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67話:修道女派遣

 王都にいるお父さまの準備が整ってから、ことは動いた。


「修道女の動員? この国はそんな法律があるのか?」


 ロジェが各領に伝達された内容を聞いてそう言った。


 呪物が国境に隠されていることから、中央教会の結界を張れる修道女が派遣されることになったのだ。


「普通、教会は南のほうにある総本山が優越権を持っているし、独自の権益と法を持っているから命じたところで言うことを聞かないわ」

「ただ我が国の教会はほぼ聖なる乙女会の教会です。この聖なる乙女会という宗派もまたほぼ我が国にしかいないので、国との関係が密なのです」


 私の説明にトリスタンが補足をする。


「聖なる乙女会は名前のとおり、聖女を特別に信仰する宗派よ。そして我が国で聖女と言えば護国の象徴」

「つまり、宗教観的に聖女の素養のある修道女の動員は一般的と。宗派の勢力保つには国に味方するのは悪いことじゃないのか」


 呪物を理由に結界を張れる修道女を派遣する。

 お父さまに拙速を戒めたのはこのためだ。


「専門家の具申もあり、中央教会のほうもあまり抵抗せずに修道女派遣に同意したとは聞きますが。イレーヌ、区長の心中はどうなのでしょう?」


 トリスタンが裏を疑うようだけれど、今回に関しては大したことはないだろう。


「対応の速さから、乗り気だったのでしょうね。何せ、結界の効力の弱まりはすでに噂になっている。問題が聖女、ひいては中央教会にあると言われるより、外敵からの攻撃を受けていたと言える現状に飛びついたでしょう」

「自分のところから人を出すなんて手間でしかないもんだがな」

「その点も手を打ってあるわ、ロジェ。国のため、民のために働く修道女を安全に送り届けるという名目で、慈善活動的に王都周辺に領地を持つ貴族から馬車や護衛の手配をお父さまに引き出していただいたの」

