78話:懲りない賊
私たちは無事に公爵領へと辿り着いた。
「全く、突然の早馬で心配しましたよ、イレーヌ」
領の境にはトリスタンが出迎えに来ていた。
先触れを一人走らせておいたので、私が襲撃された報告は受けているからだろう。
「そんなに仰々しくしたら領民が驚くわ」
「襲撃犯を逃がしたのでしょう? だったらこれくらいしたほうが不自然ではないはずです」
「ま、そこはトリスタンの言うとおりだな。ちょっと予定外のことになった。詳しくは馬車の中でするか?」
ロジェの提案に馬で来ていたトリスタンは考える。
「いいえ。屋敷に戻ってからにします。あちらは警備も揃えてありますし」
我が家は新王の退位時に起きる混乱を見越して領民に訓練を施した。
反逆を疑われる備えを隠すため、魔物被害を理由に屋敷の警備を厚くして兵の養成を行っているのだ。
「屋敷について早々ですが、何をしたのか教えてください。こちらはイレーヌが来るとしか聞いていなかったんですよ?」
わざと襲撃されるとは確かに言っていなかった。
談話室に通されてトリスタンに道中の話を聞かせる。
「…………ふ、ふふ。落とし穴に、ふふ」
黙って聞いていたトリスタンは耐えられず笑い出す。
確かに狙いどおり綺麗に落ちたわ。
目の前で起きた出来事だったけれど、私から見ても一瞬でその場から消えたように見えたくらいすっと…………あ、私も笑ってしまいそう。
「こほん、その後は結界を張って、用意しておいた魔法使いが土で蓋をしたの。穴の中は完全な闇だったでしょうね」
「とはいえ、ある程度訓練された奴なら暗闇でパニックになるようなことはないだろうな。体力の温存を考えたのか静かだったぜ」
説明を続けるとトリスタンは目元を拭って先を促した。
「夜まで待ってどうしたんです? その程度で聖女を恐れるような者ではないでしょう?」
すると今度はロジェが思い出し笑いを漏らす。
「ぷ、それが…………落とし穴を土で埋めて夜を待ったんだ。その間にこっそりついて来てた護衛も揃えた」
「護衛は全部で十五人。私たちについていなかった者は伏せていた魔法使いたちの護衛と、私の馬車を追う不審者の見張りに別けていたの」
もちろん代替の馬車は嘘なので、一度離れた者も戻り私たちは夜を待った。
「月の明るい時を見計らって結界に被せていた土を魔法でどかしたわ。そして青い服と布を着せた護衛を落とし穴の縁に並ばせたの」
私は隠れていたので反応は見ていない。
護衛たち曰く怯えているようだったそうだ。
「逆光と女性の服を着ているような人影で、聖女の霊とでも思ってくれればいいのだけれど。まぁ、ただ立ってるのも芸がないから、そのまま夏至の祭の踊りを踊らせたのよ。無言で」
「へ? あれって男女二人で踊るやつですよね? 二人組にさせたんですか?」
「あぁ、だから妙な感じに片手浮かせてたのか、あれ。一人ずつ同じ動きで穴の縁をグルグル回ってたぜ」
トリスタンにロジェが再現するように手首を曲げて腕を上げる。
夏至の踊りはヴァルシア王国の風習なので、他国では馴染みがないのだろう。
「練習なしに動きを合わせられるものをと思って。ただ慣れない動きが遅くて、しかも無音だったから見てそうとわからなかったと思うわ」
「あぁ、ぎこちない感じがいっそ人間味がなくて不気味だったな。その上、イレーヌの案でより幽霊らしさを演出するつもりで、穴の縁に八方からすっと現われて、踊り終わったらすっと消えるように退くなんてこともしててさ」
私と一緒に隠れて見ていたロジェは、護衛たちの習熟度を褒めるようだ。
「穴の中から見てたら、きっと闇からいきなり現れたように見えただろうな」
トリスタンは想像して椅子の上で体を折り曲げて、いえ、お腹を押さえて笑っている。
笑いすぎて声が出ないらしい。
公爵家の継嗣になるかもしれない者がはしたない。
私が咳払いをすると震えながら身を起こした。
