77話:生かさず殺さず
結局私は王城の広間会議には行かず、父に了承を得て領地へ向かうことになった。
ロジェも一緒に領地へ向かっており、今は休憩中で馬車の外にいる。
「城ではずいぶん白熱したらしいとは聞いてるが、あの兄貴についてとは聞いてないな」
「そうなの? お父さまからは男爵領については進展はなしとは聞いたけれど」
話題は広間会議だけれど、どちらも伝聞で実りのある会話にはならない。
そろそろ答えのない問いは置いておいてこちらもできることをしようかしら。
「そう言えばボルボー王国は国内を移動する時、休憩はどうしているの? こうして道の端に寄っていたら魔物に襲われたりするのではない?」
魔物の話が符丁であることに気づいて、ロジェは笑う。
「あるある。ただこうも手入れされて見晴らしがいいとそう簡単には現れないさ」
まず肯定ということは、私を狙う賊は近くにいるらしい。
「怖がるなって。魔物も見境なく襲うわけじゃない。王都の側なんかは野生動物も少ないくらいだ」
私の緊張を察して、ロジェは自然体で忠告をくれる。
「王都からどれくらい離れると道に魔物が現われるようになるの?」
「一日くらいかな? 住みついてりゃどうやっても痕跡は残る。ちゃんと周辺見ておけばそれとなくわかるもんさ」
私が王都を離れることはそれとなく広めた。
その上で領地までの間で襲撃されそうなポイントは押さえてある。
だからと言って狙われているという緊張感は捨てきれない。
「俺が一緒なら、イレーヌに傷をつけさせはしない。その時になったら俺を呼べ。そして走れ。必ず守ってやる」
目線を合わせてロジェが気負わずそんなことを言った。
「…………ちょっと安心してしまったのが悔しいわ」
「お、よしよし」
「けれど、自分の身は自分で守れますからご心配なく」
「知ってるよ。だが、絶対はないんだ。選択肢の一つにでも入れておいてくれ」
今までの経験からロジェの戦闘能力や危機感知は信頼している。
だからこうして一緒にいるのを、なんだか改めて自覚してしまった。
「覚えておくわ…………何? そんなに驚いた顔をして」
「いや、俺って意外とイレーヌに信頼されてるんだなと」
図星だからこそ素直に肯定する気になれない。
「えぇ、あなたが口よりも体を動かすほうが確実なのはぞんじておりましてよ?」
「へー? だったらもっと行動で示したほうがイレーヌには響くってことか」
「…………あなた、本当に呆れるくらいに前向きね」
ちょっと感心するわ。
そんな話で休憩を終わりにして、その日は最寄りの町に入って宿泊した。
何ごともなく翌日出発したあと、馬車が道の途中で止まる。
「申し訳ございません。車軸に歪みが出てしまい、このまま走ってはお嬢さまにご不快な思いをさせることになります。すぐに次の町で替えの馬車を用意いたしますので、今しばらくお待ちください」
「今は昼を過ぎたあたりね。わかったわ。なるべく早く準備をお願い」
馬車調達のため護衛も兼ねる従者の四人中二人が離れる。
護衛が乗っていた馬に御者と侍従が一人ずつ乗るためだ。
残るのは侍女一人、侍従一人、護衛二人。
私とロジェは侍女と侍従に世話をされながら待つことになった。
「ロジェ、またお国での魔物討伐について教えてくれるかしら? 時間帯によって魔物の動きが活発になるようなことはあるの?」
「あるな。魔物の質によるが、やっぱり人間が仕事をやめた後なんかはそうだ」
「夕方ということ?」
「より前だな。鼻が利くやつでもすぐさま闇に沈むような時間は避ける。魔物も獲物を追わなきゃいけないからな」
「夜の闇に乗じて動くのかと思っていたわ」
「そういう奴は暗くても動きに支障がないくらい縄張りを熟知してるもんだ。移動しながら獲物を狙うような魔物ではしないな」
つまり夜を狙う者は時間をかけて狙う。
今回のような突発的な襲撃は明るい内だとロジェは予測しているようだ。
そんな話をしながら一時間、ロジェが警戒を露わにした。
「イレーヌ、俺の後ろに」
言われて動くと覆面をした男たちが七人姿を現す。
素早く走って私たちを囲うように動いた。
「何者だ!? ただの物取りならやめておけ。公爵令嬢を襲ったとなれば一族郎党ただでは済まないぞ」
ロジェの脅しに怯まない。
そして間違いなく私が狙いだ。
問答無用で剣を抜いて襲いかかる賊に、護衛とロジェが応戦する。
侍従は侍女を守って馬車の影に。
「イレーヌが狙いだ! 守れ!」
ロジェの声に護衛が従うと、その動きに合わせて賊も押し込んでくる。
「イレーヌ、結界を作れないか!?」
「集中できる状況じゃないわ。それにあの賊の背負っている箱! あれは聖女の結界を張らせないようにする周波を発する道具なの! あれの側では簡単に結界は作れないわ!」
北の国も漫然と二百年座してみていたわけではない。
聖女の結界は破れないことは屈辱王が学んだ。
だったら結界を張らせないようにしようと考えた。
そうして作られたのが音は聞こえないけれど結界を張ろうとすると何か不快を覚える反響を感じるあの箱だ。
感覚的に邪魔をされているとわかる。
「しょうがない、逃げるぞ!」
ロジェの命令で護衛と一緒になって道から外れた草の茂る方向へ走る。
「ロジェ? 何処? 何処へ行ったの?」
背の高い草の中、私の周辺には誰もいなくなった。
それでも走って行くと背後から足音が迫る。
「きゃー!?」
「いたぞ!」
草を掻き分けて追って来た覆面に私は悲鳴を上げた。
「逃がすな! 殺せ!」
「この狼藉者! なんの怨みがあって私を襲うのです!?」
「魔女に生まれたことを悔やめ!」
北の国は我が国の聖女を魔女と呼ぶ。
箱もあって魔女と呼んで、もうこれで確定でいいでしょう。
私は詰問をやめてひたすら走り、目的の場所で振り返った。
瞬間振り下ろされる刃。けれど見えない壁となった結界が阻む。
「何!? 干渉箱は起動しているはず」
「あら、お忘れ? 北がそのような物を作ったから、我が国も一から結界を張らずとも済む道具を作ったのよ」
聖女の力を封じた石。あれは国内であれば一定時間結界を即座に生成できる。
事前に地面に埋めておいて今起動したのだ。
「恐れ多くも聖女さまを魔女だなんて、不届きな。あなたたちには聖女さまの裁きが下ることでしょう! 暗く重い闇の中、己の罪を数えなさい!」
それらしく言って張っていた結界を解除した瞬間、七人の賊は目の前から消える。
同時に結界を張り直して手を上げて合図を送ると、伏せていた魔法使いが三人、用意しておいた土を、地面に張った結界の上に一気に広げた。
「綺麗に落とし穴に落ちたな」
隣に現れたロジェを見れば、口元を覆いながらも隠しきれない笑みを浮かべていた。
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