供物のラインナップがどれもおかしい
最近の供物はほんとにだめ。
ぜんぜんなってない。
はじめは美味しそうなお酒や食べ物だったのに、いつのまにか動物の死体やら血に変わっていってロイエルは不満たらたらだった。血したたる生肉はそんなに好きじゃない。せめて、せめて血抜きをしてほしい。もっと言えば簡単でいいから調理してほしい。調理は人間が編み出した素晴らしい技法じゃないか。なぜ動物の生首を皿にどんと置くような野蛮な先祖返りをする。
そんなことを思っていると、ついに生きた人間を捧げようとしてきた。しかも今にも殺されそう。
「あまりに愚か。この僕が人間を食べるとでも思ってるの?」
果物の方が好きなんですけど。
いい加減にしてほしくて、ロイエルは儀式の地へ降り立った。
唖然とする人間たちへ向かってびしりと言い放つ。
「不快だから二度とこういうことしないで。儀式も供物ももういらない」
人間たちはおそろいの黒装束を身に着けてた。供物の女は簡素な麻布だ。供物ならむしろいいもの着せてやれと内心思った。人間たちはロイエルの降臨に感激するばかりで話を聞いている様子がなかった。
「僕の話聞いてる? もう供物いらないって言ってるんだけど」
「はい! 今すぐ捧げますから!!」
そう言って女の首へ鉈を振り下ろそうとする。聞けよ話。目を耀かせてるんじゃないよ。そしてなぜ文明の利器を血で汚す必要があるのかと、ロイエルは鉈を遠くへ飛ばした。
「な、なんということ! 悪魔ロイエル、この女は気に入りませんでしたか!?」
「ぜんぶ気に入らない」
司祭っぽい人間がその表情を驚愕に染める。
そしてロイエルの言葉を曲解したらしい村人共が、贄の女を憎々し気に睨みだした。おまえがいたらないばかりに、とでも言いたげだ。いや、口に出して言いだした。
このままでは贄の女は殺されるかもと思った。よくて村八分。そうなったら結局生活がままならず女は死ぬだろう。庇う人間も誰もいないのでもともと身寄りのない女だったのかもしれない。仕方なしにロイエルは贄の女を脇へ抱えた。
両手両足を縄で縛られ身動きが取れないようだった。変わらず人間どもの怒りは女へ向けられている。恐怖でかたかた震える女は憐れそのものだ。
「はあ。ほんと意味わかんない」
全部がおもしろくなくて、ロイエルはそのまま村を去った。昔から付き合いがあったから今まで面倒を見てたけど、もう顔もだしたくない。二度と地上には降りない。引きこもりだ。
贄の女も神の庭で暮らしてもらうことにした。何にもないところだけど、あんな村よりは幾分過ごしやすいだろう。
縄をといてやり、ケガがないか一応診てあげる。打ち身が数か所があったのでそこは治してあげた。
「……あの、ここはいったい」
「神の庭だよ。聞いたことくらいあるでしょ」
人間からすればどこよりも目指すべき楽園らしいし。
確かに飢えも寒さもないこの地は人間からしたらうらやましいものなのかもしれない。贄の女は一瞬ぽかんとしてから、おそるおそる辺りを見渡した。ロイエルからすれば特に目新しさもなにもない所だけど、贄には違うふうに見えるかもしれない。
「好きに過ごせば? 僕は干渉しないから」
ふんと鼻をならし、ロイエルはハンモックで横になった。
今にも壊れそうなそれは揺れるたびにぎいぎいと悲鳴を上げている。ロイエルの住処はテラスのような板張りの床に、簡素な家具があるだけだ。屋根はない。地上のような雨はふらないから。
