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リインの定理  作者: En
3/18

魔女の定義②

 正直なことを言うと、ボクは今でも納得をしていない。ボクにだけ感知できない魔女が現れたことも。予知の魔法が使える相沢でもその魔女が現れるまで気付かなったことも。

 公平とWWとでボクにドッキリを仕掛けようとしていると言われた方がよっぽど納得できる。

 肩に乗せた公平の表情はどこか暗い。それくらい強い魔女だと思っているのだろう。

 けれど、ボクは相手の姿が視認できるくらい近くにまで来ても、目の前の彼女から何かを感じ取ることは出来なかった。

 そこにいたのは白い魔女であった。白い服を着て、白いマフラーを巻いた魔女。ポニーテールが風に揺れているのが険しい表情とは裏腹に見えた。

 はっきりそこにいるのにやっぱり何の力も感じない。まるで夢か幻……虚構の存在を見ているみたいだとボクは思った。


「……来たわね」


 魔女の瞳が、ボクを鋭く睨みつける。突き刺すような視線にボクは一瞬怯みそうになる。あの夕焼けに似た色の瞳の奥にどれだけの憎悪を怒りが燃えているのか。

 彼女は地上に足を下さず、宙に浮いた状態でそこにいた。今のボクと同じである。人間や社会に危害を加えるつもりはないのだろう。少しだけボクはほっとした。その怒りを地上に振りかざすつもりはないらしい。


「お前あの魔女に何をしたんだよ」

「何もしてないよ……。今が初対面だし……」

「……ああ。そういうこと。そうよね。アンタはそういう魔女だわ……」

「えーっと……どこかで会ったかな?あの、もしボクがキミを怒らせていたなら謝るから」

「いらない」


 言うとその魔女は、劫火のような眼をボクに向けて空を指さした。


「謝罪?そんなもの必要ない。アタシが欲しいのはアンタの命。私の故郷の仇を討つことだけ!」

「かたき……?」

「空へ来なさい!これはアタシとお前の問題。この世界のヒトたちを巻き込む気はないわ!」


 そう言って謎の魔女は空高く、雲の上にまで飛んで行った。ボクと公平はそれを呆然と見つめる。


「……何もしてないんだよな?」

「何もしてない!何もしてない!公平はボクを疑うのか!?」

「俺は疑ってないけど……」


 公平が下を指さした。釣られてボクも視線を下に向ける。たくさんの小さな瞳が、失望したみたいな表情でボクを見つめている。

 ボクを見上げながらひそひそ噂話している人。スマートフォンをボクに向けて何やら撮影している人。色々な反応があるけれど恐らくその殆どはポジティブなものではないことが分かった。


「ちょ、ちょっと待って……。だからボクは何もしてない……」


 なんてボクの弁解は他の人たちには届かなかったみたい。みんなそっぽを向いて去っていく。スマートフォンを取り出して、何事か書きながら歩いている人の姿がちらほらと見えた。SNSで酷いことを書かれる未来が見えてしまう。


「……~~~!ボクは何もしてないのに……!」


 その場で悶えていると、「早く来い!」とボクを急かす声が頭上から聞こえてきた。怒っている声だ。でも怒りたいのはこっちの方だよ?なんで見ず知らずの他人の謂れのない暴言でボクが不特定多数の人たちに嫌われないといけないの?ちょっとおかしくない?おかしいよね?肩の上の公平を摘まみ上げて、近くのビルの屋上へと下ろし、ボクは空を見上げる。眩しい。太陽までお前が悪いと非難しているみたい。泣きそう。


「……行ってくる」

「お、おい。大丈夫か?」

「大丈夫……ちょっと待っててね!」


 急加速してあの魔女を追いかける。悪いのはボクじゃない。あの魔女だ。あの魔女があんな迫真な感じであんなことを言ったせいだ。

 とっちめて『勘違いでした』と謝らせてやる……と、思ったけれど。実際それをやったら却ってボクが悪いことになりそうな気がする。……多分なる。じゃあどうやってももうボクの名誉は回復しないじゃあないか!

