88話:王領での反乱
突然の反乱は王領で起こった。
「何故王領でなのでしょう?」
二日も帰らなかったお父さまには心苦しいけれど、仮眠の後に話を聞かせてもらえる時間をいただいた。
時間は選んだのだけれどお父さまの疲労は顕著だ。
軍を統括する侯爵がいない今、対処に即応性はない。
その分の調整を他の残った貴族有志が負担することになる。
「反乱が起きた王領の場所は聞いているか?」
王領は増減する。
貴族に割譲されることもあれば、貴族から接収することもあるからだ。
軽食を取りながら答えてくれるお父さまは、重い声で告げた。
「元伯爵領だ」
「そこは、まさか…………。侯爵位争いの折、追われた?」
幾つもある王領の中で、曰く付きの元伯爵領から反乱が起こったそうだ。
「アンナさまとエルミーヌさまのご実家は?」
「生家の公爵家、伯爵家はもちろん、婚家の公爵家も子爵家もことを重く見て鎮圧のための許しを陛下に求めた」
何故アンナさまとエルミーヌさまの名が出るかというと、元伯爵領が王領に変わった際にお二人の先祖の確執が関わっているから。
実はご先祖は侯爵の座を巡って争った伯爵同士。
といっても武力ではない。
自らを侯爵に推挙する貴族の取り合いという人気争いだ。
その中で最後の最後にアンナさまの先祖に鞍替えをしたのが、元伯爵領を持っていた貴族だったという。
「エルミーヌさまのご実家は、どう動かれるのでしょう? かつての遺恨はまだ残っているのでしょうか」
「まぁ、領主だった伯爵家を潰した側だ。陛下が斜め上の解釈をしなければそれも問題になっただろう」
「はい?」
エルミーヌさまの先祖は鞍替えをした伯爵を怨み国から追い出した。
それによって伯爵領はなくなったものの、領民はもちろん土地と共に残っている。
その上、エルミーヌさまの先祖の怨みを買いたくないと元伯爵領を誰も面倒を見ず一定期間放置されるという憂き目に遭った。
そのため王領として接収された後も、領民が領主を敬わないと噂されている。
そうした歴史背景を気にした私に、新王が斜め上?
「一斉に手が挙がったことで、私では鎮圧できないと思っているのかとお怒りになってな」
「そ、そんなところで意地を張る理由などないでしょう?」
くまのできた目で、お父さまは私を見る。
なんだか心の内が聞こえてきそうな目だ。
馬鹿だ、軍で手一杯のくせに、馬鹿だ! と。
「どうなさると言うのです? 鎮圧のために割ける手はもはや陛下にはないはずです。軍は国境に派遣してしまって今王都にはいないのですから」
国王一人が軍権を握るという不合理な政策により、魔物被害が増える国境への派兵は後手に回り続けていた。
それでも時間をかけた末に、随時兵の送り出しでちょうど今、王都から全ての軍を出してしまったところ。
さらに呆れたことに、軍部と連携も何もできていない新王の采配によって偏りが起き、派遣する兵が足りなくなるということまで起きた。
再配置には時間がかかる。ましてや間違いを正すなどしては新王のプライドが傷つく。
その解決策として、新王は愚かにも特例法を作って城の警備の兵も王都から一部出しているのだ。
「説得したのだが、さらに陛下を守る兵を割いて鎮圧するとおっしゃられてな」
「危険です。まず城の兵は軍事行動に慣れていません」
「その辺りもお話した。しかし、農民程度に後れを取るものかと、な。行って鎮圧してすぐに帰ってくればいいとおおせだ」
私は新王の言葉に唖然する。
そんなことできるはずない。それほど簡単な問題ではないのだ。
けれど、やれと言われてできるとすればそれは…………。
「反乱を起こした者すべてを殺せと? 捕らえて話を聞くこともせず?」
「…………非常時に反乱を起こすなど大罪であるとのお言葉をいただいた」
お父さまは疲れているのか食事の手も止まりがちだ。
翻意させられなかったという後悔が強い。
けれど一度城を離れて戻ったと言うことは、新王がすぐさま鎮圧の兵を差し向けるのは阻止したと考えるべきだろう。
「何故反乱が起こされたのかを気にしていないのですか? あ、王領には代官がいたはずでは? 反乱の前兆を報せることなど?」
お父さまは止まっていた手を無理に動かし、軽食を口の中に押し込んだ。
もう城に戻るのだ。
けれどまだ聞きたいことだらけよ。
いったいどうしてそうなったというの?
