好感度が見える眼鏡
リアルは恋愛ゲームのように、上手くはいかないらしい。
好感度の上下も確認出来ないし、選択肢すら出て来ない。
そんなフリーなシステムの中でも、上手くやる奴らが居るのだから世の中不思議なものだ。
このままでは輝かしい高校生ライフが、何も無いまま終わってしまう。最後の一年くらい何かしないと……。
「そこのオタク君……」
学校からの帰り道、いつものゲームショップから少し薄暗い裏道を抜けていると、如何にも怪しい老婆から声を掛けられた。
なにより『オタク君』で反応してしまった自分が情けない。
「モテたくないかえ?」
老婆の怪しさが増した。
大きめの石に腰を掛け、杖を手にした老婆が、そっと俺に眼鏡を差し出した。
「好感度の見える眼鏡だ。発明が趣味なんだが、試す相手が居なくてねぇ、ヒヒ」
胡散臭いにも程がある。きっと後で法外な値段を要求するつもりなのだろう。少し身構えた。
「安心せい。老い先短い老婆じゃ、お金なんぞあっても意味ないわい。タダでやるから、感想を聞かせてくれればそれで良い」
「まぁ、それなら……」
恐る恐る眼鏡を受け取る。眼鏡からはお婆ちゃんの家の匂いがした。
「好感度は、攻略出来る可能性がある人物のしか映らないから、くまなく探して見るがいい」
「居なかったら?」
「縁が無かったということで……ヒヒ」
眉をひそめる。そんな事実は知りたくないが、とりあえず……好奇心の方が勝った。
「ある時から見えるようになるかもしれないから、気長にな」
「フラグシステム有りかよ……」
翌日、半信半疑で眼鏡をかけて登校してみることにした。
通学路にいる女生徒を片っ端から見ていくが、好感度らしき数字は見えなかった。
「おはよう」
下駄箱でクラスの鶴城に声を掛けられた。
【鶴城真奈香 38%】
「──!?」
鶴城の頭の上に、数字が見えた……眼鏡は本物だった……。
「どうしたの? ハトが豆マシンガン喰らったような顔してるけど?」
「あ、ああ。何でも無い。おはよう」
鶴城が笑いながら歩き出す。後ろ姿でもしっかり好感度が表示されている。
「マジかよ……」
俺は驚きと喜びが入り交じり、複雑な思いになった。
クラスへ入ると、更に俺は衝撃を受けた。
【会津遥香 41%】
【岳早百合 31%】
席に着き教科書を開く委員長と、窓の外を眺める根暗な女子の好感度が見えた。お前等いけるのかよ……。
「よう楢葉! おはよう!」
「お、おお」
友人の金山が戸惑っている俺に声を掛けた。
「お、眼鏡変えたのか?」
「ん、まあな」
「悪くないぞ?」
「ああ、ありがと」
「俺も髪型を変えてみたんだ。どうだ?」
「ん?」
友人の髪を見るが、野郎の頭に興味は無い。
【金山和夫 98%】
「──はぁ!?」
俺は思わず声をあげてしまった!
「変だったか!?」
「い、いや、そうじゃない」
慌てて誤魔化すも、金山の頭の上にある数字は紛れもなく眼鏡の仕業。しかも無駄に好感度が高い。
流石に俺はそっちの気は無い!
「あ、そうだ。今日俺んち来ないか?」
「へ?」
「新作のゲーム買ったから、二人でやろうぜ!」
二人でが意味深にしか聞こえない……。
「いやすまん。きょ、今日はちょっと……」
「そうか、ならまた今度な! 俺、練習しとくからさ」
練習が意味深にしか聞こえない……!!
「お前らホームルームを始めるぞー」
タイミングよく担任が現れ、俺は席に着いた。
【只見佳織 66%】
「──!?」
サバサバ系女教師である佳織嬢の頭上に、数字が見え、俺は思わず俯いた。いけるんかいお前!
