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リインの定理  作者: En
4/18

魔女の定義③

「う……」


 痛みが意識を覚醒させる。その直後に痛みが意識を失わせようとしてくる。また声を上げそうになって、声が出なかったことに気付く。

 あんまり酷い声で絶叫していたせいで声が掠れてしまったのだろうかと思ったけれど、実際には首を絞められているだけであると遅れて気付いた。息苦しさを忘れる程に、肩に撃ち込まれた弾丸から全身へと響いてくる痛みは強い。意識を保つのでやっとだった。


「目を覚ましたようね」


 声が聞こえる。

 視線をそちらに向ける。

 夕焼けがボクを咎めている。

 ぼんやりとした意識はそのように錯覚し、一瞬遅れて、あの正体不明の魔女がボクを見つめているのだと気付いた。あれは沈む陽ではなくて、魔女の瞳の輝きだ。

 一つの気付きは残り全ての認識につながって、左手でボクの首を絞めているのも彼女であることがわかる。


「よ…………が……た。や…………る」


 彼女は何かを言っている。けれど何を言っているのか正しく認識ができない。そんなことよりとにかく痛い。痛みのせいで彼女の言葉が耳に入ってこない。

 こめかみに何かが押し付けられているのに気付いたのも、少し遅れてからだった。

 視線を動かして、それがあの弾丸を放った銃であることに気付く。眼前に迫る死を自覚して、しかしボクは『ああよかった』と思ってしまう。

 早く。早くその引き金を引いて。この痛みから早くボクを解放して。早くボクを楽にしてよ。


「死ね……!」


 今度は何を言っているのか分かった。乾いた音がボクの耳に入ってくる。

 けれど痛みは未だ、ボクの全身に走っている。痛いと認識できるということはつまり、ボクがまだ死んでいないということだ。


「なっ」

「『アルダラ・ジ・メダヒード』!」


 はっきり聞こえた。公平の声だ。

 声が聞こえた瞬間に、ほんの少しの間だけ激痛を忘れられたように錯覚をする。目に映る景色には幻ではない。ぼやけて見える視界の中には、確かに彼の姿があった。

 ──察するに。公平は引き金が引かれる直前に、銃を蹴ったか何かをして、ボクを助けてくれたのだろう。

 公平にしてみれば魔女が持つ銃の側面なんて見上げるくらいに高い壁と同じだというのによくやるものだ。


「大丈夫か!?……っておいおいおい!」


 公平の姿が上方へとフェードアウトする。

 ボクは痛みのせいで魔法が使える状態じゃなかった。だから一人では飛ぶこともままならない状態で。公平が飛行魔法をかけてくれなかったら、あのまま地面まで落ちて町を圧し潰していたところである。


「おいエックス!しっかりしろ!肩の傷か!?すぐに回復を……!」


 思わず笑ってしまいそうになった。この痛みの中でも公平の声は正しく認識できるんだなって。

 好きなヒトの声はやっぱり特別なのかもしれない。相変わらず全身は痛いけれど、公平が声をかけてくれるだけで少しだけ楽になった。だからボクは、辛うじて公平に返事ができる。


「あ、りがと。公、平。お願い、だ。肩の傷の」

「肩の傷だろ!?すぐ回復魔法で傷を……」

「うう、ん。そうじゃ、なくて。そこに、銃弾が。それを……取って……」

「……!よ、よし。そういうことだな!」


 公平はすぐにボクの言いたいことを理解してくれた。察しがいいのはいいことだ。普段は察しが悪い公平だけれど、緊急時はがらっと変わってくれる。

 飛行魔法で右肩の前にまで移動する。傷に向かって公平は魔法を撃ち込んだ。

 その魔法は殺傷能力を持たない。その代わりに、あらゆる魔法を一方的に消滅させることができる銀色の刃である。

 刃はボクの肩の傷の内側にある魔法の弾丸に突き刺さり、それを消滅させてくれる。


「……よし」


 少し朦朧としているけれど問題はない。少なくとも魔法が使えるくらいにはなった。弾丸と共に痛みも消えてくれたおかげである。

 改めて飛行魔法をかける。続けて銃創を回復魔法で塞ぐ。

 それからボクは傷の前にいた公平のことが気になった。彼を手に取り、その姿を確認する。思わず『ああ』と声を漏らす。公平はボクの血を浴びていて、赤く汚れてしまっていた。

