87話:不在の寂しさ
パトリックを追い返した後のお父さまは早かった。
パトリックに住まわせていた屋敷を引き払い、使用人で公爵家を頼る者は受け入れた。
パトリック側に残る者は放置で、公爵家名義の財産も全て回収する。
そんなお家騒動が起こったため、私への求婚を無視された形の方々は今のところ何も言って来ない。
タイミングからして私への求婚がパトリック廃嫡への引き金になった可能性を考えているのでしょう。
関係ないとは言わないけれど、ほぼ自滅なのに。
「パトリックさまは残った使用人へ紹介状などの手回しをせず王城へとお住まいを変えられました」
「まぁ、お粗末ね」
侍女の報告に私は溜め息を禁じえなかった。
「パトリックは屋敷を追い出されて妻子と共に新王を頼ったのよね? 数人なら連れて行くこともできたでしょうに」
「城の一室を与えたそうですが、移り住んだのはご一家のみと」
「そしてパトリックの下に残った使用人たちは職を失くして路頭に迷うことになるのね」
一応受け入れは伝えたし、きちんと断られた上でこちらも動いた。あとは使用人たちの判断だ。
差し伸べた手を断った相手まで面倒は見切れない。
「意外だったのは公爵家から切られてもパトリックに仕えようと考える者がいたことね」
「…………男爵家の使用人だった者が言うには、例の奥方を慕う者がいたとか」
カロリーヌの名前は四年経った今も避けられる。
決定的な見限りとなった今、パトリックの名前もこの屋敷で聞くことはなくなるかもしれない。
「あとは男爵領のほうね。使用人たちの末路を見れば、代官も無駄な遅延はやめるでしょう。念のために確かにこのことが伝わるよう理由をつけて男爵領に人をやってちょうだい」
「承りました」
侍女が下がると、私は向かっていた書き物机に目を戻した。
そこには手紙が広げられている。
「公国にもこちらの混迷具合は届いているとして。ラシェルの耳にも入ったみたいね」
手紙はラシェルからの物で、帰国を願う内容だった。
すでに思い直すよう返信は出した。
北の刺客や新王の不手際で思いの外時間を取られ、まだ教会への手回しが不十分なのだ。
ラシェルが戻るにはまだ早い。
「で、遅れてジルから来ると言うことは、このラシェルの手紙は内密に出したと。いったい誰がラシェルに手を貸したのかしら?」
公国での暮らしはジルの伯爵家が頼りなので、そちらにばれずにラシェルが手紙を出すには他人の手がいる。
「ジルは公子ではないと書いて来たけれど」
手紙では公子がもう公務よりも名声を得るための冒険にかかりきりだと書いてある。
どうやらラシェルと一緒に行動する内に英雄願望が目覚めたようだ。
最近ではラシェルの隠れ蓑にならなくなってきていると同時に、ラシェルにも焦りが見えるようになったらしい。
「聖女の素養のある者は引きはがした。聖騎士団も大半が王都の外。不満を持つほうの団長が、残るもう一人の団長を押さえてくれると確約は取れた。あとは司教のほうへ手回しをして、区長を孤立させるつもりだったけれど」
もうここは一気にアンナさまと攻めてもいいかもしれない。
「ただこれは拙速であっても、機を見るに敏ということではないわね」
つい漏れた言葉と思い浮かぶ相手に、私は窓の外を眺める。
「もう国に着いたかしら?」
思わず言って首を振った。
そんなことを言おうとしたのではない。
公国にはロジェの手の者が残っているので、ラシェルの手紙を届けた可能性を考えようとしたはずなのに。
「どうして私がロジェの心配をしなきゃいけないの。あちらはあちらで好きにやるわ」
そう気を取り直そうとして、私は自分の言葉に書き物机へ突っ伏す。
心配って何よ!
何を心配してるの、私は!?
「刺客を連れて帰国してるからって、あれだけ自信満々だったのだから別に危険なことはないはずよ」
もう一度気を取り直すために口にして、今度は両手で顔を覆ってしまった。
心配してるじゃない!
しかも自信あったから何!?
ロジェなら平気って何その信頼!?
「…………駄目、これは考えちゃ駄目よ」
私は手をどけて自分に言い聞かせる。
頬が熱いのも気のせいだ。
ふと弟トリスタンの言葉を思い出す。
任せられる相手がいると思えるだけ楽だと、トリスタンは私が公国から帰った時に言っていた。
「無茶を、したわね」
自分を囮にするなんて、そんな危険なこと今までしたことがなかった。
けれどあの時はそうしても平気だと思ったのだ。
この考えはあまりにも淑女として弁えがない。
どんなに結界が強固でも過信してはいけないと、過去矢傷で致命傷を受けた聖女の逸話で習い覚えることだ。
「ロジェ…………のせいって言ってしまいたいわ」
悪い影響を受けた、そう思いたい。
けれどそれを言うと影響されるほど近くにいたのか、影響されるほど心許したのかと改めて考えてしまう。
「王子として違いすぎる。…………それに、結婚相手としても違いすぎるのよ。本気にできるわけないわ」
愛の言葉を囁かれたことはある。
もちろん相手は元婚約者だ。
けれどあの愛はロジェほど唐突なものではない。
幼い頃に出会い、気が合うようだと親同士が見計らって婚約をした。
あちらは兄のパトリックと同じ年で、いつでも私を導くように扱ってくれた人。
「思えば、パトリックよりも私を気にかけてくれて、励ましてもくれたわね」
愛していると、良い家庭を作ろうと、一緒に両家の繁栄に努めようと、そう約束した。
未来を誓う愛の言葉は、穏やかで心安らげるものだった。
だからこそ問題が起きた時に同時に手を離した。
私たちの関係に衝突や軋轢は相応しくない。
互いに生家と対立してまで続けるだけ不幸になる。
そんな婚約だった。
「ロジェは私の何処が気に入ったのかしら?」
無頼漢相手に引かないところなんて言われたけれど、改めて聞いたらなんと答えるのか。
公爵令嬢らしくないことは自覚しているし、勝気な性格もわかっている。
けれどそれをロジェはいいというのだ。
「手紙…………ジルのついでに…………ロジェにも」
そんな言い訳を呟いた瞬間、ドアが激しく叩かれる。
「どうしたの!?」
「イレーヌお嬢さま! 大変です! 反乱が、反乱が起きました!」
飛び込んで来た侍女は走り書きらしい紙を握ってそう叫んだ。
「はん、らん?」
少し前まで考えていたこととは全くベクトルの違う言葉に、私は一瞬何を言われたかわからなくなってしまった。
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