しかし佳織嬢はマズい。アレは意外と人気があり、秘かに想いを寄せる過激派組織があるくらいだ。迂闊に手を出すと死ねるぞおい。
俺はその日、校内を一周して好感度調査に乗り出した。
しかし、他のクラスの女子(一応男子も見てみたが……)に反応は無く、後輩に対象が居なくて少しだけガッカリした。
「何をしている?」
「ひまり……」
ソフトボール部キャプテン、下郷ひまり。暴力で全てを解決しそうな、実に粗暴な女だ。
「べ、別に何も……」
後ろめたい事情を誤魔化すも、ひまりの視線は疑いを帯びていた。
「ま、いいけど。昨日は教科書ありがと。返すわ」
物理の教科書を返される。そう言えば貸してたっけ……。
ひまりは普段強気で頑固な奴だから、何かあっても人を頼る事をしない。だから、こっそり俺みたいな口外しなさそうな地味男から借りるのだろう。
「お礼にクッキーを焼いたから、食べたきゃどうぞ」
透明なビニールの中に不揃いなクッキー達が見えた。色は悪くは無いが、ひまりが焼いたと言うから驚きだ。
「うまい」
一枚食べてお世辞を言った。不味いと言ったらグーで首を刎ねられそうだからだ。
「そ、そう? アンタが良ければまた今度焼いてあげるわよ……」
「ほんとか!? 頼むよ。ひまりがお菓子作り上手いなんて意外だなぁ」
「どうせ、がさつな女ですよ!!」
思い切りグーで殴られる。
最後の一言が余計だった……。
ぷんすかと去って行くひまりの後ろ姿には好感度が映っていた。
【下郷ひまり 72%】
案外高いのな……けど毎回これじゃあ身が持たない。
「婆ちゃん本物だったよ!!」
「そうかえそうかえ」
学校からの帰り道、昨日と同じ場所で老婆に成果を報告した。
老婆は嬉しそうに俺の話を聞き、頻りにメモを取っている。
「好感度が100%になれば、イベント突入じゃ!」
「おお!」
金山ほぼリーチじゃん……あぶね
「で、」
俺は改まり、老婆に声を掛ける。
「好感度ってどうやって上げれば…………」
俺の質問に、老婆はニヤリと笑った。まるで待っていたかのように、後ろからパソコンを取り出した。
「アップデートするぞい。眼鏡をおかし」
「は、はぁ……」
眼鏡を外し渡すと、つるの先端をパソコンに差し込み、なにやらキーボードを叩き始めた。
「出来たぞい」
アップデートされた眼鏡をかけてみるが、特に変わりは無い。
「好感度に関わる会話の時に、選択肢が見えるようにしといたぞい。徹夜して作ったのじゃ」
「ありがてぇ!!」
俺は嬉しくなり小躍りを始めた。
「また感想を聞かせておくれよ、ヒヒ」
「オッケー!」
俺は走って帰り、早く学校に行きたくてうずうず。自ら学校に行きたいだなんて、初めてだ。
「おはよう」
下駄箱で鶴城に会った。
「おはよう」
とりあえず挨拶を返す。
【今日もお綺麗ですね】
【佃煮食べるかい?】
【ドラマ見た? ヒヒ】
鶴城の頭上に選択肢が出た。
うん、まあ言いたい事は沢山あるけれど、この選択肢達が老婆のお手製であることは直ぐに分かった。
なんだよ『ヒヒ』って……。
「今日も綺麗だね」
「えっ!?」
鶴城が焦り、外履きを落としてしまった。
よく見ると顔が赤い。
「ど、どうしたのよ急に……!」
鶴城は逃げるように小走りで去ってしまった。
後ろ姿、好感度は2上がっていた。
「楢葉、おはよう!」
「お、おう……!」
問題児の登場だ。
ルートが確定しないように、選択肢は慎重に選ばねばならない。薔薇の花が画面いっぱいになるのだけは避けなければ……。
「今日空いてるか? 俺んちどうだ?」
「えっと……」
【勿論空いてるぜ!】
【すまん、今日は猫の具合が】
【わし、性別を超えた愛は嫌いじゃないぞえ?】
おい老婆!! なんだこの最後の選択肢は!?
