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reverse of real  作者: 固まった雪玉
2/2

 ーーーピチョン


 口に水滴が当たり彼女は目覚めた。


 ゆっくりと起き上がり辺りを見渡す。


 周囲は薄暗く、剥がれ落ちた壁の隙間から月の光が差し込んでいる。


 彼女は裸足で周囲を探り歩く、壁に手をつきながら小鹿のようにヨタヨタと。


 足裏に小さな石が刺さり血が滲む。血が点々と彼女の通った後ろに続いている。


 そのまま数分後、少し開けた場所に出た。


 月明かりに彼女の姿が照らされる。


 彼女は一糸纏わぬ姿で頭上に見える月を見入り立ち尽くしていた。


 肌は巻雲のように白く儚げだった。


 肌の白さも相まって足に着いた血の赤がより一層際立って見える。


 足から血を流していることに気づいた彼女は、しゃがみこみ人差し指で血をとって舐めた。


 そのまま手のひらにベタッと血を付けて舐める。


 ペロペロと血を舐める彼女の視界の端っこに黒い物が映る。


 壇上のようなものの上に置かれた鈍色の物体に近づく。


 それは錆付いたナイフだった。


 ところどころ鈍色にくすむ輝きに興味を引かれた彼女はナイフを手に取った。


 柄の部分ではなく刃の部分を掴んでしまったので手のひらからも血が滴り落ちる。


 彼女は手のひらを舐めた。


 ナイフの刃の部分で自分に当てると真っ赤な真っ赤な血が出ると気づいた彼女は、自らの体に刃を押し当てた。ダラダラと血が流れ出す。


 手で傷つけた部位に触れ、ベタぁっと血がつく。


 ペロペロと彼女は血を舐め続けていた…ナイフで自分を傷つけながら。


 その時コンッと何かを蹴った音が響いた。


 彼女が音のした方向を向くと小さい少女がいた。


 少女はゆっくりと近づいてくる。彼女は虚ろな瞳で少女を捉えていた。


 かなり近づいた時少女は目を見開いて慌てて駆け寄ってくる。


「大変、大変っ!」


 彼女の体がよく見える距離まで近づいたことで大量の血が流れていることに気づいた少女はあわあわと世話しなく彼女の周りを回る。


「血が!血が!止めないと!」


 何かないかと彼女は自分の肩から下げたバックの中を探る。


 彼女はそんな少女を見ながらナイフで自分を傷つけては舐めるを繰り返していた。


 その行為に気づいた少女はナイフを取り上げようとする。


「何してるの!危ないよっ!」


 ナイフを取ろうとピョンと跳びはねて手を伸ばす。


 血で滑り彼女の手からナイフが落ちる。



 ーーースパッ!



