別クラスの八神さんは今日も教室で愛を叫ぶ
チャイムが鳴り、一番長い休み時間。
嬉々として教室から飛び出す生徒たちをよそに、俺のクラスは、動かない。
にやにやとしたみんなの視線が痛い。
俺は、この時間が一番嫌いだ。なぜなら――
ばん!!! と扉が大きく開いた。
「一色くん!! 好きです!! 付き合ってください!!!」
別クラスの八神さんが、告白しにやって来るからだ。
「すみません」
予定調和のようにそう告げると、ああ――……! とクラス中からため息が漏れる。
一色まじ女子の敵、みたいな鋭い女子からの圧。
一色どんまい、みたいな男子からの憐みの目。
そして、しゅん、とわずかに眉の下がる八神さん。
……いや、そうなるだろ、こんな公衆の面前で告白とか。公開処刑すぎるだろ。
「今日も、好きアピールしときなよ、八神さん!」
「でも『顔かっこいい』『優しそうなところ』『声も好き』『話し方も好き』辺りは聞いたし、他にネタある?」
「じゃあ、いつ好きになったとかは?」
八神さんを焚きつけるクラスの女子たち。楽しそうだな、おい。
すると八神さんは、いつ……、と考え込んだ。
「捨てられてた仔猫をよしよししてて、拾ってた時から好きです!」
「一色おまえ、まじ?」
「おまえ仔猫よしよしとかすんの?」
友人たちが引いたような目を向けてくる。
言うなよそういうことをみんなの前で!
睨むように見たら、ぽっと頬が染まった。
違う違う、色目向けたとかじゃないから。
すると友人の一人、高野が俺の肩に身体を預けながら八神さんの顔を覗き込んだ。
「じゃあ俺と付き合おうよ」
「…………」
え……誰これ……? みたいな顔で固まる八神さん。
どうやら俺しか見えていないらしい。
女子たちが一斉に吹き出した。
今日もうちのクラスは大いに盛り上がっている。
クラス一丸となるのはいいことだ。俺の話じゃなければ。
俺が八神さんについて知っていることは少ない。
告白ついでに叫んでいた自己紹介を覚えてる限りで総合すると、
『本名八神遥、O型、帰宅部。趣味は手芸。得意科目は国語、苦手科目は体育。猫好き、虫嫌い、購買で好きなパンはクリームパン、好きな食べ物はいちご』
くらい。
見た目は割と普通。小柄、童顔。長めの黒髪は毎日結び方が変わる。
まあ多少かわいい。でもみんなの前で告白してくる辺り、頭のねじは多少飛んでいる。ほんとやめてほしい。
高校二年になって少しした頃から、この忌々しい儀式は始まった。
(そして今日、俺が仔猫を拾った後であることも発覚した)
ちなみに。
八神さんは2-A。文系クラス。隣の校舎南端。
対して俺は2-H。理系クラス。この校舎北端。
対極の位置。なのにそんな毎日遠征してくる?
移動教室。
俺は忘れものに気付き、一人教室へ駆けこむ。
慌てて机からノートを引っ張り出し、顔を上げた瞬間。
向こうも移動教室だろうか。
廊下で、ぽかんと口を開いたまま固まる八神さんと、目が合った。
隣の友達が、とんっと肩を押す。
はっと我に返ったらしい八神さんが、窓から身を乗り出した。
「おっ……驚いた顔も好きです!!」
「すみません」
俺は「すみません」と答え続けていた。
「うっらやましいなあー一色……!」
体育。
隣でしゃがみ込みながら、高野が悟りを開いたような声を漏らしていた。
「……。おい高野。あと三周」
「くっそ――……。何で八神ちゃんはこんな冷たい男が好きなんだよ……! 猫? 猫なでなでしてたから?」
「言うな、それ」
「どこで拾ったの? いつ?」
「いいだろ俺の話は」
「何でだよ」
膝に手を当てて息を整えながら、ちらっと高野を見た。
「好きなの? 高野おまえ」
「そういうわけじゃないけど」
「最低か」
「俺も、女の子に熱烈に好かれたい……!」
「先行くぞ」
めそめそと顔を覆う高野を無視して、俺は走り出した。
長距離はひたすらトラックをぐるぐる走るだけで、好きじゃない。
息苦しさが増すのみで変わらない景色。
肺に大きく息を吸い込みながら顔を上げ、ふと校舎を見た。
運動場側である東棟南端のクラス。2-A。
(……あ)
窓際の一番後ろ。
毎日見すぎて、すっかり遠目からでも認識できるようになった、その顔が、こちらを向いていた。
俺が見たことに気が付いたのか、ばっ! と立ち上がる。
そして八神さんは大きめの紙を二枚、高々と掲げた。
『き』『好』
「……あ――……書道……?」
後ろから先生に教科書で頭を小突かれていた。
いつ書いたんだよ。
ある日の帰り。
ガシャンガシャガシャガシャン!!