「すまん、家の猫が調子悪くてな」
「そうか……なら仕方ないな」
金山が寂しそうに席に戻る。
好感度が1下がっていた。
「野郎ども席に着けー」
佳織嬢は無視した。触らぬ神に祟り無しだ。
佳織嬢のファンクラブは日本中に支部があるらしく、特に福島支部は手段を選ばぬ大過激派揃いで有名らしいからな。
放課後、部に顔を出したひまりと、帰り道バッタリと出会った。
「おお、今帰りか?」
「なによ、悪い?」
既に手がグーになっている。手の早いやつだ。
きっと前世でも、挨拶代わりに首を刎ねる妖刀使いだったに違いない。
「部活も引退だし、なんだか燃え尽きた感じなのよね」
ぼそっとひまりが漏らした。もちろん言葉をだ。
【今年のぼじょれーは十年に一度の出来ぞい】
【今年の風邪はタチが悪いぞい】
【今年の冬はいつもより寒いぞい】
なんだこれ…………なんだ、これ?
上がるんだか下がるんだか、さっぱりな選択肢でどうすりゃ良いんだ?
やっぱり分からねぇから、適当だ。どうせ何選んでも殴られるんだろ?
「今年の風邪はタチが悪いらしいぞ?」
「なによ、心配してくれてるの? 珍しいわね」
とりあえず普通の会話っぽくはなった。
「馬鹿は風邪ひかないとか言いたいわけ?」
ヤバい。雲行きが一瞬で怪しくなったぞ……!
【人に移すと治るぞい】
【首にネギを巻くといいぞい】
【大根の汁を耳に入れるのじゃ】
なんだよこれ……迷信ばっかじゃん。
コイツと話してると選択肢がおかしすぎるぞ?
さては人と会話のアレがずれてるな?
「人に移すと治るっていうだろ?」
「そうね、アンタに移してやろうかな」
笑いながら俺の肩をバシバシと叩くひまり。痛い。
【首にネギを巻いておくれ】
【鼻をつまんで水を飲むといい】
【二時:耳鼻科、薬】
おい、最後老婆のメモじゃないか?
テキストにメモするなよ……。
「そしたら首にネギを巻いてくれよ」
「ハハハ! いいわね! ネギで絞めてあげるわ!」
ひまりが上機嫌で去って行く。どうやらパーフェクトコミュニケーションのようだ。
好感度が6も上がっていた。
なんだ、ひまりも話せば分かる奴じゃないか。
「どうだったえ?」
いつもの場所で老婆。手には杖とメモを手にしている。
「二時に耳鼻科で薬」
「あ、忘れてたわい! ……てか何故それを?」
「いや、別に……」
俺はこれまでの結果を老婆に報告した。
俺はこの恋愛ゲームが楽しくて仕方なかった。
「うんうん、選択肢のAIが少し弱いみたいだのう。更なるアップデートが必要と見たぞい」
「頼みます。特に私情を挟むのは勘弁願いたいです」
小さな眼鏡をかけて、ふむふむとメモを取る老婆。
【楢葉弘幸 67%】
「それと、好感度と選択肢が出る位置を変えたいです。頭上だと視線が上ずっちゃって」
「ほうほう、なるほど」
【楢葉弘幸 70%】
「女の子が今何処にいるか分かる機能があると会いやすくていいと思います」
「お前さんはアイデアマンじゃなあ」
【楢葉弘幸 75%】
「好感度の上下で効果音が鳴ると、よりゲームっぽくて好きです」
「ふむふむ、お前さんの話は興味が尽きないのぅ」
【楢葉弘幸 80%】
「バームクーヘンでも食べながら、詳しく聞かせてくれないかえ?」
「バームクーヘン!? へへ、好きなんですよバームクーヘン」
【楢葉弘幸 90%】
「良かったら夜ご飯もどうかえ? 好きな物を作るぞい?」
「肉じゃがいけますか? 大好物なんですよ」
「勿論じゃ」
「よっしゃ!」
【楢葉弘幸 100%】
「お婆ちゃん。良かったら何か手伝います。これからちょくちょく遊びに来ても良いですか?」
「ええ。ありがとう」