「ここでは食べることは不要だ。凍える寒さもくらむような暑さもないし、適当にそのへんで暮らしてたらいいんじゃない。遊び相手がほしいならその辺に幻獣とかいるよ」
ユニコーンとかセイレーンとか。まるまるころころしてい可愛いやつらだ。
残念ながらここには人間たちが使うような便利な道具はない。供物として捧げられたものなら人間界から持ち帰ることはできるけれど、ロイエルは食べ物とお酒くらいしかもらえない。壊れそうなハンモックだって大昔に誰かの眷属に作ってもらったものだ。必要なものがあったら自分で作ってねと言うと贄の女は目を白黒させていた。
「神の庭……思ったより不便……」
「ねえ不敬って知ってる?」
こうして贄が神の庭で暮らすようになった。
暮らすといっても同じ場所ではなく、贄はロイエルの住処から少し離れたところで寝起きしているようだった。そこらの草をかき集めればベッドになる。ころころ丸いユニコーンとはすぐ打ち解けたようで、たまに楽しそうな笑い声が聞こえてくる。会えば話くらいするし、不便がないか一応聞いた。ここへ連れて来た責任があるから。
最初は気まぐれだった。
人間たちの手助けをしたらたいそう感謝された。年に数回供物と称して美味しそうな料理や酒でもてなしてくれた。それがいつのまにか、捧げものをするから平穏に暮らさせてくれ、災いを起こさないでくれという嘆願に変わった。それじゃあまるで僕が悪いことを起こしているようじゃないかとロイエルは不満だった。しかし捧げものがまだまともだったのでハイハイと聞くことにしておいた。
時間が経つと、あの村にも異教が流れ込んできた。まあ人間の宗教なんて好きにすればいいと思うけれど、あの地で小さいなりに神と祀られていたロイエルはいつのまにか人々をたぶらかす悪魔ということになった。
それなら信仰がなくなるのかなと思いきや、悪魔は悪魔で需要があったらしい。どこから仕入れて来たのか怪しい儀式を行い、力を与えよ人を罰せよとか言ってきた。この辺りから供物のセンスが悪くなった。酒はまあいい。わりといいものをくれる。だがやはり殺したてフレッシュな動物はいらない。何度も言うけど、調理してほしい。肉と赤ワインでことこと煮込めばそれっぽい見た目のやつできるだろう。罪人の地獄煮とか名前にすりゃいいじゃん。手抜きをするな。
そうしていよいよ人間まで捧げようとしたのだから、ロイエルは絶縁宣言をしたのだ。願いには対価が必要。それはまあわかる。覚悟の具合が見てとれるし。けどこちらの好みだって考えてほしい。用意するのに苦労したんだから願いを叶えよとはあまりに一方的だ。逆におまえは動物の首をもらって嬉しいのかと小一時間問いただしたい。自分がもらって嬉しいものを寄こせ。そして供物の定義を一から考えろ。
もの思いに耽っていると、贄がすぐ近くにいた。
もじもじした様子で、ロイエルへ話しかけていいものか悩んでいますといった具合だ。
「あ、あの、悪魔様」
「めんどくさいからロイエルって呼んで」
悪魔と呼ばれて嬉しいやつなんていないだろ。
いや、いるのかな。そういえばアイツとかアイツとかはちょっと変わってたから案外悪魔って言われたらのりのりで応じたかも……などのロイエルが思考を飛ばしていると。
「ロイエル様! あの、不躾かとは思ったんですが、少しお住まいが寂しいように思いましたのでそこらの花を飾ってみようと集めてみたんです。お部屋に飾ってもよろしいでしょうか」
「……好きにすれば」
「あ、ありがとうございます!」
贄の考えていることがわからない。この状況で花を飾ろうとか思うか?
