女見少年
童話「狼少年」のパロディです。タイトルは「おんなみしょうねん」と読みます。
たぶん似たような話がすでにいくつかあると思いますので軽い気持ちで読んでください。
むかしむかし、あるところに羊飼いの一家がおりました。
羊飼いの一家は毎日毎日丁寧に羊の世話をし、朝から夕暮れまで野原に羊を放して草を食べさせていました。羊を野原に放している時の見張り番は、羊飼いの孫の仕事です。
「あーあ、退屈だなあ」
木陰から草を食む羊の群れを眺めて、羊飼いの孫——少年は呟きました。しっかり羊の番をして何かあったら大きな声で報せるように、と祖父から言われていますが、何か起きることなんて滅多にありません。せいぜい羊が何匹か群れから逸れてどこかに行こうとするくらいです。
「何か面白いことないかなあ」
あくびをひとつしながら少年は考えて、やがてぽんと手を打ちます。
「そうだ、ないなら作ってしまえばいいんだ。みんなをちょっとからかって遊ぼう」
その日、少年が羊を連れて村に戻ると、いつものように羊飼いの老人が出迎えてくれました。柵の中へ羊を戻す途中で、老人は少年に尋ねます。
「今日は何か、変わったことはあったかね?」
いつもならここで「なーんにも」と答えるところですが、今日は違います。少年は心の中でにやりと笑いながら言いました。
「そういえば、あそこの街道を一人の女の旅人が歩いていくのが見えたよ」
「ほう。どんな旅人だね」
「鎧を着ていたから、たぶん騎士じゃないかな? 髪が長かったし、身分の高い騎士かも」
「ほう、女騎士か! で、美人だったか?」
「遠目だったけど、たぶん美人だよ。鎧を着ていたから体型まではわからなかったけど、騎士だからきっとスタイルはいいんだろうなあ」
「ほうほう。髪の色はどうだった? 金髪か、赤毛か、黒髪か? 「くっ、殺せ!」とか言いそうな感じだったか?」
「金髪だったよ。遠目に見ただけだからくっころしそうかはわからないけど、騎士ってことは気が強いだろうし言うんじゃないかなあ」
「ほお、ほおお! それはそれは、いいもんを見たなあ、お前は!」
いつも「なーんにも」と少年が答えると「何もないのが一番じゃ」と穏やかに微笑む老人は、今日は異常なほどに興奮していました。ただ街道を通った女の話で気持ち悪いくらい盛り上がる老人と少年に、近くを通りかかった村の女達は「これだから男って……」と冷ややかな視線を送りました。
翌日。少年が木陰に座って羊の番をしていると、少し離れた木の陰に人影が見えました。よくよく目を凝らしてみると、それははす向かいの家に住むアントニーでした。
「ははあ、アントニーは女騎士が好きなんだな」
少年はしめしめとばかりに、頭の隅にアントニーの性癖を書き留めました。それから数日ほどアントニーは木陰からこっそりと街道の様子を窺っているようでしたが、誰も来ない日が続くとぱったりと現れなくなりました。
そこで少年は、また嘘をついてみることにしました。
「今日は何か、変わったことはあったかね?」
穏やかに尋ねる老人に、少年は答えます。
「あそこの街道を一人の旅人が歩いていったよ。途中で足を止めておれに声をかけてくれたけど、美人の女の旅人だった」
「ほう。どんな美人だった?」
「旅装だったけど、たぶんありゃあシスターじゃないかな。おしとやかで優しかったし、首元にロザリオを下げてるのが見えたから。ちょっと垂れ目気味で、いかにも温厚そうな顔をしてたよ」
「ほうほう。で、お前は何と声をかけてもらったんだね?」
「仕事に励んで偉いですね、って。ローブを着てたから体型まではわからなかったけど、シスターだし痩せてるんじゃないかなあ」
「ほお、ほお。確かにシスターなら清貧を感じさせるすらっとした体型じゃろうが、わしは巨乳の可能性も捨てたくはないな。勝気吊り目巨乳もいいもんだが、おっとり垂れ目巨乳もたまらんもんじゃ。お前、本当にいいものを見たなあ!」
その翌日。少年が羊の番をしていると、離れたところの木陰にまた誰かの姿があるのに気付きました。よくよく見てみると、それは三軒隣のバートでした。
「なるほどね、バートはシスターが好きなんだな」
またもや思い通りに釣られてくれた男を見て、少年は上機嫌で頭の隅にバートの性癖をメモします。そうして数日が経ってバートが来なくなると、少年はまたまた老人に嘘をつきました。
少年が嘘をつく度、毎回違う村人がお目当ての旅人が街道を通るのを待つために木陰に現れました。ショートヘアの長身スレンダー美人を見たと言えば鍛冶見習いのコナーが、馬車に乗った銀髪のお姫様を見たと言えば小間物屋の旦那のデューイが、金髪ツインテに吊り目でにやつきながらざぁこざぁこ♡と小馬鹿にしてくるメスガキを見たと言えば牛飼いのエミールが現れ、茶髪ロングで垂れ目で口元にほくろのある色んなものを持て余してそうなあらあら系爆乳お姉さんを見たと言った翌日に老人が木陰に佇んでいた時には、少年はさすがに苦笑いをしました。
そうして、村の男達の性癖をすっかり把握してしまい、さすがにかわいそうになってきたからもうからかうのはやめにしようかな——と、少年が思い始めていた頃。羊の番をしていた少年の前に、一頭の狼が現れました。
「うわあっ、狼だ!」
少年が驚いて叫ぶと、近くの茂みがガサガサと揺れて男達が顔を出します。
「狼だって⁉︎」
「本当だ、狼だ!」
「狼だ! 狼が出たぞ!」
茂みや木陰から飛び出してきた村の男達は、手際良く三手に分かれて行動を始めます。力自慢や勇気がある男は木の枝を振り回して狼を追い払おうとし、足の速さに自信がある男は村へ応援を呼びに行き、どちらでもない男は少年と共に羊を狼から逃がすために追い立てました。
そのおかげで、狼は羊を襲う前に逃げていき、羊も少年も、そして男達もみんな無事でした。
「本当に、なんともなくてよかったねえ。みんながいてくれたおかげだよ。だけども、なんでみんなして外にいたんだい」
羊を連れて無事に帰ってきた少年と男達に羊飼いのおかみさんがそう尋ねると、男達はばつが悪そうに黙り込んだり目をそらしたり曖昧に笑ったりしました。おかみさんは少年にも「あんた、何か知らないかい」と尋ねましたが、少年は男達のために知らないふりをしてやりました。
それから少年は嘘をついて村人をからかうのをやめましたが、一度だけ街道を旅の美しい女戦士が通りかかってからというもの、また木陰には村の男達が集まってくるようになりましたとさ。
めでたし、めでたし。