「ははん、ある物貸すだけで他の貴族にいい恰好ができて、民にも国のために働いてるとアピールできるわけか」


 魔物の増加で民が不安になっているのは王都周辺の貴族にもわかっている。

 けれど今までは王都で民の目に触れないまま新王を牽制するしかできなかった。

 またよほど良好な関係の相手でなければ国境に兵は送れない。

 適当な数を送っても邪魔になるだけで、それこそ建前でしかないと軽んじられる。


 そんな者たちは目に見えて対策を打っていると喧伝できるこの機会に乗った。

 王都の馬からの報告では、中央教会には連日助力を申し出る貴族の使者が出入りしているのだとか。


「その辺りはわかった。だが、なんで封じて回収した呪物の集積場所がこの公爵領なんだ?」


 ロジェに言われてついうんざりした顔になってしまう。


「俺もわかって来たぞ。その反応は、例の区長ってのが何かしたのか?」

「そうです。回収した呪物の集積を中央教会が断ったんですよ。国王陛下の住まいの近くにそんなもの持ち込めないとね」


 トリスタンも失笑ぎみに教える。

 ロジェはさらにわからない顔になった。


「そんな理由なら教会側で、王都外の交通の便がいい場所出せばいいだろ。それだけ国に近い教会なら土地がないわけじゃないだろうし、しない理由があるのか?」

「表面上は修道女も少なくなって管理する人間が足りない、です。本音は、聖女もいないのに呪物なんてすぐに浄化できないから、厄介ごとを抱え込みたくはない、でしょうね」


 トリスタンが語る区長の判断基準は、大きくは間違ってない。


 けれどもっと区長の個人的な意見としては、単に呪物が嫌いなのだ。

 呪物から発する独特の邪気が染みこんでくるような感覚を嫌っている。

 その嫌がりようを見た時は、同調してしまうくらい何か後ろ暗いところがあるのではないかと思ったものだ。


 まぁ、思っただけに留めておいたわ。

 私怨が入っていないとは言えないんですもの。


「あちらの思惑は置いておいても、ここには王都からの専門家がまだいるし、私が張った結界は硬さに定評があるから、安全と言えば安全なのよ」


 専門家は今、壊した呪物を解析中だ。

 結界に籠めていた壊したほうの邪気はきちんと浄化した。


 明日には壊していない呪物を浄化ができるかを検証する。


 結局王都を離れてもやることばかりの私に、ロジェは目を向けて来た。


「それで? イレーヌの狙いは?」

「あら、中央教会から人を引き出し、貴族たちにアイディアを提供して恩を売るでは納得しない?」

「公爵家が労を負うには割に合わないだろ」

「そうかしら? 呪物を持ってきた修道女たちには、呪物の捜索を理由にそのまま国境に残ってもらうつもりよ」

「できるのか?」


 ロジェは一瞬でことの重要性に気づいたようだ。

 私と魔物を駆除して聖女の能力の有用性はわかっているということだろう。


「日数に限度はあるけれど、あの呪物、封じ込めさえきちんとしていれば誰でも触れられるようになるもの。体力の少ない修道女にここまで来てもらう理由はないわ」


 国境付近で捜索の上、封じさえすれば修道女はそこでお役目ごめん。

 そんな勿体ないことするわけがない。


「せっかく中央教会から吐き出させた人材、遊ばせるつもりはないわよ」

「その辺りの修道女の処遇はすでに根回し済みですから、ここには呪物だけが持って来られる予定です」


 トリスタンには領地を宰領する者として、事前に手はずは打ち合わせてある。


 国境の領地に王都ほどの華やかさはない。

 それでも可能な限り修道女の扱いは安全で居心地がいいようにお願いはしている。

 聖女への信仰があるため、聖女の素養のある修道女を無碍にはしないだろうけれど、中央教会の修道女は箱入りが多い。


「イレーヌほどじゃないにしても、怪我や病を癒したりもできるんだろ? だったら戦う側からすれば何人いても邪魔にはならない」

「怪我を治せるか、病を治せるかはその人の素養次第よ。ラシェルはもちろんどちらも瞬く間に治してしまうけれど、私は怪我のほうが得意ね」


 外傷のない骨折程度なら百数える間に治せる。

 けれど病となると一日がかりだ。

 もちろん怪我や病の深刻さによってかかる時間は伸びるから絶対とは言えないけれど。


「といっても聖女の力も無尽蔵ではないので、修道生活を送る女性の体力に見合った働きでしかありませんから、無闇に期待しないでください」

「それでも薬や自然に治るのを待つより早いんだろ? 時間かけて聖女の素養のある人間を選別して来たヴァルシア王国だから運用できるっていうのはわかってるさ」


 釘を刺すトリスタンに、ロジェは考えながら答える。


「運用と言ってしまってるあたり駄目ですね」

「我が国では第一に聖女への信仰があって修道女の動員よ」

「はいはい、不信心でしたー」


 トリスタンに重ねて私も指摘すると、信仰心などないことを隠さずロジェは応じる。


「言っておくけれど、他国を攻める戦いや他国を守る戦いには動員できないわよ。あくまで護国のためという建前と矛盾させるわけにはいかないのだから」

「えー、勿体ないな。修道女の貸し出しすれば外貨稼げそうなのに」

「今回の動員だって、呪物という特殊な攻撃を受けたことが大きいの。それに聖女の治療を受けたい場合には、中央教会にそれなりの寄進をする必要があるから、外貨は問題ありません」

「はは、もう国外に出すより安全に稼いでたのか。…………やっぱりそれだけだとは思えないな」


 ロジェは一体何を疑っているのかしら?


 私はすまし顔を取り繕う。


「ロジェではないですが、イレーヌにはまだ他の狙いがありそうですね」

「あら、トリスタンまで」


 弟にまで疑われてしまった。

 私がいつでも策謀に塗れているとは思わないでほしいのだけれど。


 …………まぁ、あるんですけどね。


毎日更新

次回:北の聖女

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