「ちょうど社交期で王領に隣接する領地の者の話を聞けた。どうも先王陛下の御代から務めていた代官は、陛下の突然の増税に異を唱えて免職されたそうだ」
お父さまが言うには、その前代官は優秀で人徳もあり王領の民と良好な関係を築いていたそうだ。
そのため免職の際には騒動があったと近隣領主が語ったとか。
「新たに派遣された代官が領主館に入れないよう領民が抵抗した。結局前代官が説得してことなきを得たらしい」
「王領のみの増税に人望のある代官の免職。つまりその時点で王領の民は強い反感を抱いていたのですね」
「さらにな、その新たな代官はまぁ、陛下の周辺の者と同じ類だったらしく…………」
「口だけで実績がない?」
「そして欲が深い。増税で苦しむ領民相手に二重取りをしていた」
「はぁ!?」
王命が下っても、その命令の詳しい内容を領民は知らない。
学のない領民に説いても不満しか生まないからだ。
そうした理由で説明義務がないのをいいことに、新王が課した税を割り増しにして差額を自らの懐に入れていたらしい。
「それが反乱理由であるなら、どうやって領民は代官の不正を知ったのでしょう?」
「あまりの苦しさに前代官を頼ったらしい。そして前代官はすぐに横領に気づいて今の代官に是正を求めた」
自らの務めが終わった後も領民を案じて動いた前代官は、確かに人徳のある人物だ。
「だが代官は侮辱だと言って前代官を捕らえ罪人として牢に繋いだらしい。陛下にもその報告はあったそうだが、もちろん今の代官が自らに都合よく事実を捻じ曲げた内容だそうだ」
「自らのために動いた人物が罪に問われ、救い出すとともに現状への不満を訴えるために反乱ですか」
「近隣の者の話では、また見放されるくらいならという風潮があったそうだ」
また見放される。
それは元伯爵領であった頃、伯爵に見捨てられ、他の貴族からも見放されて困窮したための強迫観念。
「エルミーヌさまのご実家も子爵家も今回のことでは動かぬほうが良いかと思われますが」
私の進言にお父さまは頷く。
「本来なら世論の成熟や城内の者たちの意思統一を行ってからのつもりだったが。北の暗躍に反乱、こうなっては座して待つわけにもいかん」
新王にはここで玉座を降りてもらう。
父の目はそう言っていた。
一年もたなかったのはなんとも早すぎるけれど、事情を考えればさもありなん、ね。
「ロジェが言ったとおり、歴史は盾としては薄いものですね」
「あの若造、なんということを。心得違いをするな、イレーヌ。国を守るために歴史を紡いだ我らがまだいる。潰させはせん。ここで食い止める。そのための準備だ」
そうだ。新王では国が歴史ごと潰れる。
だから国を守るために王を廃す。
まだ終わりじゃない。
「はい。お父さまは弟君のお迎えにはいつ?」
「それはイレーヌに行ってもらうことに」
「いえ、この状況ですから公爵自身がお迎えいたしませんと」
「…………よし、わかった。できる限り王都内の者たちとは足並みを揃えるよう手配しよう。トリスタンへの連絡は任せる」
私は命令を受けて礼を取る。
お父さまはまた慌ただしく城へと向かった。
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