桜が散るまでの距離
春の風は、少しだけ意地が悪い。せっかく整えた前髪を崩して、視界を曖昧にする。
「前見えてる?」
隣から君の声。
「見えてる」
「嘘」
そう言って、君が手を伸ばしてくる。指先が、僕の髪に触れる。軽く整えるだけなのに、それだけで心臓がうるさくなる。
「はい、直した」
「……ありがと」
君は満足そうに笑う。距離が近い。近すぎる。
校門の前、桜がちょうど満開だった。
「写真撮ろうぜ」
「なんで」
「記念」
君はスマホを構える。当然みたいに、肩を寄せてくる。
「ちょっと」
「入んねーだろ」
そう言いながら、さらに近づく。肩が触れる。体温が伝わる。逃げたいのに、逃げたくない。
「撮るぞ」
カシャ、という音。そのあとも、君は離れない。
「……もういいでしょ」
「まだ」
「なんで」
「もう一枚」
理由になってない。でも、君は笑っている。その顔を見ると、何も言えなくなる。
「ほら、ちゃんと見ろ」
そう言って、僕の顎を軽く上げる。近い。近すぎる。
「……君さ」
「ん?」
「距離、近い」
「今さら?」
当たり前みたいに言う。
桜の花びらが、ふわりと落ちてくる。君の肩に乗る。思わず手を伸ばして、それを払った。指が、触れる。一瞬だけ止まる。
「……なに」
「いや」
なんでもない顔をする。でも、少しだけ耳が赤い。
君も、分かってるんだろうか。この距離のこと。この空気のこと。
「なあ」
「なに」
「また来年も撮ろうな」
さらっと言う。未来を当然みたいに含める。
「……うん」
それだけで、十分だった。桜が散るまでの、この距離。近すぎて、でも壊れなくて。言葉にしなくてもいい関係。僕は、少しだけ思う。このままがいい。でも、いつかちゃんと名前がつく日も来るのかもしれない。そのときまで、この距離で、いい。




