89話:別の反乱
密かに新王退位の準備をする中で改めて実感する。
新王による数々の不手際で貴族の多くは心離れていた。それでも王家に尽くすことを諦めない者も確かにいる。
なのに新王はそんな有志を顧みることはない。だからと言って有志に気取られるわけにはいかないため、こちらも動きは慎重を期すべきだった。
そんな中、また急報が飛び込んだのだ。
「大変です! 国軍の一部が反乱を起こしました!」
「何ぃ!?」
我が家で重鎮が集まって密談をしているところに、普段冷静な執事が乱入する。
隣室で控えていた私にも聞こえる大声なんて初めて聞いた。
「何故国軍が!? いや、いったいどれくらいの規模だ! 何処から抜けた!?」
「無闇に損耗させられるだけの無策の王には従っていられないと! 数は不明ですが高位の者はおりません! 王都へ帰還を命じられた者が離反し、王都へ進軍しているようです!」
「反乱に際しての配置換えか!? こ、侯爵はこのことをご存じなのか!?」
そこに新たな報せが飛び込む。
「北の海上に敵船を発見とのこと! 宣戦布告の使者が公国に入ったとの報せも届いております!」
「はぁ!? こんな時に!」
北の国が、新王の失策を見てきた今、動いた!
軍の動きが鈍いこともわかった上で、侯爵が北辺を守っていても国の援助が望めないことも承知なのでしょうね。
「反乱が二か所起きたこの時に!」
「もはや反乱など構っている暇はないぞ!」
「いや、侯爵側に飛び火しても困る。ここは反乱をいち早く鎮圧すべきだ!」
「それでは陛下と同じだろう! なんのために今まで!」
喧々囂々と重鎮が騒ぐ中、私はいっそ冷静になる。
これは大問題だ。だからこそここは予定どおりに動かなければ手遅れになる。
私は隣室から重鎮の揃う部屋へと足を踏み入れた。
「お父さま」
「イレーヌ、今は」
「いえ、今だからこそお聞きください。ことを即座に新王陛下へと上げるべきです」
「何?」
「軍までも反乱を起こし、軍の側は明確に陛下に対する不満を持っています。つまり、狙いはここ王都ではなく、王城です」
王領での反乱は代官に対する不満が発端であり、元代官を助けた後も勢いに押されて動いている。
そんな中、代官は隙を見て新王に縋るため王都に逃げてきていた。
「つまり、王領の反乱民も王都に向かっている今、位置関係として王都に着く前に二つの反乱勢力は合流するでしょう。目的が曖昧となった不満の塊である反乱民は、目標のある反乱軍人について行くことが予想されます」
「うむ、確かに」
「そうと知った新王陛下はどうするとお考えですか? 果敢に自ら兵を率いて反乱軍に立ち向かいますか? 反乱軍が到着する前に全ての問題を解決できますか?」
「無理だ。まず兵がいない。そして解決できるのならすでにしている」
「となれば、堅牢な壁に囲まれたこの王都に籠城なさるでしょう」
私の言葉にお父さまは一度目を閉じるとすぐに開いた。
「そうか、そういうことか。急を要する今の事態に、陛下は即応できない。その上で自らに兵が迫ることを警戒して王都に籠る」
「はい。侯爵さまに迫った危機も、宣戦布告の使者が新王陛下にお会いできない限り開戦は違法。王都の門を閉じれば使者を閉め出せます」
「だが海上の軍が陛下への宣戦布告が済んだ時期を見計らって攻めるよう始めから決めていたらどうする?」
「一局面では敗北を喫すこともあるでしょう。ですが、すでに侯爵さまは海上を睨んでおいでです。すぐさま王都に敵兵が乗り込むことはない。その上で条約違反を問い質すためにも、早急な王城の安定が必要です」
静まり返る重鎮たちは、私とお父さまの会話を聞いていた。
「新王陛下が自ら動かない今こそ、皆さまが走る時です」
新王が自ら動かなくなる今こそ、弟君を迎えに行くべきだ。
反乱が起き、隣国が宣戦布告をしようという今、派手に動いても咎められない。
同時に今動かなければこちらも動けなくなることが予想された。
「…………賭けだ」
お父さまは重鎮を見回して呟くように告げる。
「だが、問題の先延ばしなど下策。時間がかかるだけ我が国の血が流れる。であれば、確かに走るしかない」
重鎮方も決意の顔で応じた。
軍からの反乱は予定外のことではあるけれど、やることはすでに決めてある。
「王都の外に出る理由はどうする?」
「王領付近であれば自領の治安を理由にできるが」
「それよりも籠城を確かなものにさせるために陛下になんと申し上げる?」
「逃げろと言えば反発するのではないか?」
「いや、それは王都の守りは任せたと言って本当に逃げそうだ」
「では和解を勧めつつ、反乱民の兵糧確保の術がないことをそれとなく」
「なるほど。時間の問題と思わせるのか」
もはや私が口を挟まずとも話が決まって行く。
「よし、ではすぐに王城へ」
「お父さま、最後に一つ」
勢いを挫いて申し訳ないけれど、ここで言っておかないと後手に回る。
「聖騎士の団長さまをご紹介ください」
「理由は?」
「最悪、王都の守りはわたくしが担います」
重鎮はすぐに意味に気づいて息を呑んだ。
「そうか、聖女の素養のある者は王都の外。であるなら、アンナかイレーヌか」
「アンナさまはお立場もあり、城のほうが適任かと。中央教会に設置された王都の結界を起動するだけでしたら私でこと足ります」
聖女の結界の中心である聖女の御坐所が設置されている王都には、特殊な結界が存在する。
国を守る結界をさらに守る王都の守りは、本来は聖女が起動するのだけれど、聖女を名乗るシヴィルは城から出てそんなことをするとは思えない。
ラシェルは国外、めぼしい聖女の素養を持つ修道女も国境なのだから、王都に残る私がやればいい。
「よし、わかった。区長に邪魔されそうになれば聖騎士に守ってもらうように」
「いえ、教会の門を開けていただければいいだけなので」
邪魔と言っても道を塞がれる程度でしょう。
聖女の御坐所に扉はないのだから。
区長をどけるだけなら結界に包んで押せばいい。
私が結界に入ってそのまま歩くだけでも区長は抵抗できないだろう。
「なんとも頼もしいご息女だ」
「本当に継嗣には、おっと失礼」
何か言いかけた重鎮は、お父さまに睨まれ口を覆う。
パトリックのことはお父さまの前では禁句になっている。
そのため重鎮は慌てたのか変な話題転換を試みた。
「いや、陛下の婚約者がイレーヌ嬢であれば」
「お断りします!」
あら、いけない。つい力いっぱい否定してしまったわ。
「あ、すみません」
「ともかく行きましょう!」
私の拒絶に謝る重鎮を、お父さまが何とも言えない表情で部屋から連れ出す。
「釣り合わないにもほどがあるだろう」
「だがあれだけの才媛がいればと思う気持ちはわからないでも」
「婚約破棄を言い渡す側が変わるだけであろうに」
「ご息女の爪の先でも陛下に責任感があれば良かったのだが」
出て行く重鎮方は口を滑らせた相手にそんなことを言っていた。
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