 目の前で腕組しながらボクを待っていた魔女は酷く怒った顔をしている。けれどボクの方だって怒っている。


「……遅い!」

「くぅうう……せめてボクを晒しものにしたことくらいは後悔させてやるぅ……!」


 互いに魔法を構え、勝負が始まる。

 結論を言えば、決着はたったの一撃でついた。

 ボクの魔法、『未知なる一矢・完全開放』による攻撃は、謎の魔女が魔法で作り出した銃の弾丸とぶつかり合った瞬間に消滅した。

 弾丸はそのままボクの右肩に命中。銃創を中心に地獄の責め苦のような痛みが全身へと広がり、あまりの激痛にボクの意識を途絶えたのであった。


--------------〇--------------


 映画館にボクはいた。戦っていたんじゃなかったっけと周囲を見回すと、隣の席に座っている公平が怪訝な表情でボクの顔を覗き込んでくる。


「どうかした?もうすぐ始まるよ」

「……えっ。あれっ。ボク戦ってたんじゃ……」

「なんだよ。怪獣映画見るからって自分が怪獣と戦う夢でも見てたわけ?」


 公平がけらけら笑って、「ほら、予告が始まる」とスクリーンを指さす。

 首を傾げながら、ボクは正面のスクリーンに視線を移す。

 予告が流れる。

 3Dアニメ映画の予告。妹を救うために奮闘する兄のお話。……けれどこの妹が作中で亡くなることを、ボクは何故か予感した。

 特撮ヒーロー映画の予告。主人公が未来世界に行って、未来の自分と一緒に巨悪と戦うお話。……ボクは未来の主人公が、戦いの中で守るべき人も世界も全て失ったことを、何故か知っている。

 刑事ドラマの劇場版。連続爆破事件を追う二人の刑事の物語。……ボクはこの犯人がある復讐の為に事件を起こしていることを理解している。

 恋愛映画の予告。余命僅かな主人公と、彼女と甘くも切ない恋をする男の子のお話。……ボクは主人公の女の子は、結局病に倒れ亡くなることが分かってしまった。

 復讐と別離。世の中の物語にはそういうモノが溢れている。もしかしたらそれは物語を作りやすいからだろうか、なんて。ボクは映画を楽しむには不必要な分析をしていた。

 大事な人との別れ。それに伴う復讐。いずれも主人公に強烈な動機を与える。不可能に思えるほど巨大な相手をも仕留めてしまえる力と説得力を彼らに与える。


「あっ。始まった。ここからは静かに、だな」


 この映画も、そうだ。

 怪獣バキラは人間の戦争によって住むところを追われた動物たちの恨みの結集という設定。かつて地球を支配した恐竜の姿を借りて人類を蹂躙するバキラは、人の業が生み出した怪物であり、地球生命による人類に対する復讐の具現でもある。

 そして、バキラが倒される理屈もまた、復讐なのだ。

 100m級の体躯を持つバキラを倒すことは人類には不可能に等しい偉業だ。バキラはあらゆるものを尻尾の一振りで薙ぎ払い、あらゆるものをたったの一歩で踏み潰す。そんな大怪獣を打ち倒したのは、バキラに愛する者を奪われた青年だった。

 青年は軍が開発した兵器を強奪し、己の怒りや恨みを乗せて反撃した。それは人類を救うとかいう大儀ではない。ただただ個人的な復讐心。憎しみのエゴの塊である。しかしそういうモノでなくては不可能の壁を超えることは出来ない。


「……おかしいな。ボクはこの映画見たことあるような」


 ぽつりと呟くと、公平が『しー』と喋ったことを注意してくる。


「ごめんごめん」

「いやだから静かに……」


 なんて言っていたら。後ろのお客さんがボクの座席を蹴ってくる。丁度右肩のあたり。衝撃が貫通してきて、痛い。

 ちょっとムッとした。うるさくしたボクが悪いのは事実だが、暴力を振るわれる筋合いはない。衝動的に立ち上がって振り返る。


「……あ、れ?」


 そこには誰もいない。ボクたち以外の観客は誰一人いない。けれど肩の痛みは本物だ。これが後ろに人がいたことを証明していて……。


「……痛い?人間の蹴りで、痛むって?ボクの身体が?」


 違和感。

 全部がおかしい。

 映画の展開が何となく分かったことがおかしい。

 見たはずの映画を初見であるかのように語る公平もおかしい。

 観客がいなくなったこともおかしい。

 いつの間にか公平もいなくなっていておかしい。

 肩の痛みが強くなって、全身に侵食するほどになっていることもおかしい。

 肩に手を当てる。生温かい感触。見るとボクの手は血で赤く染まっていた。

 痛みが体中を覆う。

 その場でボクはうずくまる。痛む肩をぎゅっと押さえつけて、痛みが治まることを祈って。固く閉じた目は、真っ白な光景を映していた。

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