76話:ロジェの忠告
夜会から数日、出かけようとしているところで屋敷の門前にロジェがいた。
「豪華だな。何処へ行くんだ?」
「少々王城へ。…………そんな驚いた顔してどうしたの?」
「何があるんだ?」
「実は今日議会もどきが開かれるのよ」
「もどき?」
「議場ではなく広間で行われるから議会とは言えないの。新王が議会への出席を嫌がるから広間でということなのだけれど。決まりごとが色々違うのよ」
「ははん、何より国王が最も尊重される場だからか」
王子の自覚がないロジェに見透かされるくらい、新王の浅慮はわかりやすいようだ。
「こちらもそんなのわかってるから夫人方も参加できる広間を選んだのよ」
「あぁ、あの侯爵夫人や子爵夫人か。下手なこと言ったら突っ込まれるな。イレーヌもか?」
「まさか。私にそんな地位ないもの。観覧するだけよ」
広間には暗い天井近くの観覧席があり、出席者や臨席者ではない者が行く場所。
見るだけで発言権もなければいない者として扱われるのだ。
「じゃ、イレーヌいなくてもいいんだな?」
ロジェの表情が真面目なものに変わる。
今までも助けられたし、戦う者としてロジェの経験則は私より上。
これを無碍にするのはまずい気がした。
「少し遅れるくらいなら問題ないわ」
私はロジェを招き入れて、玄関近くの応接間に通す。
「まず確認させてくれ。イレーヌたち聖女の素養のある者が作った結界ってのは、その本人が死ぬと効力を失くすんだよな?」
「大抵はそうね。ただ国を守る初代聖女の結界は残るよう手を施されているわ」
初代は結界を施して亡くなり、その後の聖女は初代の結界を維持するだけだ。
「国内から持ち寄られる呪物を封じた結界は特別攻撃的な物じゃないんだな?」
「そうね。内に封じるだけだから外への攻撃性は付与されていないわ。だいたい封じた者と運ぶ者は別だから」
「公爵領で建物ごと封じてるのはどうなってる? イレーヌが張ってるので間違いないんだな?」
「えぇ。出入りを制限したり、禁則事項を設けたり、その場で封じるより高次の結界よ。私本人がいなくても維持できるようにしてあるわ」
「その結界も、結界を張った人間が死ねば、解けるんだな?」
ロジェの念押しに、私も何を懸念しているかに気づく。
「表向きは私一人が張っているわ。けれど実際は別の人の手も借りているから、私一人をどうにかしても完全に解けることはないの」
「違う違う。あんな呪物の心配を俺がするか。問題はイレーヌ一人を殺せば呪物を回収できると北の奴が認識してることだ」
それはつまり…………私を心配している?
いえいえ、今気にすべきはそこじゃないわ。
「呪物を取り戻そうと男爵夫人を使ったあのことが気になるの? でも北の者はもう捕まったわ」
「それで北の奴らの動きが鈍ると思ってるなら甘い」
断言するロジェは確信を持っていた。
ロジェは実際に北の人間と戦った経験のある者、となるとその言葉を無視はできない。
「王都で貴族夫人に取り入っていた間諜を捕まえるという見せしめだけでは弱いと?」
「逆効果の可能性がある。特に結界に対して短絡的に解決できると思っている手段があるならな」
「…………私を殺そうと北が動くの?」
ロジェは確かに頷く。
「俄かには信じられないわね。公爵令嬢を殺して呪物を回収して、そこまでする価値があの呪物にあるの? 北の干渉を疑いようもない証拠を残すことになるだけじゃない。私だって高位貴族端くれよ。襲うだけリスクが高いわ」
「妙なところでハイリスクハイリターンを狙うんだよ、北は」
困ったように笑うロジェには実感がこもっている。
「見え透いた言い訳でも、結果さえついて来れば恥ずかしげもなく貫き通す。同時に結果を重視して執拗に、大胆に、浅はかに行動を起こす。失敗すれば失敗した奴全部切り捨てて知らんふりだ」
「そんな…………えぇ?」
「実際山賊仕込んで民間人襲われたことがある。どう見ても北の正規軍の武器使ってやがるのに白切りやがった」
ロジェの声には怒りが宿る。
「それは、どうしたの?」
「兄貴たちも我慢ならなかったみたいで全部とっ捕まえた。で、海戦した時に捕まえた盗賊を砲弾と繋げて北の船にぶつけた」
聞かなければ良かった…………。
いえ、想像しては駄目ね。
「やりすぎってのは言われたけどな。次からは同じ手は使われてない」
「まぁ、そんな報復されるのならやりたがる人いないでしょうしね」
ショックな話と呆れで油断していた。
いつの間にかロジェが私の座る椅子のひじ掛けに座っている。
お行儀の悪いこと。
「戦争仕かけようって相手だ。捕まったら死ぬより酷いと思え」
静かだけれど重い言葉に、私は想像しないよう唇を引き結ぶ。
そしてロジェを睨むように見上げた。
「そう忠告してくれるのなら、何か掴んだのでしょうね?」
「ご名答。イレーヌが活動的なのはすぐにわかる。だから郊外の屋敷や領地に行くことがあれば襲えるように王都の門に見張りが立ってる」
ロジェは顔を近づけ声を潜める。
「大々的に護衛をつけられない王城のほうが一度入り込めば狙いやすい」
私をこうして足止めしている理由はそういうことらしい。
北の人間は少なくとも男爵夫人の側にいた。そしてその男爵夫人は皇太后に近づこうとしていた。
すでに王城に手の者がいないとも限らない。
「となるとこちらも大々的な見せしめが必要になるのね」
「お上品なヴァルシア流は俺にはわからないけどな」
「相手が暴力で来るのなら、こちらも暴力で一撃入れるのがわかりやすいやり方ね。けれど、それでは格式を重んじる我が国の名折れ」
「いいとこ公開処刑で大々的に北の国を罵倒するくらいか?」
そういう言い方をされるとなんだかお上品ではないわ。
「北は聖女を目の敵にしているからそう簡単に諦めないでしょうけれど」
聖女制度が続いているのはひとえに防御に優れた能力のお蔭であり、北の国を決定的に退けた功績があるからだ。
阻んでも阻んでも、北は攻めて来る。
ロジェが言うとおり押し通すように。
「狙われてると言ってもそこまで怯えないんだな」
「あら、どうして我が国にしか聖女がいないか考えたことはない?」
「歴史上、他の国にも聖女が現われたって言い伝えはあるだろ?」
「えぇ、けれどその後が続いていないでしょう? 敵を撃退して国を救って、身を尽した聖女の伝説の終わりは常に死よ」
人間いつかは死ぬけれど、聖女の伝説はいつでも他殺で終わる。
「敵に捕まって、味方に裏切られて、強敵を倒しきれず。理由は色々だけれど、力を示せばそれだけ怨まれる。だから殺される。我が国に現れる聖女は敵を倒す能力を持っていなかったから、殺されることはなかった」
「あー、なるほど。殺さないことで過剰な怨みを買わない、か。そう言えば屈辱王も結局生きて帰ってるしな」
目指すは生かさず殺さず。
元気に帰すと屈辱王のように熟成した怨みを抱える可能性があるけれど。
「相手の戦意を一度で折る方法とは何かしら、ロジェ?」
「正面からやり合うなら、絶対勝てないって実感させることだが」
私には無理な手段、とは言え一考の余地がある。
「勝てない…………人間では…………、こういうのはどうかしら?」
私が耳うちをすると、ロジェは途端に噴き出した。
「そんなことできるのか? 確かにそれは怖いし勝てないな」
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