俺の親友がハイスペックすぎる
男女比1:20の世界に転生した。
……と聞くと、普通はモテると思うだろう。
俺も思った。
前世でWeb小説を読んでいた頃は、男女比が狂った世界の男のキャラなんて、だいたい決まっていたからだ。
努力しなくても女が寄ってくる。
だらしない。
女遊びが激しいか、逆に女を忌避してる。
女は男に尽くすのが当たり前だと思ってる。
でも希少価値だけで許される。
端的に言えばアホでクズ。
そういう生き物だと勝手に思っていた。
そして相対的に俺の評価が上がるだろうとも。
───だけど、現実は違った。
「おはよう、湊」
机に突っ伏す俺に、爽やかな笑みを浮かべる美青年。
下手なモデルより整った顔立ち。艶のある黒髪。すらりとした長身。モデルみたいに着崩しひとつない制服。
「……おはよ、紫苑」
九条紫苑───唯一の男のクラスメイトにして、俺の親友である。
成績優秀、スポーツ万能、良家の息子で、人当たりも完璧という、ちょっとどうかしてる男だ。
だけど嫌味は無い。
むしろ妙に世話焼きで、困ってる奴を見ると放っておけない主人公タイプだった。
外面も中身も完璧超人。
そのせいで男女問わず人気が高い。
この世界だと特に女子人気がヤバい。
今もクラスの女子たちが妙にソワソワしていた。
「あっ、紫苑くん……!」
「今日も素敵……」
「こっち見た……!」
あちこちでこだまする黄色い声。
アイドルか?
しかもコイツ、その全てに爽やかスマイルで応対する。
明らかに手慣れていて少し怖いくらいだ。
前世の価値観を未だに引きずっている俺には無理な芸当である。
……前世基準なら、俺だって別に悪い見た目じゃないと思う。
清潔感には気を遣ってるし、陸上部に入ってるから筋肉もそれなりにある。
勉強だって手抜きせず、2周目ブーストも活かして学年トップクラスを維持してる。
なお、トップは大抵紫苑。
……足りない。
紫苑に限らず、この世界の男たちの平均スペックが高すぎる。
なんなんだよ。
男が希少ならもっとこう……油断するだろ普通。
なんで全員、誇り高いモテ貴族みたいになってるんだ。
優れた遺伝子以外は淘汰されちまったのか。
俺が内心で頭を抱えていると、隣に立つ親友が不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや別に……」
「顔色が少し悪いけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「そっか。……でも無理はしすぎないで」
そう言って自分の席へ移動した。
昨日は遅くまで勉強してたから少し寝不足なんだけど、紫苑はすぐに察したようだ。
優しい。
いや本当に優しいんだよ。
前に俺が風邪引いた時も、授業のノートまとめて持ってきてくれたし。
しかも字が綺麗。欠点どこだよ。
そんなことを考えていると、背後から元気な声が飛んできた。
「おっはよー、湊くん!」
「ん…?」
振り返ると、茶髪のギャルが片手を上げながら近づいてきた。
彼女は相沢莉乃。
クラスでもかなり目立つ女子で、いわゆる陽キャ。
ただ、この世界基準だと“チャラ男ポジション”らしい。
男女比が逆転すると文化も変わるんだなあと、未だに時々思う。
「宿題見して〜」
「またかよ……たまには自分でやりなって」
「いいじゃんいいじゃん!」
悪びれもなく笑う相沢さん。
俺はため息を吐いて“ふ〜やれやれ”感を演じつつ、カバンからプリントを取り出した。
「ほら」
「んっ、ありがと!」
まあ、この子も色々大変らしいしな。
片親で、放課後はバイト掛け持ちしてるとか聞いたことあるし……それを知ってると強く言えない。
「というか、紫苑に見せてもらえばいいんじゃない? アイツ頭良いし、全部正解してるだろ」
「あ〜……」
