るのでしょうか。狂気を創った私達に」
「ならこう言おうか。神様がその責任を背負ってくれるさ」
「神様ですか。都合の良いモノですね」
「人なんて皆そう思ってるさ。さて、私としては貴女の頭文字を一つ頂きたい。そして最後の贄の二人の頭文字を一つづつ」
「貴方のもですよ」
「いや、私のは流石に気恥ずかしいよ」
「許しません。貴方の産んだのですから」
困ったなと頭をかく男は懐からメモ用紙とペンを取り出す
Zesika・miran
Kunimiti・Etizen
Oraru・gureiga
Neiru・affection
「Z、K、O、Nか、並べかえても中々良いものになりそうにないな」
「なら貴方の名字を先にすれば良いでしょう。この国ではそうなのでしょ。それならZeon。こう読めるでしょう」
「Zeonか、そうだな。そうしよう」
断続的に続く破砕音の中
二人はソレに名を与えた
5日後、そこには二つのモノが横たわっていた
一つはこめかみから口にかけて酷い火傷の爪痕を残す男
一つは銀髪に片目を包帯で被う女
二つのモノは微笑んだまま動かない。胸に鮮血の花びらを散りばめ
一人の女性はゆっくりと一冊のノートを閉じる
ボロボロに汚れた日誌にはこう記されている
『大沢章一郎』
これは父の旧名である
これから数年後、今の名に変わったそうだ
「御父様の部屋からこんな物が出てくるなんて」
ノートをテーブルに置き、カップに口をつける
喉を潤しカップを置くと脇に立つ青年は一礼して片付ける
「幸澤、調査の方は?」
「只今上層部プロテクト解除の段階です。考案者が考案者なだけに解除は難航しております」
「そう、引き続き作業を続行しなさい。それから・・・・」
ノートを幸澤に渡す
「これは厳重に管理するように。内容な関しては伝えなくていいわ」
「・・・かしこまりました。しかし宜しいのですか?彼ならこれをヒントに見付け出すことも可能では?」
「・・・・或いはそうかもしれないわね。ゼオンに関しては殆んど記載されてないノートから私にも気付く事が出来なかった何かを見付けたかもしれないわね」
麗奈の表情は険しくなる
「でも御父様が本気で私に見付けて貰いたかったら何か言い残していたわ。それにもしそうならあんな厳重な所に保管していないもの。書斎の事務金庫から出てきたということは少くともヒントと呼べるモノは無いわ。・・・・・それに」
麗奈は微笑む
「あの子、ここに居た時より明るくなったと思わない?」
「・・・・御優しい事で何よりです」
「そんな事はいいわ。さ、早く仕事に取り掛かるわよ」
「かしこまりました。それではこれよりカナダの貿易商との会談が有りますので別室に。14時より政界の方との会食が。18時より・・・・」
「幸澤、明日の16時以降は開けときなさい」
「・・・私用ですか?」
「ええ。珍しくあっちから夕食の誘いがあったわ。仕事は全てキャンセルよ。問題ないわね?」
「了解しました」
菊地麗奈は優雅に立ち上がり部屋を後にした
亡き父に近付く為に