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生死の境目

作者: 尚文産商堂

アンドロイド化という、人間の肉体を機械に換え、ほとんど不老不死になった世界。

私は、そんな世界で高校生をしている。

父親と母親は知らないけど、姉ならいる。

いっぱしの弁護士で、なんでもよく知っている姉だ。

私は、そんな姉をいつも誇りに思っていた。


だけど、そんな姉が急に調子が悪くなった。

医者に見せてもよくわからないという。

父親と母親のときとよく似た症状だと言っていたが、そもそも、私自身がどんなものだったのかということを知らない。


姉がいる病室に入らせてもらうと、いつもの清楚な表情を浮かべて、入ってきた私をじっと見た。

「お姉ちゃん…」

「大丈夫よ、中に入っても」

姉がそういうのだからと思い、私は姉しかいない病室に入り、近くにあった背もたれがない丸椅子に座った。

「お姉ちゃんって、どうなるの?」

「どうって、何も」

「…ねえ、死ぬって、どんな感じなのかな」

「え?」

唐突に聞いた私の質問に、姉は声を裏返して聞き返した。

「お父さん、お母さんも"死んだ"って私は聞かされている。でも、死ぬっていう感覚が、いまいち理解できないの」

ほとんど不老不死というのは、死の概念を遠い記憶の彼方へと置き去りにしたようで、私には、ロボットの機能停止程度の認識しかなかった。

「…今の時代には、考えなくてもいいものだもんね」

姉は、私の頭を優しく撫でながら言った。

「……死ぬって、生きるって、なんなの」

「死ぬって言うのは、魂が別の世界へ行くことよ」

「魂って、本当にあるの?」

「ええ、在ると思えば在るのよ」

そう言っている姉の体には、魂が宿っているように見えた。

その時、ふと思い出したかのように、姉が教えてくれた。

「そうだ、私の友人に来てみればどうかしら」

「友人?」

「ええ、大学の時の友人よ。今でもあの家に住んでいるはずだから紹介するわね……」

そして、その場所の住所をメモ帳に書いている間に、誰かが病室に入ってきて、姉の手が止まった。

「あら、そんな必要はないようね」

花束とフルーツのカゴ盛りをもってきた2人組が、扉のところに立っていた。

姉は、二人を私に紹介した。

「紹介するわね、私の大学の友人で、人文学部哲学科の井羽菜都(いわさいと)石切夘木(いしきりうき)よ」

「こんにちは。彼女から話だけは聞いてるよ」

井羽さんは、姉とよく似ていて、身長も、胸も、顔も似ていた。

石切さんは、男の人だった。

すらっと伸びた背に、思わず見とれてしまった。

「やあ、佐子(さこ)ちゃんだね。お姉さんから話は聞いてるよ。よく、"かわいい妹"について話してくれるからね」

そう言って、笑顔で私に言った。

「二人とも、ちょっと佐子の話を聞いてくれない?」

「いいとも」

「もちろん」

すぐに、二人は答えた。

「死って何?」

私は、間も置かずに聞いた。

「"死"、ね」

井羽さんが私が言ったことを復唱した。

「じゃあさ、なんで生きていると思うの。逆にさ」

そのまま私に聞いてきた。

「えっと…」

「"生きている"というのと"死んでいる"というのは、大差なんてないと思うんだ」

「どういうこと?」

石切さんが語りだした。

「まず、"動いている"というものAと"動いていない"というものBがあるとしよう。Aが生きているように見えて、Bが死んでいるように見えても不思議じゃない。なにせ、Aは動いていて、Bは動いていないんだから。でも、だからと言って、Bがたしかに死んでいるということは分からないだろ?」

「実際に確かめているわけじゃないから…?」

私はよくわからなかった。

「だから石切は説明下手だっていうのよ」

横から黙って聞いていた井羽さんが、割って入った。

「佐子ちゃん、考えてみて?ある箱があって、その箱は外から見えないの。その中には、ガスを放出する1時間にきっかり50%の確率で動作する装置と、外から判断することができないようにされたガスの検出装置があるの。それでね、その時に、30分後、1時間後にそれぞれガスが出ているかどうかを考えてみると、どう?」

「外から分からないようになってるんじゃ、どうなるか分からないけど…」

私は、二人に率直に言った。

「そういうこと」

「それと、生きている、死んでいるってどういう関係があるの?」

私が二人に聞くと、石切さんが話しだした。

「外見上じゃ、生死なんて判断できないのさ。たとえば、俺は今生きているか?」

「そうじゃないの?」

「なんでそう言える?」

「え…」

「さっき言っただろ、"生死というのは外見上判断できない"って。植物状態になったからと言って死んでいないとも言えるし、脳死だけど心臓が動いているから生きているともいえる」

「じゃあ、生きるって何なの?」

私が、石切さんに聞き返した。

石切さんは頭の後ろのほうを軽く掻きながら、私に話してくれた。

「俺が思うに、幸せや不幸せを感じる事ができる状態のことなんだと思うんだ」

「幸せや不幸せ?」

「ああ、そうだ。佐子ちゃんは、今、幸せ、それとも不幸せ?」

「私は…お姉ちゃんが、こんな状態だから、不幸せ」

「その感覚が、"生きている"っていうことなんだよ」

「…生きてる」

「そう、君は今、その感覚がある。だから、佐子は生きている。もちろん、佐子のお姉さんも」

姉を指さして、石切さんは言った。

「…お姉ちゃんは、今どんな気持ちなの?」

「佐子と一緒にいれて、とても幸せよ」

いつもの柔和な笑顔を浮かべて、私に答えた。

その時、医者が部屋に入ってきて、私たちは追い出された。


姉はそれからゆっくりと回復をしていった。

今では、ちゃんと日常生活ができ、仕事ができるまでに回復している。

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