しかし贄はすでに気合たっぷりで、ふんすと小鼻をふくらませている。ユニコーンのちびがころころ着いてまわっていた。楽しそうだ。贄の好きなようにさせていると、ロイエルの住処に謎のオブジェが誕生していた。土をこねて作ったらしい花瓶に、そこらに生えている花や草をめいっぱい詰め込んでいる。
「かなり前衛的だね」
「テーマは愛の再生です!」
胸を張る贄はとても楽しそうだった。
おどろおどろしい感じもするけれど、本人がいいならいいかとロイエルはその花を飾ったままにした。やはり人間の手先の器用さと発想はすごい。
またある日はなぞのふくらみを持ってきた。
「ぬいぐるみを作りました!」
「わかった。これは泥の精だろう」
「おしいです、お昼寝をしているユニコーンの親子です」
「新しい視点だ」
贄はそこらに生えていた綿をたくさん集めて、削った枝の先でひたすらツンツンして形を整えたらしい。美醜はともかく、その技術は素晴らしい。怠惰でやる気も根気もなく、気まぐれに天候をいじるくらいの神と比べたら、人間たちとはまあマメで働きものだ。
ある日、地上からロイエルを呼ぶ声が聞えた。
「またやつら僕に呼び掛けてる。懲りないな」
贄をさらったのと同じ村。いや町なのかな。さすがに供物に人間はやめたようだけど、相変わらず野蛮なフレッシュ祭りだ。呆れながらしばらく様子を伺っていると、儀式に乱入してきた一団があった。武器をもって場を制圧し、悪魔崇拝をしていた黒装束の人間たちを次々に捕縛していく。
「異端狩り? 人間はよくわからない諍いを起こすよ」
これで痛い目を見ればもうロイエルを崇めることもないだろう。少し寂しいような気もするけれど、これでいい。もう変な供物も信仰もいらない。
少しだけしんみりした気持ちでいると、贄がものすごい勢いで駆けよって来た。
「ロイエル様! 見てください、なんとこの不便な地でクッキーが焼けました!」
一部聞き捨てならないセリフが聞えてきたがまあいいだろう。差し出された皿の上にはなんとも言い難い形の焼き菓子がいくつも並んでいた。いわく、供物として捧げられていた小麦をがんばって粉にして、練って形を整えて手製の窯で焼いたらしい。
「うん、立派な馬だね」
「星です!」
「そうか」
色が黒いのは焼き過ぎたせいか。
せっかくだから食べてみようと手を伸ばしたところ、贄が慌てて一歩下がった。
「あの、おいしくはないので見た目だけ楽しんでください」
「おしくないの?」
「はい。甘味がぜんぜん足りないし、硬くて歯をもっていかれそうになりました」
「それは危険だ」
「責任もって私が全部食べますので!」
花の蜜をがんばって集めたけど想定の甘さには届かなかったらしい。そういえば最近、贄がユニコーンとともにあっちをガサゴソこっちをガサゴソ草原を漁っていた気がする。連日なにをしていたるんだろうと思ったら。
「……ちょうだい」
「え?」
「僕にもちょうだい。どれくらいおいしくないのか興味ある」
「え、え、でも、ロイエル様にこんな危険物」
「僕のいうことが聞けないっていうの?」
獣の生首を捧げられていたこの僕を見くびるなよ、とロイエルはすごんだ。硬くておいしくないクッキーがなんだというのだ。調理をほどこしている時点で実食の価値はある。まして、ロイエルのために奮闘しているのだから。
「うう、神様、どうかロイエル様の歯をお守りください……!」
神の庭で神頼みとはある意味肝がすわっている。それが少しだけおもしろくて、ロイエルはクッキーをひとつぽいと口の中へ頬った。とたん、口中の水分がクッキーへもっていかれた。もっていかれてもなお硬度の変わらないそれに、意を決して歯を立てる。
ガキンッという破砕音と衝撃が口の中で響く。
ガキン、ガキン、と数度繰り返してそれを飲みこみ、さらに水をあおってひと息ついた。口の中が衝撃で痺れている。皿の中にあるクッキーはまだある。もう数枚を同じようにかみ砕いているとあごに限界がきた。はらはらしている様子の贄に、一応クッキーの感想を伝える。
「すごい体験だった。味がないどころが苦いしえぐいし、何より硬い」
「おっしゃる通りです……」
「まあでも楽しかったよ。ここでもこんなものが作れるんだね」
さすがは人間。
無精な神よりも地上を発展させるだけはある。
素直に関心していたせいか、口もとが緩んだようだ。
「また作ってよ。楽しみにしてる」
贄の顔がみるみる赤くなり、そして破顔した。
「……はいっ!」
それからしばらく経ったある日、古い知り合いがロイエルを訪ねてきた。
「やあロイエル。相変わらず生意気そうだね」
「ルシオン」
顔を見るなりずいぶんな挨拶だ。
「なに。消える前に僕の顔でも見に来たってわけ?」
「まあそういうこと」
「…………そう」
冗談のつもりだった。
ロイエルはばつが悪くなってそっぽを向くと、ルシオンがからからと笑う。
「そう落ち込むなよ。私らは役目をはたした。地上に神気がほとんどなくなったけど、それは人間でいう寿命がきたのと一緒だし。ただね、キミより早くてごめんねって言いたくなって」
神の消失とともに、庭もなくなる。
そこにいる幻獣も眷属も一緒に消えてしまう。