「は、はは、ひぃ…………イレーヌ、何してるんですか? 突然北に目をつけられたからこちらに来ると言って」
「理解の及ばない状況に陥れば怯えて聖女周辺に近寄らなくなるかと思ったのだけれど。まだまだ甘かったみたい」
私の言葉にトリスタンが口を引き結ぶとロジェが続きを話す。
「躍らせた後また埋めたんだ。日が昇るのを待って、イレーヌは結界を解いた。あいつらは穴に埋まって地面から這い出ようとする。で、護衛たちに声出させてイレーヌ捜索のふりで追い払う算段だったんだよ」
「ところが逃げた襲撃者は国境の方向ではなく、どうもここに向かったようだったの」
「まだイレーヌ殺害を諦めていないと? しかしこの領地ではイレーヌは常に人目を集めていますし、道中よりも難しいのでは?」
「確かにイレーヌを狙うと考えれば難しい。だが、あいつらがイレーヌを狙った理由はなんだ?」
ロジェの指摘にトリスタンは一考した。
「呪物ですか? …………確かにどちらを狙うのも難しいとなれば、本来の目的を少々荒っぽくても達成しようとするかもしれませんね」
「私への襲撃が失敗した今、一刻も早くヴァルシア王国を離れるはず。それでもなお寄り道をするなら、狙いは一つ」
「やはりあれは屈辱王の鎧なんでしょうね。全く。そんなに大事だと言うなら他国に埋めないでほしいものです」
私は逆に手放してくれて良かったと思っている。
「聖女の結界に確かな効力を発揮している今、呪物としてはとんでもないものよ。あれをまた知らない内に埋められたとなれば困るもの。奪還は絶対に阻止しないと」
「で、こっちは馬車で早く着いた。向こうは馬を手配するにも一日くらいは遅れる」
目を向けるロジェにトリスタンは意図を理解して笑う。
「なるほど。今度は僕も楽しい踊りを見られると言うわけですか」
「呪物を回収しようという相手だから、幽霊っぽい演出で怖がってくれればと思ったんだけれど。今度は違うほうがいいかしら?」
「イレーヌ、ここは同じでいいさ。何度でも同じことが起こるぞと刷り込むんだ。どうせ捕まえるのが目的じゃないんだろ?」
「今捕まえても手が回らないのが現状なのよ、ロジェ。まぁ、一人くらいはいていいけれど」
国王が議会を開かない以上、捕まえても外交として対処ができない。
男爵夫人と繋がっていた間諜も牢に放り込んでいるだけで、牢に入れる人数を増やしても現状意味はなかった。
「となると、何処に穴を掘るべきでしょうか? 小屋の周辺に七人も落とせる穴となると限られますね」
「この場合は、どう落とすかが問題だろう。今度はそう簡単に誘き出されてはくれないだろうし」
乗り気のトリスタンにロジェも呆れるほど真剣に応じる。
「それに奴らが持っていた聖女の能力を制限する箱。あれも気をつけないとイレーヌに危険が及ぶかもしれない」
「ロジェ、それならたぶん穴に落ちた時に壊れたみたいよ。夜に結界を解いて張り直した時にはなんの抵抗もなかったもの。石を使ったけれど、それでもあの手応えのなさは機能していないと思っていいわ」
「ですが念のために石は用意しておきましょう。イレーヌが力を込めてくれれば他の者の安全にも繋がりますし。場合によっては広範囲に結界を張ってもらうことも考えて」
「あ、それなら結界を張る要領で一人ずつ捕まえればいいわ。そのためにちょっと私は手配をしてくるわね。二人は穴と敵をばらけさせない策を考えておいて」
一人席を立つ私の後ろでロジェがトリスタンに話しかける声を聞く。
「イレーヌって頼りになるいい女だよな」
「否定はしませんが、それを父の前で言ったら十倍の小言と駄目だしとお叱りの言葉を受けることになりますからね」
「うへぇ。トリスタンよりすごいのか」
あら、第一印象良くなかったはずのトリスタンとまで仲良くなってるの?
ロジェ恐るべしね。
私はそんなことを思いながら、一人部屋を後にした。
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