81話:公爵令嬢の宴
北の刺客を倒した後、公爵領にある村でささやかな宴を催すことになった。
領地の者にも手伝わせたので、詳しい説明ができない分、飲んで騒いで些事は忘れてもらうためだ。
「…………もう飲んでる」
「あとで補充するという形で、振る舞い酒と料理は村にある分で賄わせたから」
捕まえた刺客の警備などの打ち合わせを終えて、ロジェと私は会場となる村の広場にやって来ていた。
そこではすでに領民が飲んで騒いでいる。
「お! イレーヌさまとボルボーの王子がいらしたぞ!」
領民の一人が気づいて大声を上げると、四方から拍手が湧く。
私はロジェと顔を見合わせる間に、領民が道を開けた。
「では、エスコートを」
「しょうがないわね」
ロジェが差し出す腕に手を乗せて、私は領民が作る花道を二人で応えながら歩く。
後ろには護衛たちもおり、そちらは仕事中ということでまっすぐ前だけを見ていた。
「私は挨拶をするからロジェはしっかり接待されておいてね」
用意された席にロジェだけを座らせ、私は護衛と一緒にその場を離れる。
向かうのは広場にある石の壇上。
集会場としても使われるため、石の壇が設けられているのだ。
今は幕が張られて高い壇上の後ろには目隠しがされている。
私は護衛と目隠しのほうへと入った。
「さて、楽団はもう体は温まっている?」
冗談めかして声をかけると、年季の入った楽器を持ち寄った村の音楽家たちがいた。
私が手を振ると、護衛たちは楽団のほうへ行き軽く打ち合わせを行う。
その間に私も待っていた村長とお話し合いだ。
「領民への説明はなんとしましたか?」
「北の不埒者が姫さまを狙ったとは言ってあります」
「それでこの盛り上がりですか? 呪物関連とは言っていないのですね?」
「いやぁ、見ていた者がイレーヌさまの危機に王子が飛び出して自ら戦ったと言っていたので、盛り上がってしまっているようで」
村長はにこにこしながら説明した。
どうやら朝早くから遠目に見た者がいたらしい。
そして物語風に楽しまれてこの騒ぎなのだとか。
そう言えば子供たちが棒を持って走り回っていたわね。
あれは敵を追い返したロジェの真似だったのかしら。
「わかったわ。では私のほうからもう一度説明をします。同時に、呪具の保管に対しての注意、および重要性を説きましょう。その後は…………」
村長の視界を塞いでいた私は、小さな声で合図を出されて立ち上がる。
その場から横に避けると、楽しそうな護衛と村の音楽家が。
その姿に村長は目を丸くした。
「少しの余興をいたします」
「は、はは! よろしいですな。その後は皆で踊りましょう」
「では怪我をしないようにスペースを開けておいてください」
打ち合わせを終えて私は一人壇上に登った。
すでに酔っている人たちもいるけれど公爵令嬢の説話ということで皆こちらを向いてくれる。
ロジェはすでに村人たちに囲まれていた。
本当に懐柔が上手いものね。
「…………無事、我が国を侵す敵を捕まえることに成功し、この地の安寧は保たれました。まずは私に助言をくださりここまでご助力いただいたボルボー王国ロジェ殿下に感謝を」
私が壇上から手を向けると村人が拍手を送り、ロジェも立ち上がって応える。
「次に、夜を徹しての戦いを勤め上げた心強くも、麗しい我が護衛たちに」
私の言葉に続いて拍手しようとした村人たちが止まる。
困惑に目を瞠る者、笑いを噛み殺す者など反応は様々。
私が壇上を譲るように端へ行き合図を送ると音楽が奏でられた。
それは夏至を祝う祭の、村人は聞き慣れた舞踏曲。
「なんだ、踊るのか? そう言えばあっちに場所開けられたな」
「いや、あれ見ろ! おい、さっき姫さまが言ってた作戦の!」
現われた護衛たちは厳めしい顔。
けれど服装は青い女物の、女装だ。
そして無言で曲に合わせて踊り出した。
その慣れない動きと元々の踊りを知っているせいで、村人たちは耐え切れずに大笑いする。
「我が領民に聖女さまのご加護がありますように! 感謝の踊りを共に!」
私の号令で笑っていた村人たちが手を取り合って踊り出す。
村長やまだ酔っていない村人たちが誘導して広く取った場所へと移動させ始めた。
「あなたたちも楽しんでらっしゃい」
一曲分踊った護衛に仕事の終わりを告げた。
壇上から降りると、村人たちが手を引いて護衛たちを踊りの場に連れて行く。
私にはロジェが待っていた。
「あら、踊りに行かないの?」
「俺にはなじみがないからな」
お酒が入っているだろう木のジョッキを揺らしたロジェは、私を見つめて苦笑する。
「ダンス申し込みたい相手も足を痛めてるんじゃ無理だし。徹夜続きだ。大人しく座っておくほうがいい」
そう言って私に隣の椅子を勧めた。
どうやら徹夜で疲れているのを見抜かれていたようだ。
大人しく座るとロジェが距離を詰める。
瞬間、私とロジェの間にお酒の入った木のジョッキが割り込んで来た。
「楽しんでいるようですね」
「トリスタン」
「えー、空気読めよぉ」
ロジェの文句にトリスタンは真顔になった。
「あなたもいい加減役者不足を理解しませんか?」
「うーん、功績がないってのは痛いよな。けど、それも示せそうな空気感があるのは読めてるんだが?」
国内の不穏な空気をほのめかすロジェに、トリスタンは顔を顰める。
「なんのことでしょう」
「下手な誤魔化しはいらねぇよ。突然来たイレーヌの要請にすぐさま団体行動できる村の若手、領主のほうからじゃなく村の中からこうして用意された余剰な食糧」
ロジェは私との間に置かれたジョッキを指で弾く。
「女装した護衛に驚いても、北に狙われたなんて話には驚かない心の準備のでき具合。どう考えてもやる気じゃねぇか」
「…………イレーヌ、寝ないでください」
「あら、ごめんなさい。でももうロジェは捕まえた刺客を連れて帰るのだからいいじゃない」
「良くないです」
「そうだそうだ。別に一回帰ってもまたイレーヌ口説きにヴァルシア来るからな」
「来なくていいです」
笑い声から離れて座ったせいで眠い。
「手伝ってやるって。もちろん報酬はイレーヌで」
「お断りします。勝手に軍備整えて来たらその時には公爵家ではなく我が国全体を敵に回しますからね」
「そういうこと言われると逆に燃えるんだけどな」
「この…………!」
トリスタンが言いくるめられている雰囲気だけはわかる。
瞼が重く、思考もあちらこちらへ飛ぶ。
受け狙いで聖女を模した護衛を躍らせるのはやりすぎだったかしら?
手伝ってくれた修道女は連れて来なくて正解ね。
王都の貴族出身の彼女たちにはこの喧騒は肌に合わないわ。
トリスタンが怒る声も、祝いの喧騒に紛れてしまっている。
ロジェの快活な声は舞踏曲の合間に聞こえる。
私はうとうとしながら、楽しげな声に耳を傾けていた。
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