と、ああ絶対倒れただろ自転車、という金属のぶつかり合う音が響いた。
ちらっと覗くと、案の定。
駐輪場で自転車がドミノ倒しのごとく派手に重なっている。
そしてその横。
八神さんが、置物のごとく固まっていた。
その顔は、途方に暮れているというよりは、何が起こったの? 的な顔。
八神さんは、感情が顔に出るみたい。
そして突如、おろおろと慌てだした。
目の前の自転車を引っ張り上げてみるものの、カゴやらタイヤやらにハンドルが刺さり、動かない。
小さな手で、力いっぱい引っ張る。
「いや、一台ずつ起こしてかないと無理だから」
端の自転車を起こしながら、そう言った。
丸く見開かれる瞳。
この間、移動教室の時会ったみたいに、八神さんはやっぱり固まっていた。
普段教室で愛を叫ぶくらいなら、そこで助けを叫べよ、と思う。
ため息をつきながら、二台目を起こした。
しばらくぽかんとしていた八神さんは、慌てて自転車を起こし始めた。
無言で恥ずかしそうにしながらも、たまにちらちら向けられる視線はとても煩い。
いやその借りてきた猫みたいな態度なんなの? 別人格?
そして、薄々気づいていたこと。
『捨てられてた仔猫をよしよししてて、拾ってた時から好きです!』
拾ったのは、家の近くの川辺。
家が実は、ものすごく近いんじゃないかということ。
――案の定、帰り道は一緒だった。
すっかりオレンジ色になった空を見ながら、あーいい風、と小さな歩幅に合わせて歩く。
八神さんの、借りてきた猫は継続中だった。
さっ
きゃ……
さっ
見上げては勝手に赤くなって逸らしつつまた見上げて。
やっぱり煩い視線。
さっ
と見上げた瞬間、目線を合わせる。
ぴし、と固まると、瞬時にカバンで顔を隠してしまった。
そのカバンのキーホルダーが揺れた。
猫だ。
しかも、見覚えある。
「この猫」
そう言うと、八神さんの肩が一度弾んだ。
カバンの上部から、ちらりと顔を覗かせる。
「一色くんが……拾っていた仔猫ちゃんを……作ってみました。羊毛フェルト」
趣味は手芸。
そう叫んでいた。確かに。
いやでも。妙に上手いな。
一度見ただけで、ここまで鮮明に再現できるのだろうか。
見すぎだろう。
仔猫にしても。
体育の授業中にしても。
「何で俺なの?」
「え」
「何で教室でばっかり言うの?」
ずっと、聞いてみたかったことだった。
すると、あわわわわ……! ときょどり出す八神さん。
カバンを盾にしながら、絞り出すような震える声で告げた。
「恥ずかしすぎて、みんながいる時しか言えないんです……!」
え?
「わ、わたし、極度の恥ずかしがり屋で…………でも、みんながいると、言えるから……」
そんなこと、ある?
「ご迷惑かもと……思いつつ、伝えたいことは、いっぱいあって。みんなの前ならと……どうしても言いたくて」
嘘だろ。
俺は、開いた口が塞がらない。
そんな……――そんな、真逆なこと、ある?
「でも、私、ほんとに、仔猫に話しかける声が優しい一色くんが、えと、拾ってあげちゃう優しい一色くんが……あの」
なかなかその先が出ない。
「今言わないの?」
カバンから、ようやく顔が見えた。
中身がどうなっているかわからないくらい、握りつぶされるカバン。
意を決したように息を吸うと、大きく顔を上げる八神さん。
夕日なのか照れなのか、その顔は真っ赤に染まっていた。
「……一色くん、あ、あの、好き……です。付き合ってください……!」
「いいよ」
え、と固まる八神さん。
「付き合おっか」
「……???」
八神さんはぽかんと口を開いたまま、頭上には疑問符が浮かんでいる。
「俺逆に、人前で自分の話とかしたくないっていうか……話題が自分中心になるのが苦手で。人前で話すのも」
わだいがじぶんになるのがにがて……と呟く。
「みんなの前だと恥ずすぎて。みんなの前で告白されても、答えられなくてごめん」
「……!?」
「俺、結構八神さんかわいいって思ってたし、一生懸命な感じも、すごい見てくれてるところも。何か猫みたいに固まるとこもかわいいし、ずっと一途なのも嬉しいっていうかかわいい――」
「――いっ……いっしきくん!!!」
「え?」
「べ、別人格?」
そんなこんなで、付き合うことになった。
――もちろん、みんながいないと素直になれない八神さんは、それでも毎日教室へ愛を叫びに来るんだけども。
すみません、かわいいんで、二人だけの時にしてもらえませんか。
最後までお読みくださりありがとうございました!
コミュ障同士のすれ違いラブコメでした。きゅんきゅんしてくださったなら幸いです。
八神さんかわいい!
クラスで一色くんからかいたい!
と感じましたら、星やブクマで評価していただけると嬉しいです。