「昔はあんなに賑やかだったのに、残ってるの庭は今やほんの少し。悲しいね」
神気が地上に満ちていたときは、今よりもはるか多くの神がいて庭があった。そして信仰という力を手に入れ、ますます地上を繁栄させた。だが地上から神気が減少していくと同時に神の力も衰えていった。信仰を得られていなかった神たちが消滅いく様子に、他の神々は戦慄。どうにかして信仰を手に入れようと躍起になる神、仕方がないと諦める神、いろいろいた。
「ここに連れて来た人間がいるんだけど、私と消滅を共にしてくれるらしい。嬉しいけれど、少し申し訳ないね」
この庭につれてきた地上の生き物は眷属という形になるので、主である神と運命を同じくする。ひとり消えるのが嫌でたくさんの眷属を作ったやつもいた。眷属を地上へ戻し、再び信仰の力を強めようとする神もいたが、それもあまりうまくはいかなかったようだ。地上におりて人として生きることを決めた神もいると聞くが、それはあまりに少数。ものぐさな神に人間のような労働はできないのだから。
「きみも寂しく思ってくれるかい」
そういってルシオンが笑う。
友人のような存在だった。寂しくないわけがない。
けれどどんなに願ったところで事実は変わらない。
「まあね」
長らく語らいあった。
そして別れの挨拶を交わす。
ルシオンが去っていき、それから彼に会うことは二度となかった。
信仰のない神は消える。
どの程度信仰があれば消えずに済むのかはわからない。でも本気で存在を信じなければだめなんだろうなと思う。書物に名前が載ったくらいでは。やれと言われて祈るくらいでは。その点、あの供物のセンスがなかったなりに彼らはロイエルのことを信じていた。供物に人間の殺生を持ち込まなければまだもう少し面倒みてもよかったけれど……
「……ねえ贄。時がきたら、僕と一緒に消えてくれる?」
一緒に花畑を散歩をいるとき、贄にそう聞いてみた。ぱちぱちと何度かまたたきをする贄。変な質問をしたなあとロイエルが苦く思っていると、次の瞬間、贄は嬉しそうに笑った。
「ええ、もちろんです!」
そのくったくのない笑顔に、ロイエルはちょっとだけ引く。
「あとかたもなく消えるよ?」
「ロイエル様と一緒ならどんとこいです」
「……今なら人間界に帰れもするんだけど」
「いやです一緒にいます!」
はあ、と大きなため息をひとつ。
「ばかな贄だね」
あまりに盲目すぎる。眷属とはこんなにばかなのだろうか。主が消えろと言ったら喜んで消えるのだろうか。ロイエルは初めて贄を眷属にしたことに後悔した。
「むっ。ばかなのはロイエル様です。一緒に消えてほしいのかそうじゃないのか、どっちなんですか。ご自分の望みさえわからないのはばかだと思います」
贄の生意気な態度に、ロイエルはその小さな鼻をきゅっとつまんだ。「ひえっ」と慌てる贄を見ながらもうひとつ大きなため息をつく。
一緒に消えてほしい。
最初に言ったじゃないかと、ロイエルはそのまま贄の体を抱き寄せたのだった。
◇
ロイエルは眠る時間が多くなった。
軽い昼寝のつもりだったのに何日も目覚めないことが幾度かあった。目が覚めた時に、泣いている贄が目の前にいてぎょっとしたものだ。
「ロイエル様ひとりだけが消えちゃうんじゃないかって、怖くて」
わんわん泣く贄に「ばかだね」と言ってなだめつつ、考える。そうか、ふたり同時にというわけでもないのか。ひとり眠り続け、そのうちに消えゆくロイエルをずっと見守る贄のことを考える。きっと心細いに違いない。幻獣は少し前から姿を見なくなったのでもう消えてしまったのかもしれない。ここに贄の心を慰めるものはなにもない。
となれば、やるべきことはひとつだろう。
いつもは面倒くさがって断る贄との散歩も花摘みも、数日かけてぜんぶ付き合った。本の読み聞かせもしてやったし、クッションも並べて一緒に昼寝もした。好きな食べ物をを互いに言い合うなんて不毛な時間にもつきあった。
だから、もう、大丈夫だ。
ロイエルは改めて贄を呼び出して、大真面目に言った。
「贄よ。きみに追放を言い渡す」
「え……」
贄は唖然としたまま動かない。
ロイエルは言うべき言葉を続ける。
「罪状はそうだな。神の庭の器物損壊とかで」
変なものを食べさせた罪とかでもいいけど、とにかく、ロイエルは贄を人間の世界へ戻すことを決めた。絶望に染まった表情の贄が、はっとした様子でロイエルに食いかかる。
「……まさか、おひとりになるつもりですか!? いやです、私一緒にいます!」
贄にしては聡い。
だが引くことはできない。
「だめだよ。これはもう決めたことだ」
「ロイエル様はどうなさるのですか」
「べつに。必要がない存在は消えるだけさ」
「そんな……っ」
瞳にじわりじわりと涙がたまっていく。
「じゃあロイエル様も人間界に行きましょう! ロイエル様がいなくなるなんて、そんなのダメです!」
「もうなんの力も残ってないし、僕が人間のふりするなんてなんの意味があるの」
「わたしが、わたしがロイエル様を必要としています! だから……!」
「はいはい。気持ちだけ受け取っておくよ」
悲しむ顔を見たくないって言っても、贄はばかだから納得してくれないでしょ?
