衝撃
「――今日もお疲れさまです、お師匠さま!」
「……うん、その呼び方はちょっと恥ずかしいけど……でも、お疲れさま、水音ちゃん。今日もすごく頑張ったね。来る度に成長しているのが目に見えて、僕もすごく嬉しいよ」
「えへへ、ありがとうございますお師匠さま」
それから、一週間ほど経て。
石造りの素朴な建物の前にて、朗らかな笑顔でそう告げてくれるのは丸眼鏡の似合う黒髪の男性。およそ一ヶ月前からお世話になっている、とっても優しい私の師匠で。ありがとうございます、お師匠さま! そして、今後ともお世話になります!
「……さて、どうしようかな」
それから、ほどなくして。
そんな呟きと共に、大通りをふらふらと歩く私。いつもはこのまま自宅に直行だし、もちろん直行でもいいんだけど……でも、なんとなく今日はちょっと気分を変えたいなと。……さて、どうしよ――
「…………ん?」
ふと、足が止まる。そんな私の視線の先には、いわゆる『映え』のしそうな数多のお洒落なお店の中にひっそりと佇む、懐古的な雰囲気漂う小さな本屋さんで。……そっか、こんなところがあったんだ。基本人混み苦手だし、こういうところってあんまり来ないから知らなかったけど……うん、折角だし入ってみようかな。
「…………しまった」
それから、しばらくして。
古本屋のすぐ外にて、ポツリと呟きを零す私。……しまった、随分と遅くなって……こう、入ってみたらやっぱり店内の雰囲気も良く、そして店主さんもとっても優しくどれでも好きに読んでいいよと仰ってくれて。それで……まあ、お言葉に甘え数多並ぶ懐かしき昭和の書籍達を次々と手に……いや、懐かしくはおかしいか。そもそもその頃は生まれてもないんだし、私。
ともあれ、心配をかけるといけないのでなるべく早く帰るべく足早に帰り道を進んでいく。……今日のご飯はなにかな? 久しぶりにチキンカレーとかだったらいいな――
「…………ん?」
そんな叶わないであろうワクワクの最中、ふと足が止まる。そんな私の視線の先には、見覚えのあるどころではない頗る可愛い後ろ姿。まあ、どっから見てもめちゃくちゃ可愛いんだけど……それはともあれ、きっと仕事終わりなのだろう。
……話し掛けにいこうかな? でも、流石に急に駆け寄ったら怪しいかな? それなら、何か尤もらしい口実は……そう、家まで送ること! 男の子の夜の一人歩きはとっても危ないからね! さて、正当な理由も見つけたところで――
「……っ!!」
刹那、脳裏に稲妻のごとき衝撃が。……なに、今の? なんか、こう、背筋が震えるような、肝が冷えるようなこの――
「…………あ」
ふと、我に返る。さっと見渡すも、もう彼の姿はどこにもない。そして、さっきの悍ましい感覚からも解放されていて――
……ひょっとして、そういうこと? これが、ここ最近の……うん、あり得ないことじゃない。どころか、彼なら大いにあり得ることで……うん、だとすれば私のすべきことは――
「きょ、今日もありがとね、お姉ちゃん。そ、その……ま、また帰って来てくれると嬉しいな」
「うん、もちろんだよ鴇杜くん。ここはもう、私のお家なんだから」
「あ、ありがとお姉ちゃん!」
それから、翌日の夕暮れ時。
カフェ『RUHE』の扉の前にて、柔らかな笑顔でそう告げてくれる可憐な男性。だけど、それはやはり以前の笑顔とは違って……うん、やっぱり悲しい。
「…………お姉ちゃん?」
すると、ややあってちょこんと首を傾げそう口にする鴇杜くん。と言うのも――本来なら手を振り去るところを、今日は動かずじっと彼を見つめているから。そしてほどなく、困惑の表情で私を見つめる鴇杜くんへと徐に口を開いて告げる。
「……ねえ、鴇杜くん。その、ほんとに申し訳ないんだけど――」