「いたっ!」


 彼女の手から滑り落ちたナイフが少女の頬を傷つけた。


 少女は切れた頬を押さえ、「いたいいたい」と喚きながら蹲る。


 大粒の涙を零し、小さな手のひらいっぱいに着いた血を無垢な目で捉える。


 自らの服に血を擦り付けまた頬を押さえる、何度も何度も繰り返す。


「いたいよぅ…こわいよぉ…止まらないよぉ…ママ…ママ…ひとりで来ちゃってごめんなさい…ごめんなさい…ヒグッ…」


 そんな少女を彼女は全く意に介さずに落ちたナイフを拾う。


 少女を見つめ…彼女はただただ無表情のままーーー



 ーーー少女の顔を斬りつけた。



 少女は今起きた現実を受け入れられずに放心状態になる。しかし痛みがそれを許さなかった。


「…い…た…い……いたい…いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!!!!!」


 …斬りつける。今度は少々の右腕に赤い筋が入る。


「ああ…あ…ぃや……ああああああああっ!!!」


 再び斬りつける。一筋…二筋三筋…どんどんと少々は赤く染まっていく。


「……………いたいよぅ………おねえ…ちゃん……なん…で…?」


 彼女は少女の左腕を掴み、動物でも扱うように掴み上げる。


 少女の足は宙でゆっくりと揺れる、人の居なくなったブランコのように。顔は項垂れ瞳に光は見えない…それでも息はある、まだ幼い命の篝火は小さくなっていても残っていた。


「…ぅ……ゴポッ…ぁはぁっ…」


 口から血が零れ出す。喋る力も残っていない、掴まれている腕は自重で千切れそうだ。


 彼女は少女を見つめ………血を、舐めた。


 ペロペロとさっきまでの自分にしていたことを躊躇いもなく少女にする。


 表面を犬のように舐めたと思えば手から脇までをひと筆で舐めたり、頬の傷を吸ったりした。


 足先に舌を絡ませ垂れ落ちる血をしゃぶる。そのまま足先から上り鼠蹊部までの血を舌で掬いとる。


 片方の手で裂けた口をなぞり唇と唇を重ねる。口腔に溜まった血を吸い出す。


 ちゅぅぅっと音を立てながら吸い出し、血を一滴も残すまいと舌で舐めとる。


 舌に舌を絡ませゆっくりと一周する。歯茎、舌の裏側、頬の裏も舐める。


 唾液と唾液、お互いの血が混ざりあい零れ落ちる。


 少女の口から舌を引き出す。交じりあった唾液とも血とも呼べないものは糸を引いて唇と唇を繋ぐ。


 最後に唇についたそれをペロッと舐めとった。


 彼女の体は血で赤一色に染まっていた。


「……………………………………………………………………ぃたいよ……」


 全身から何もかもが抜け落ち、少女の体はうんともすんとも言わなくなってしまった。


 彼女は少女だったものから手を離し地面に落とす。


 彼女は動かない、無表情なのにさっきまでと明からに何かが違う。


 ナイフを見つめる。


 べっとりとついた血を見つめる。


 血に反射して映る顔は無表情無感情ーーー



 では………ない



 ーーー恍惚した顔を浮かべ、目を輝かせた…獣が映った。


「…………………あはっ…」


 この日この時この瞬間…この世界に''獣''が生まれた。


 ◇ ◇ ◇


 この辺りを歩き回り彼女は祭壇のようなものを見つけた。


「?」


 彼女の見つめる先、捧げ物をするところには骸が座っていた。


 骸の目の前まで歩みより、下を向いた髑髏の顔が見えるように屈み込み顔を覗く。


 数秒、空白の時間が流れた後、彼女はニッと笑った。


 そして髑髏の上に手をおいた。


 すると役目は果たしたと言わんばかりに音もなく崩れ落ちる。


 一欠片も残さず砂のようになる様を見届けた後、彼女は骸だったものから衣服を剥ぎ取り、身に付けた。


 ボロボロだが彼女の体がすっぽり入るぐらいの布は残っていた。


 手を上下に振ってみたり、蹴りを空に放ってみたりと動けるかの確認を行う。


「………ん」


 十分だと判断しこの場を離れる。


 ちなみに彼女の体の傷は全部癒えている。でも血は着いたままなので彼女が赤いのは変わらずだ。


 また数十分彷徨い出口を見つけ外に出る。


 彼女は振り返り、今まで歩き回った場所を見た。目に飛び込んでくるのは大きな遺跡だ。


 目をつぶりなんとも言えない顔をした後、憂いを帯びた顔で微笑む。


「…いってきます」


 一度も振り返ることなくその場を歩き去った。


 ◇ ◇ ◇


「なんだお前は、こんな夜更けに一人で出歩くなん…て…」


 じわりと男の腹部が赤く染まる。


 柵で囲われた小さな村、そこに入るための門の見張りをしていた男は暗闇から突如現れた彼女にナイフで突き刺された。


「きっ…さま…!…」


 彼女はナイフをそのまま上に上げ、男を斬り殺す。


 そのまま男の体は彼女に倒れかかる。彼女は男の顔を手で横に流し、地面に転がす。


 死体を無造作に放置したまま村の門を潜ろうとした時、トイレで見張りを離れていたもう一人の男が現れた。


「…………………は?」


 こちらに歩いてくるマントを纏った謎の人影、その後ろで内臓と血を腹から出して倒れている男を見て現実を受け止められないでいた。


「…嘘だろ…オッ…ド…っ…」


 喉仏からうなじにかけてナイフが通る。


 ナイフを回し引き抜く、その際にホースから水が勢いよく出るように血が流れ出る。


