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66話:封じられた呪物

 国境近くに隠されていた呪物を前にトリスタンが唸る。


「さすがにこれは…………」

「壊れた呪物が最初に枯れ井戸から見つけた物、同じような鎧の一部と思われる呪物が他にも三つ見つかったわ」

「イレーヌが無用な混乱を避けるためって、隣の領主にはその場で緘口令敷いてもらってたが、正解だな。国境の領に二つずつ。明らかにこれは人為的にしかけられたもんだ」


 私に続いてロジェもトリスタンに状況を説明した。


 隣の領では捜索でもう一つ呪物を発見した。その時点で嫌な予感はしたのだ。

 さらに別の他言無用が通る懇意な国境の領主を訪ねて呪物を探し、見つけたのが他二つ。


「聖女の結界ってのは本当に便利だな。呪いをそのまま保持して安全を計れるなんて」


 ロジェは私が結界で包んで保管している呪物を指先で叩く。


 今いるのは放置されていた猟師小屋を買い取り改装した家屋。

 周辺に住む人間はおらず、さらに我が家の人手が周辺を警戒をしている。


「本当ならすぐにでも浄化の儀式をしたいところだけれど、王都から専門知識のある者を派遣されると言われたからには当分このままね」

「イレーヌは浄化もできるのか?」

「聖女の基本的な技能よ。聖女の素養ありと認められた者は修得が可能なの」

「じゃあ、あの城にいる自称聖女も?」

「シヴィルは確かその講習を受けていなかったからどうかしら? 今からでも覚えようと思えばできるはずだけど」


 記憶にある限りシヴィルは賦役の最短で修道生活をやめた。

 どんなに素養があっても練習して精度を上げなければ結界の生成さえままならない。


「それでよく聖女なんて恥ずかしげもなく言うもんだ」

「別にその場で結界を作れるかどうかは問題にならないのよ。国の結界を維持するだけなら設備は揃っているもの」


 聖女の御坐所に入れば素養さえある者は起動させられる。


 ただラシェル曰く練習していて悪いことはないらしい。

 自分で結界を張る感覚と、国の結界を維持するために力を注ぐ感覚は同じなのだとか。


「その設備、壊されたら大問題だな」

「無理ですよ、不心得者」


 ロジェの思いつきにトリスタンは厳しく否定するだけなので、私が説明を請け負う。


「まずそこには男性は入れないと言ったでしょう。そして女性もその場で何かするには聖女の素養がいる。さらには悪心を抱いた途端、結界に弾かれるようになってるわ」

「自称聖女は?」


 私も素直に入れたということに少し驚いたからロジェの疑問はわかる。


「結界を維持しようとして入ったことに間違いはないもの。害を成そうとしたわけじゃないわ。拒まれなかった理由を考えるならそんなところね」

「じゃあ、呪いっていうのはなんだ? 魔法使いでもできる奴とできない奴がいたり、魔法使いじゃなくてもそういうものを遺す奴がいるって聞いたことがある」


 ロジェは結界で保全してある呪物を突きながら聞いた。

 どれも球体の中は黒く、それが呪いの具象であることはわかっているようだ。


「魔法とは別の適性の問題らしいわ」

「適性の有無はわかるのか?」

「色々言われているけれど、適性は誰でも持ってるとも言われるの」

「うん?」

「死に際して強い心残りがあれば誰でも呪いを遺せるそうよ」

「つまりはよくわかってない?」

「そうね。しかも人間に限ったことではないのよ。その辺りは本当に煩雑なの」

「呪い関係はうちの長男も調べてるんだよ。暗殺で呪いとかあるから」

「魔法で対処できることもあるそうね。一番確実なのは聖女の結界だと言われているわ」

「そうなのか? いや、そうか」


 目の前の呪物を見てロジェは頷く。


 ヴァルシア王国では結界の影響で呪いは効きにくい。