相沢さんの笑顔がほんの少し引きつった。
「紫苑くんはちょっと、その……お硬そうっていうか……?」
「そんなことない」
はたから見れば非の打ち所の無い高嶺の花かもしれないが、紫苑はそれだけの男じゃない。
誤解を解かねばならない。
「優しいし、ちゃんと話も聞くし、融通も利くぞ。前なんか───」
そこから数分ほど、俺は紫苑の長所について説明した。
面倒見が良いとか。
スイーツ好きとか。
最近ぬい活にハマってるとか。
「マジで?」
「マジ。可愛いだろ」
なぜか少し誇らしい気持ちになる。
しかし相沢さんは、なんとも言えない微妙な表情だった。
「……そだね〜」
なんだその反応、褒めろやもっと紫苑のこと。
放課後、今日は貴重なバイト休み。
「よーっす」
文芸部の部室の扉を開けると、いつもの静かな空気が流れていた。
窓際の椅子に座って黒髪眼鏡の女の子──栞が文庫本を読んでいる。
私の幼馴染で、数少ない気を遣わなくていい相手だ。
「……ん」
ページから目も離さず、たった一文字で返事を済ませてしまう。
相変わらず無愛想だ。
でも、今更そんなことはどうだっていい。
私は椅子に座るなり机へ突っ伏した。
「あ゛〜〜〜……」
「うるさい」
「そう言わずに聞いてよぉ……」
ようやく本を閉じてこちらを見てくれた。
「で、進展は?」
「それがさぁ!」
私は勢いよく顔を上げた。
「宿題見せてもらう仲にはなった!」
「それは前に聞いた。順調じゃん」
「でもそこから全然進まない!」
栞は呆れた顔をした。
「“宿題を借りるだけの女”だからでは?」
「いやだって急に距離詰めたら引かれるかもじゃん!?」
「そのヘタレ思考、一生治らなそう」
「やめろよぉ……」
ぐうの音も出ない。
私は呻きながら椅子にもたれた。
「しかもさあ……今日なんか、“紫苑くんに宿題見せてもらえば?”とか言われたんだけど」
「……ああ」
栞が妙に納得した顔をする。
「それで?」
「いや、私も慌てて“紫苑くんはちょっとお硬そうっていうか……”って適当に言い訳したの。そしたら……惚気が始まった」
「でしょうね」
遠い目になる私と、妙に嬉しそうな栞。
「やっぱりさあ、あの2人って“そういう”関係なのかな」
「今は“まだ”そこまでの関係じゃないと思うよ」
「まだ!?」
「私の見立てだと、あれは紫苑くんの片想い。だけど陥落は時間の問題」
「嘘だ……!」
「もし陥落したら紫苑くんはバリタチ」
「いやそこまでは聞いてない」
一呼吸置いて、今度は栞が真剣な表情で聞いた。
「で、惚気の内容は?」
「色々……“最近ぬい活にハマってる”とか教えてくれた……」
「ほうほう」
「“可愛いだろ”って自慢してた……」
「素晴らしい。これ以上の薔薇は存在し得ないだろうね」
「なんというかさぁ、これが栞の言ってたNTRってやつ?」
「寝てから言え」
栞は深いため息を吐き、眼鏡をクイッと押し上げて言った。
「どっちかというと、むしろアンタが“薔薇の間に挟まる女”だからね?」
「うっ」
否定できない。
だってあの二人、距離感がおかしいのだ。
自然に隣を歩くし。
当たり前に互いの世話焼くし。
視線合うだけで空気がほんわかするし。
創作の世界から飛び出したかのような2人だ。
「でもまあ」
栞がぽつりと呟いた。
「案外、告白したら普通に受け入れてくれるかもよ?」
「えっ」
「湊くん、女の子に興味自体はありそうだし」
ドクン、と心臓が高鳴った。
「“そういう視線”、感じたことないの?」
「それは……」
ある。
というか結構ある。
距離近いと露骨に緊張してたり。
前にジュースこぼして下着が透けた時も、慌てて目を逸らされたり。
実はむっつりである可能性はゼロじゃない。
「でもなあ〜……」
「ヘタレ」
「だからその3文字やめてってぇ……!」
私の情けない悲鳴が、静かな部室に響いた。