 ボクは大人しくしていたつもりだけれど、その通りであったら公平はこうはなっていない。ボク自身は気付かなかったけれど、やはり痛みで悶えていたのだろう。そのせいで身体を捩ってしまって、血が公平に降りかかっていたのだ。


「よかった。大丈夫そうだな、エックス」


 それなのに。ボクのことだけ心配してくれている。それが酷く申し訳ない。目の奥がじんと痛くなる。溢れそうになるのを我慢して、精一杯笑って見せる。

 かっこ悪いところなんて公平には見せたくない。

 公平にはかっこいいボクだけを見ていてほしいんだ。


「うん!助かった!もう、大丈夫!」

「く、そぉ……」


 声。顔を上げる。あの魔女が苦悶の表情を浮かべてそこにいた。身にまとう服は所々が焼け焦げていて、穴が空いていた。傷はないが、回復魔法を使った形跡はあった。ボクが公平に助けてもらえるだけの時間的な余裕があったのは、あの魔女にもダメージを回復させる必要があったからなのだろう。


(……おかしいな)


 違和感があった。公平が彼女に撃った魔法、『アルダラ・ジ・メダヒード』は確かに強い。普通の魔女相手に本気で撃てば、一撃で焼き払うことが出来るくらいには強烈だ。

 けれど、今戦っている魔女は普通の魔女ではない。ギリギリまでボクを追い詰めることが出来る魔女だ。であれば、公平の攻撃も殆ど無傷で耐えられるのではないか。

 あの魔女の強さが測れない。とてつもなく強いようにも、平均的な魔女よりちょっと強いだけにも思える。強いことには間違いないのだけれど……。


「今度こそ……!」


 彼女が再び銃口を向けた。迎え撃つ格好でボクも構える。


「待てよ!」


 だけど銃弾が撃たれるよりもボクが反撃するよりも先に、ボクの手を抜け出した公平が、魔女の前に立ちはだかる。大きさだけを比べれば、巨大な建造物と喧嘩をするようなもの。一方で魔女にとってはそれこそ虫が目の前にいるような感覚でしかないだろう。


「ちょ、っと!公平何やってんだよ!?」

「いい加減俺だって我慢の限界だ、エックスが何をしたっていうんだ!」

「公平……!」

「そりゃあエックスのやつはいろんな世界を滅茶苦茶にしてきたし俺だって毎日毎日酷い目にあってるけど、ここまでされるようなことは……」

「フォローをしろ!フォローを!」


 悪口しか言っていない。それじゃあ本当にボクが悪人みたいだ。一体何を考えて……。

 ……いや違う。そういうことじゃない。あの魔女にボク以外のヒトを傷つけるつもりがないと言っても、ボクの味方であれば話は違うかもしれない。あの魔女はまだ引き金に手をかけている。いつでもあの銃弾が放たれる用意はできているのだ。ボクは公平を守ろうと手を伸ばす。

 だがそれは杞憂だった。彼女は何も言わずに、静かに銃を下してくれたのだ。


「……仕切り直しましょう。その命、今は預けておくわ」

「ま、待て。俺の質問に……」

「キミが待て!強い魔女相手に喧嘩売ってるんじゃないよ!」


 それから。立ち去ろうとする彼女にボクは声をかける。


「けど公平が言ったことも確かだ。せめて教えて。キミは一体、誰なんだ」

「……お前に名乗ってやる名前なんかないわ。私は、お前を殺す者。それだけよ」


 それだけ言い残して彼女の姿が消える。ボクはもう彼女を追いかけられない。彼女の気配を追いかけることが出来ないからだ。

 ボクを殺す者。彼女が語る彼女自身の定義を、ボクは呟いていた。

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