こんな孤独な場所で置き去りにされる恐怖はもう味わっただろうに。
「執行猶予なし。情状酌量もなし。ただちに地上へ降りること」
贄を淡い光が包み、身の内にわずかに残っていた神気ごそりと持っていかれる感覚があった。なにやら贄がわめていている。四肢から光となって消えていく光景に胸がいっぱいになっていく。贄から神気が抜けるにはしばらく時間がいるだろうけど、そのあとはまた普通の人間として生きていけるはずだ。いろんな人と出会って、伴侶をみつけて、もしかしたら子どもも授かって。神の庭にいては味わえない、人間にしかできない幸せを築くことができる。
「じゃあね」
強い眠気に襲われながら、ロイエルは別れの言葉を口にした。
もしかしたら二度と目覚めることはないかもしれない。
自己満足なのはわかってる。でも神はわがままで自己中心的なものだし。贄のことだからしばらくは落ち込んでいるかもしれない。それでも自分の消滅に付き合わせるのはしのびなかった。泣きながらこちらに手を伸ばす贄の姿が、ずっと脳裏へこびりついた。
でも贄が残りの人生を楽しく生きてくれたら、それで――
それからどれだけ時間が経っただろう。
眠っていたロイエルを呼ぶ声があった。
「……だれ」
まさかまた悪魔崇拝のやつらかな。
もういなくなったと思ったのに。
地上からの呼び声はどんどん強くなっていく。これはあれだ、祈るだけじゃなくてちゃんと祭壇になにかあるタイプの呼び声だ。
「ああもう、うるさいな。これでまた変な供物だったら殺意わくほど許せないんだけど」
ぶつぶつ文句を言いながらロイエルは立ち上がる。
ほんの少し戻った神気を使って地上を覗き、そして固まる。
祭壇におかれたいびつな形のクッキー。
不格好なぬいぐるみ。前衛的な花飾り。
「なに、あれ」
本が数冊。ロイエルが好きだと言った果物。お酒もいくつか。
果物はまだ時期的に早いはずだ。
なのにあんなにたくさん。
他にもシチューやパン、農作物の山になぜか農機具まで。
「こんなの……」
一生懸命あきれたような態度をとるけれど、声が震えて言葉が続かない。
「ばかじゃないの……」
祭壇のそばでは見たことのある女が懸命に祈りを捧げていた。あの日よりもう少し大人になった贄が、白い装束を巫女のようにまとって。しかもよく聞くと祈りの言葉がひどい。
――ロイエル様は意外とさみしがりです、誰かがそばにいないとダメなんです。あと食い意地がはってて地上の食べ物が大好きで、人間が作った道具とかも大好きで、たぶん工芸品も好きだから今度それを見せてあげたくて、演劇もきっと気に入るだろうし他にもいろいろ……
それ以上聞いていられなくて、ロイエルは急いで地上へ降り立ったのだった。
◇
その栄えた街には神さまがいるのだという。
人間のことが大好きで、困っている人をなんだかんだ言って助けくれるそうな。
「別に大好きとかじゃないし。ていうかもう神じゃないし」
自己申告ではさほど好きではないらしい神さまは、巫女の女性とよく一緒におり、田畑や街を見て歩く姿はとても仲睦まじい様子だったそうだ。
一番の好物はあごが痺れるほどの固いクッキー。
これは菓子職人たちがどんなにがんばっても、巫女が作ったものほどの硬度はだせなかったと伝わっている。