 ただこうして内部に入れられると効きは悪いが無効にはできないのだ。


「結界についての講義もいいですが、こちらの話に戻りましょう」


 トリスタンがそう言って、封の開いた手紙を取り出した。


「模写を送った王都の歴史家は、北で造られた鎧の手甲部分ではないかと言っています」

「まぁ、一つなんか完全に指の部分の形してるしな」


 ロジェが指すのは筒状の金属部品。

 他の呪物は両端にビス止めの穴が空いた鉄板が二つ、波打つ金属が一つ。

 確かに分解した鎧に見える。


「そして施された意匠から、北の屈辱王の時代の相当高位の人物の物ではないかと」

「もしかしたら屈辱王本人の鎧かもしれないわ。書かれた文字は全て『ヴァルシア王国の聖女に呪いあれ』。個人を特定しない呪いは威力を発揮しない。なのにこれは確かに呪物となっている。となれば、使われた媒介に呪物足りえる妄執が宿っている可能性が高いわ」


 屈辱王であるなら聖女という存在への怨嗟は十分。

 同時に、そんな物を用意できるのは北の国自体しかいない。


 ロジェは私の言葉に肩を竦めてみせた。


「この国の内部で混乱が起こってるとわかっていて動かなかったのはこういうことか」


 敵対はしていても表面上開戦はしていない今、北の国からも人の出入りはある。

 もちろん新王の即位に聖女がいなかったことや魔物被害が増えていることは筒抜けだ。


「公国のこともあって、我が国が動けない内にあちらへ介入を強めると思っていたのに」

「だったらもっとわかりやすく女公に圧力かけるだろうな。もしくはうちの国のほうに主力全投入か」


 ロジェの推測はどちらも想像したくない。

 ただ確かにそっちのほうがダメージは大きい。


「静観をしているふりでこんなものを仕込んでいたということですか」

「そうね。記録に照らし合わせても急激だとは思っていたわ。こんな種があったなんて」


 トリスタンと頷き合うとロジェが水を向ける。


「それで? このことを公表せずに止めてる理由は混乱防止以外にあるか?」

「まず一番に、下手に動かすと魔物を呼び寄せる効果を発揮すること」

「この呪物を壊した時のことですね。動かしてもまずいというか、もはやこれが我が国の内部にあることが既に問題ですから」

「あぁ、手っ取り早く国境から外に出した途端、壊した時のような仕込みが発動する可能性もあるのか」

「それくらいの罠は警戒して然るべきよ。そして魔物被害が増えてる状況で、不安を大きくするのは悪手よ。きちんと対策を協議して打つ手を整えてから動くべきね」


 不安に駆られた誰かが勝手に呪物を探す可能性がある。

 誰もそんなもの近くにあってほしくないのだから。


 同時に国内にいる北の人間がこちらの動きを知って回収してしまうことも懸念だった。

 こんな危険な物、敵の手にある状況は避けたい。


「まぁ、魔物の駆除もそうだな。一カ所ずつ潰すか、一斉に逃げ場を失くして潰すか」

「一カ所ずつとなると、何処からという別の問題が発生しますから、一斉にですね」


 権力争いは、面倒だけど体面が大事な貴族社会では疎かにできない要素だ。


「実はお父さまに迅速さよりも確実性をと私が進言したわ」


 トリスタンにも言っていなかったため、ロジェと共に驚く。


「何かわかったことがあるんですか、イレーヌ?」

「えぇ。これは少しずつ浸透する呪いなの。だから触らなければ一気に悪化することはないわ」

「つまり呪いが浸透して悪いことが起こらない内に何かするつもりか?」


 ロジェに笑いかけるとトリスタンが眉を上げた。


「何か思いついてる顔ですね」

「えぇ。考えてもみて。呪いを一番確実に封じるのは、聖女の力で張った結界よ?」


 私はそう言って微笑んだ。


毎日更新

次回:修道女派遣

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