75話:呪物奪還阻止
広間を見下ろすバルコニーからエルミーヌさまは指を差した。
「ほら、持ってきた」
見れば主催者が注目を集めて演説を始める。
「これに見えるは我が国を脅かす不埒な呪物! 今日は愚かな企みが的外れに終わりガラクタとなり果てた愚物をお見せしましょう」
持って来られるのは台座に固定された金属片。
台座はさらにテーブルに固定され、テーブルを使用人が四人がかりで慎重に運び込む。
「おいおい、あれ結界に封じられてないんじゃないか?」
「すでに浄化済みの物よ、殿下。ここを何処だと思っているの?」
エルミーヌさまがウィンクをして見せた。
王都近くを通って公爵領に運ぶ呪物はあるけれど、王都に持ち込むとなると話は別だ。
さらにここは貴族屋敷のある王都の中心部。浄化しなければ持ち込み禁止だった。
「中央教会には今そういうことできる修道女って出払ってはずだろ。イレーヌか?」
「私じゃないわ。ここには私よりも優れた聖女の素養を持つ方がいらっしゃるもの」
広間にいるアンナさまは、周囲と一緒に見物するように見えて呪物から目を離さない。
自ら浄化したとは言え呪いの道具。好ましくない物として睨むようだ。
「浄化済みの呪物一つでそんなに警戒するわけもない。何か他にも催しが?」
「ないほうが、私はいいと思っているわ」
「あら、あるわよ。そうなるように誘導済みだもの。長引かせないほうがいいと言うのが私とアンナの意見よ。口実が作れるならそのほうがいいわ」
ロジェは私とエルミーヌさまを交互に見た。
「つまりこれは何かの罠か?」
「えぇ、北の鼠を誘き出すそうよ」
ロジェもようやく理解すると、目の色が変わる。
北の国は共通の敵。その手の者を誘き出すとなれば他人ごとではない。
「年代的にも呪物の性質としても、あれは屈辱王の鎧の一部なんだろ? 奪還しようとしてるのか? ここで?」
「入り込むだけなら隣近所友人知人ばかりの公爵領より、隣人が誰かも知らないで暮らせる王都のほうが容易いわ」
「確かに。で、これ見よがしに見世物に? 招待客となれば顔も名前もばれやすいのは変わらないんじゃないのか?」
ロジェの意見は一理ある。けれど逆にわかっているという安心感が隙になる。
「ようは盗んだとばれなければいいのよ」
エルミーヌさまがそう言った時、広間から悲鳴が上がった。
「火事よ!」
広間を飾る布が燃え、近くにいた客にも引火している。
広間が騒ぎに包まれる中、私たちは気にせず呪物を見ていた。
「テーブル囲んでる使用人の目が離れてるな」
「あらあら、混乱して囲んでいた人垣が崩れてしまっているわ」
ロジェとエルミーヌさまは軽い調子で観察を続ける。
上から見ていると崩れた人垣を素早く移動する男が目に入った。
腕を伸ばした一瞬で呪物の金属片を回収する手並みは鮮やかなほど。
「固定されていたはずなのにどうしてでしょうか?」
「たぶん事前に固定具を緩めておいたのでしょうね。やってくれるじゃない」
エルミーヌさまが悔しそう言う横で、ロジェはいっそ同情的に笑う。
「だが、こうして罠にはまっている上に全部見られてるとなると意味ないな」
金属片を盗んだ男は火事に巻き込まれた夫人を心配するように駆け寄る。
その相手は我が国の男爵夫人であり、男が握っていた金属片をたぶんドレスの下に隠し込んだ。
「全く、取り戻したいほど大事な物なら自らの国に直し込んでおけばいいのに」
つい悪態を吐いた時、下で別の悲鳴があがる。
「呪物がなくなっているぞ!」
「なんだと!?」
「火事も呪いなんじゃないか!?」
呪物を回収した男がいけしゃあしゃあと恐怖を煽る。
「なんて恐ろしい! もう今夜は帰りましょう!」
そして男爵夫人も白々しく怖がるふりをして、このまま持ち逃げするつもりらしい。
けれどそこに凛とした声が割って入った。
「鎮まりなさい! わたくしのいる場で、呪いですって?」
アンナさまがラシェルに次ぐ聖女の素養は知られた話だ。
アンナさまへの信頼からか、広間は落ち着きを取り戻す。
アンナさまに睨まれた男は困惑するふりをした。
「わたくしが浄化し、わたくしが守りを施していた呪物が、何処へ行ったか分からないと本気で思っているのかしら?」
「な、何を…………」
「衆人環視の目の前でスカートを捲り上げられたくなければすぐに出しなさい! この恥知らず!」
アンナさまの一喝に男爵夫人は震え上がる。
アンナさまもまた、火事などには惑わされず呪物を見張っていたのだ。
「怖ぁ…………」
ロジェの呟きにエルミーヌさまは笑うと立ち上がった。
「諦めなさい、男爵夫人。それと、お連れの北の方。ここからは全て丸見えだったわよ」
エルミーヌさまの言葉に、男は男爵夫人を置いて逃走を試みる。
けれどアンナさまの結界展開のほうが早かった。
光る箱に閉じ込められたような形の男は内側から破壊を試みるも無駄な抵抗だ。
「これで一件落着か? それにしてはイレーヌ、顔が晴れないな」
私を気にするロジェの心配している様子につい言葉が漏れる。
「あの男爵夫人は、最近皇太后さまに近づいていた者なの。そして、間を取り持っていたのが私の兄、パトリックの妻であるカロリーヌ」
「そりゃまた。なるほど。向こうが北と繋がってるとなれば兄貴の妻にも嫌疑が及ぶ。そうなるとまた公爵家が割を食うわけか。けど確か、兄貴のほうは謹慎させられてるんだろ? その妻は自由に動いてるのか?」
「カロリーヌはいつの間にか皇太后さまのサロンに出入りできるようになっていて、今も皇太后さまによって王城へ招かれているわ。パトリックが動けない今、カロリーヌの動きは重要度が増すようになっているの」
小知恵というには機を見て敏。
本当にどうしてパトリックなのか。
家格が違う上にすでにパトリックに婚約者がいたためどうやっても正攻法ではカロリーヌが妻になることはできなかった。
けれど正攻法で妻になれる相手さえ選べば、カロリーヌはその才気を受け入れられたことだろう。
「国王に物が言える唯一の人間が皇太后だな。先に向こうに押さえられてたってことか。痛いな」
「えぇ、全くよ。陛下が皇太后さまの下へ逃げられるよう、皇太后さまへ口添えしたのはどうやらカロリーヌらしいし」
議会に出ない、その上で寝室に籠る国王だった。
けれど国王の失態で寝室周りは押さえたというのに今度は皇太后の下へ逃げている。
「あぁ、そうか。大臣なんかの議会参加者は男で、皇太后が住む城の奥は女性の住まいで招かれなければ入れない。もちろん国王は息子だから皇太后が拒む理由もないわけか」
「先王陛下の時から全く政治に関わらない方だったけれどここで出て来るなんて」
「王族って面倒だな」
ボルボー王国の王子が他人ごとのように言った。
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