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79話:ボルボーの黒太子

 深夜の公爵領で、私たちは野外に潜んでいた。


「どうして呪物を収めた家屋周辺の警備を厚くしたの?」


 一緒にいるロジェとトリスタンに聞いてみる。


「イレーヌが襲われたのになんの手も打たないのは逆に不自然だろ」

「領に入ったことはすぐにわかりますから、だったら派手に警備を厚くして誘い込む穴を作ろうということになりました」

「これでも人員は絞ったほうだ。大半がイレーヌがいるように見せかけた屋敷のほうを守ってる」

「何処まで調べる相手かはわかりませんが、周辺の領民に召集をかけて警備を厚くするという旨を知らしめています」

「それは、いっそ相手は国境へと逃げる口実になるのではない?」

「穴を作ったと言っただろ? 急ごしらえの警備で、ここよりもイレーヌがいるだろう領主館のほうが警備は厚い。となるとこっちを相手は狙う」

「事前に警邏に誤情報を混ぜて、一部見回りをしない場所を作りました。その穴を抜ければ呪物に近づけますが、その前に」


 落とし穴が掘ってあるようだ。


 私たちがいるのはその落とし穴の見える範囲。

 敵に見つかる危険もあるけれど、結界を張るには目視が必要だ。

 作戦が始まれば一切の発声を禁じている。


「合図があったな」


 待ちくたびれた頃、ロジェが気づいた。


 トリスタンには庭にも等しい領地なので、敵が通る場所を限定することも、気づかれない場所に見張りを設置することも自在だったらしい。


「ずいぶんゆっくりね。皆、準備を」

「一度失敗していますし、どう考えても衝動的な襲撃ですからしょうがないですよ」


 トリスタンは楽しそうに応じる。


「待て。合図が予定と違う。たぶん、敵の数が少ないと伝えているんじゃないか?」


 ロジェが言うと、トリスタンは合図の光りの明滅に目を凝らす。


「確かイレーヌを襲ったのは七人だったはずですよね? 五人しか確認できなかったと言っているようです」

「あとの二人は何処へ? 先に国境を越える手配をしているのかしら?」

「その可能性はあるな。七人が逃げたのは見てたんだ。後から合流なんてなっても締まらない。見張りを継続させて、二人を見つけたら捕縛させよう」


 ロジェの意見にトリスタンが頷くと、こちら側にいた合図要員が灯りを明滅させる。


 その後は無言で身じろぎもせず待つ。

 すると見下ろす位置で人影が動いたのが見えた。


「こっちにいい場所あるんだって。人来なくて休める」

「へへ、一晩起きてろって言うなら景気づけは必要だよな」


 人影が潜む方向に警備を放棄して酒を手にした若者が二人。

 もちろん仕込みなのだけれど、別にこんな小芝居しろとは言ってない。


 敵に怪しまれないならいいけれど。


「おい、何か今音がしなかったか?」

「夜行性の獣か? いや、誰だ!?」


 誰何の声に敵は二人を黙らせることを選んで飛び出した。

 敵は多いと見て若者二人は即座に逃げ出す。


「助けてくれー! 聖女さま、ご加護を!」

「臣民に悪成す怨敵に災いあれ!」


 また仰々しいことを叫ぶ。

 けれどこれが合図だ。


 私はすぐさま落とし穴を塞いでいた結界を消した。


「波形に反応あり! 散開!」


 箱を背負った敵が叫ぶと、五人は四方に跳ぶ。


 ただ穴の真上にいた二人はなすすべなく落ちる。

 穴の縁に着地した一人は本当に縁だったため足元が滑り落ちた。

 そして残るは二人は…………。


「やはり何処かに魔女がいるぞ!」


 壊れたと思っていた結界を妨害する箱を持つ敵が警告を発した。

 何かしらこちらを探知する機能があるようだ。


 けれど私が片手を挙げて合図を送るほうが早かった。


「あ、これは魔女の!?」


 瞬間地上に残っていた二人の周囲に結界が生じる。

 抵抗するもののすでに遅く、縮まる結界に押されて二人も穴の中へと落下していった。


 私は見計らってまた穴に結界で蓋をする。

 そこに待っていた魔法使いがまた土をかぶせて塞ぐという無言の連携。


「「は…………はぁ…………」」


 大きく息を吐いたのはこのために待機してもらっていた修道女二人だ。


「ありがとう。助かったわ」


 もっと大きく広がって行動された時のことを考えて呼んでおいたこの二人は、近くの国境に派遣された中央教会の顔見知り。


「呪物を収容したために、命を狙われるなんて」

「イ、イレーヌさま、本当に大丈夫なのですか?」

「狙いは私だもの、あなたたちが心配することはないわ」

「いえ! イレーヌさまにもしものことがあれば、この国は聖女に見放されます!」

「そんな大げさな。ラシェルならきっと」

「いえ! どんなにお優しいラシェルさまでもご友人が被害にあってまで慈悲をくださるとは思えません!」

「「ご自愛ください!」」


 修道女たちが前のめりになって祈るような姿勢で声を揃える。


「落ち着いて。敵に気取られては意味がないわ。さ、館に戻って休んでちょうだい。大丈夫。この後は危険なことなどないから」

「…………聖女さまをお引き留めできなかった私たちにできることは、少ないでしょうが」

「申し訳ありません。せめて、お邪魔にならないよう退散させていただきます」


 あぁ、しょげてしまった。


 別に聖女追放に居合わせただけの修道女を責める気はない。

 ラシェルが追放された時、物を言える立場にある者でもなかったのだし。

 ラシェル本人が衝動的に動いていた部分もある。

 今は国境に残って国を守ることに一役買ってくれればそれでいい。


「焦ることないぜ。イレーヌが名指しで呼んだ、そして応えた。そこには信頼がある。そうだろ?」


 かける言葉を探していたらロジェに先を越された。

 その上で私を見るので確かに頷くしかない。


 お蔭で修道女は明るい表情で館へと退避してくれた。


「…………ありがと、ロジェ」

「どういたしまして」


 普段うるさいくらいに好意を語るのに、こういう時にさらりと流すのはちょっと狡い。


「ここからどうするんですか? というかこちらの音は聞こえてないんですよね?」


 トリスタンが私とロジェの間に割ってはいる。


「えぇ、音は遮断する結界だけれど地面の震動が伝わっている可能性はあるわ」

「うん? 待て待て、イレーヌ。音を遮断してる結界で蓋してるってことは、中の空気はどうなってるんだ?」

「通気していないわよ。それがどうしたの、ロジェ」

「うわ、つまり時間経つほど息苦しくなるのか。信心深かったり魔女に対する畏怖が強いのかと思ったが、息が苦しくて朦朧した状態であの踊り見たせいで怯えたのか」

「判断力が鈍っていたんでしょうね。しかも動いているのに音は全く聞こえないとなれば余計に現実味がなかったと」

「そこまで考えていたわけではないけれど、結界を強固にし過ぎて通気もできないようにしては自らを苦しめるということは習ったから、重い闇とは言ったわね」


 無音で不気味なだけと思っていたけれど、判断力が鈍るとは知らなかった。

 守りに使う際には本当に気をつけよう、うん。


毎日更新

次回:名誉の負傷

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