序文
世界五分前仮説という言葉がある。
この世界が、過去や記憶や記録の全てを持った状態で五分前に生まれ出でたモノだとしても矛盾は発生しないとする思考実験だ。
世界が発生する時間が0だったとして、それより過去の負の時間軸には世界は存在しない……ということになる。
……世界五分前仮説が真であったとしたら、世界が生じる以前の過去や記録は何を由来としているのだろうか。
そういう風に創られたから、と言われるとその通りだ。でもそれで終わらせてしまうのも何だか乱暴で残酷なように思える。
だいたい、その過去がなかったものだなんて、あまりにもさみしいではないか。
人と人との出会い。別れ。喜び。悲しみ。憎しみ。それから愛と救い。
そういったものの全てがなかったものではさみしい。
「……実は違うんじゃないか?そういう突然生まれたように見える世界の過去は、実はただ見えないところに隠れているだけなんじゃないのかな」
見えないところに隠れている。口にしてみると笑ってしまいそうになるくらい、ヘンテコな閃きだ。それでも思いつくままに言葉を続ける。
「そうだ……。まだ世界が現実になるより前の過去は存在しないわけじゃない。どこか別の場所に隠れているんだ。例えば夢の中に。例えば空想の中に。例えば虚の世界に。ある時が来たら現実に顔を出すんだ。だからさっき突然生まれた世界が、千年前の過去を持っているなんてことが起こるんだ」
突飛な考え方だ。他人に話したら一笑に付されるのが目に見えている。
……いいや。もしかしたら笑われることすらないのかもしれない。理解さえされずに困ったような顔をされるだけかもしれない。
けれど、思いついた身としては、この答えがなんだかすごく優しいものに思えた。
だから、この閃きは嫌いじゃない。