 今度はひらりと華麗に躱し、そのまま村へと歩みを進める。


 彼女は色々な家の中へと入り一人一人殺して回った。


 胸にナイフを突き立てて殺す。


 首を切り落とす。


 そして頭蓋を一突き。


 一思いに殺せなかった時は声を上げられそうになったが、布を口に詰めることで対処していた。


 様々な方法で殺して回っていたが、ナイフだけで殺していたところを見るにどこか拘りを感じとれる。


 一軒、また一軒と家の中から生命が消える。


 犬が吠えようが襲いかかってこようがお構い無し。段々と目だけで制することが出来るようになっていった。


 見られたり気づかれたりした時は真っ先に喉を掻っ切って、声を出せないようにしてからトドメを刺していた。


 老若男女…女、子供、赤ちゃん問わず周囲の家全てから人の生命の気配がなくなり、本当の静寂が訪れる。


 雲で遮られていた月の光が辺りを照らす。


 村の外れ、少し離れた場所にポツンとある家が彼女の目に映る。


「…あそこで…最後かな?」


 歩いて家の前で立ち止まる。


 ナイフを使い、慣れた手つきでドアの後ろに掛けられた木を上げて落とす。


 ドアを開けて中に入ると、他の家と違った空気を感じ取った。


 暗い廊下を進み奥の部屋の中に入り、椅子を見つけ本能的に座った。


 不思議なことに気持ちが落ち着く。


 テーブルに体を預け、手をパタパタさせたり足をブラブラさせてのんびりする。


 トン…トン…トン…。


 足音が聞こえる、階段を下りる音のようだ。音は段々と近づいてくる。


 「…誰?」


 声のする方を向くと若い女性がランプを片手に立っていた。


 椅子を降り、女性の前まで近づき顔を覗き込む。


 ピッと女性の鼻の上を切った。


「ひっ…」


 腰を抜かした女性は彼女から距離を取ろうと必死に下がる。


 彼女は女性の血を舐めた。


「ああ…あのコの…」


 その言葉に女性は反応する。


「…あのコ?…もしかして…娘を知ってるんですか?」


「どうでもいい、どうせ何も出来ない」


「…娘に何かしたんですか…」


 女性は棒を手に取り立ち上がる。その瞳には殺意が見える。


「…マトリに何をした…大切なあの子に…何をしたッ!」


 棒を頭上から振り下ろす。…が、棒は彼女に当たることなく細切れになって地面に落ちた。


「あ…ああっ…」


 やるせない表情を浮かべ彼女を睨む、しかしすぐに恐怖の表情に変わる。


 彼女はナイフで女性を斬りつける。


 女性は足元に置いてあったランプに躓き後ろに倒れた。ランプの火が辺りに飛び散り燃え移る。


 それでも斬りつける手は止まらない。炎の勢いが激しさを増し、辺りがどんどん火で囲まれていく。


 こんな状況でも彼女は命乞いもせずに斬られている。彼女の頭に浮かぶのは同じように殺されたのかも知れない愛娘の姿だった。


「あなただけは…赦さない…!」


 彼女はナイフを掲げ女性の頭を目掛けて振り下ろすーーー



「ママっ!!!!!」



 火の中から勢いよくあの時の少女ーーーマトリが飛び出てきた。


 斧を持ち上げ彼女に向かって全力で振る。


 しかし彼女はナイフ一本で受け流す。


 炎の中でもわかる程の火花が散り、ガキィィィンと激しい音が響く。


「おねえちゃん…ママにも酷いことしてたんだね…………………………………………………赦さない」


 そして一言「死ね」と呟き再び斧を振り回す。


 家の壁もまとめて斬り迫ってくる振り回しすらも容易くいなす。


「死ね…死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!」


「…………………あはっ…」


 酷く美しい笑みを浮かべ、彼女は''それ''に手を伸ばす。



 ーーー少女の母親の髪を掴み、盾にした。



 次の瞬間、母親の首が飛んだ。


 少女は自分が飛ばした母の首を目で追う。


 彼女はナイフを握り少女の腹を刺す。


 マトリは自分が刺されたことを気にも留めず地面に転がった母の首を抱き抱える。


「あ…ああッ…あああアアッ!!!」


 母親の体は地面に転がり炎の中に消えていく。髪に火の粉が着き、首も火に巻かれ始める。


「あああああッ!消えてっ…消えてッ!……ママっ!ママッ!」


 そんな少女を尻目に彼女は燃え盛る家から出て遠ざかる。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッッ!!!!!!!」


 暗闇の中、月の光よりも輝くその場所から響く''獣''の咆哮は炎の中に消えていった。


 ◇ ◇ ◇


 多少なりとも疲れた彼女は手頃な木の上に登り眠りについた。


 

 ………これが貴女の1日目なのね…。



 殺して手に入れた結果なんて私は認めない。簡単に終わらせていい話じゃない。


 私は貴女がどんな行動をしようと今は止められない…でもこれが終われば止めて見せる。


 それまではここで貴女の今までを見て一緒に罪を背負います。


 …乗り気じゃないけど…また明日…。こんなことすぐに終わりがくる、その日を待ってなさい。

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