6話:聖女の旅立ち
お父さまと話を終えて、私は色々と手はずを整えた。
頻繁な移動は目立つので、侍女を連れて別荘へと滞在している。
名目は旅行準備なので、私以外の人間が頻繁に出入りすることは気に留められていないだろう。
「パトリックさまからは一度、イレーヌさまの所在を尋ねる使者がありました」
王都の屋敷の使用人が、向こうに置いていた靴を持ってくると言う名目で報告に来た。
「公国への旅行準備ということで納得したかしら?」
「はい、その…………」
「何を言ったかはだいたい想像がつくわ。陛下のご逝去後だというのに、遊びに現を抜かすなんてとでも、見当違いなことを言ったのでしょう」
使用人は否定もできず黙ってしまった。
「本当なら隣国の有力貴族に嫁した親類へのご機嫌伺いは継嗣がすべきことだと考えもしないのね」
西隣の公国は友好国であり、歴史、国防、商業において大切なパートナーだ。
一から十まで務めだとは言わないけれど、何故継嗣であるパトリックでなく、未婚の妹である私がその役を担っているのか少しは省みてほしい。
「イレーヌお嬢さま、支度が整いました」
衝立の向こうから姿を現した侍女がそう報せる。
王都の使用人に目を向けると、他の報告はないようだ。
私は使用人に手を振って退出を許し、衝立で区切った続き部屋へと足を向けた。
「あら、私のおさがりなんてラシェルの雰囲気には合わないかと思ったけれど」
私の目の前のラシェルはもう奉仕のための修道服を脱いでいる。
代わりに着ているのは私のおさがりの外出着だ。
細身の空色のドレスは首に透ける白のスカーフで飾り、袖や裾には白いフリルが華やかに揺れる。
胸と帽子には季節の黄色い花をリボンと飾って可愛らしく整え、薄化粧でも十分二度見する美少女ぶりを発揮していた。
「似合っているわ、ラシェル」
私の言葉に着替えや化粧を担った侍女たちが揃って頷く。
「なんだか落ち着かないわ。こんなきれいなドレス」
「今までが地味すぎたのよ。修道服とは言え、別に浅葱色でなくても良かったのに」
聖女を象徴する色として、ヴァルシア王国の修道女は青い修道服を着る。
その中でも一番格の低い修道服の色が薄くくすんだ青である浅葱色だ。
そして黒に近い青が一番格式の高い色であり、聖女のみに許された修道服となっている。
「その、やっぱり汚れた時にバシャバシャ洗える服が一番だと思って」
「…………誰に汚されるの?」
私のかまかけにラシェルは大袈裟なほど驚いた。
修道女は基本的に信心があって修道生活をしている。
そんな者が聖女であるラシェルに嫌がらせをするなんて不信心なことをするとは思えない。
「…………区長…………もしくは、王太子?」
「あ、え? み、見てたの?」
素直すぎる返答に、私は項垂れる。
大事な場面で碌なことをしない人は、普段から碌なことをしていないのだ。
「区長は聖女になってもまだいびってるの?」
「その、体が衰えてらっしゃるのか、よくインクつぼを落とされるだけで」
反応からして、それはあからさまにわざとだと素直なラシェルにもわかるくらいのことをしているのだろう。
「そ、それに、勘の虫が騒ぐ時期に一度くらいのものだから」
「それで聖女に当たる時点で間違いよ。…………で、王太子はあれでしょう? ラシェルが美しすぎるせい」
「そ、そんなことは」
「あるわよ。わざとラシェルにセンスの悪い似合わないドレスを贈って着させてた前科があるのだもの」
否定できずラシェルは黙ってしまう。
もっと怒っていいのに、似合わないドレスの一件もラシェルは許してしまっている。
曰く、あまりにも可哀想で見ていられなかったと。
「全く、想像力に欠ける方だとは思っていたのよ。ドレスの件についても、似合わないドレスを着たラシェルが笑い者になると同時に、贈り主であるご自身のセンスが悪いと喧伝することに全く気付いていなかったのだから」
王城で、特に王室に連なる者の行動は貴族の注目を集める。
もちろん、王太子がラシェルのためにドレスを自ら選んで用意して贈ったことは周知の事実となる。
「気を使った陛下が衣装係を全員変えて、それでもまだセンスが治らないからと、やきもきしてらっしゃったことにも一年気づかずに過ごされるし」
「あれは、えぇ。私も陛下にお声をかけていただいて、代わりに宝飾品を貰ってしまったのが、とても、心苦しかったわ」
なるほど。
あの時王太子を許したのは、憐れみと今は亡き陛下の気遣いがあったからか。
「まぁ、哀れを催すのはわかるわ。まさか茶会でセンスが致命的に悪いと思われていることを知って、大声で『わざとに決まっているだろう!』なんておっしゃるなんて」
褒められるような恰好では図に乗るなどと、狭量さを明かしていた。
さらには自分の隣に並ぶなら自らを貶めて王太子である自分を立てろなどと、顔面偏差値の差をあからさまに気にする言動まで。
今思い出しても、確かに痛々しくて見ていられなかった。
「あの、それでイレーヌ。本当にこんなのもらっていいの? それに馬車や旅行先まで」
「バカンスだと言ったでしょう? 心配するより楽しんで。私も後から行くから一緒に何をするか考えておいてね」
ラシェルは公爵家の親戚がいる西隣の公国へと逃がす。
名目上は私が行くため事前に荷物を送ることとなっていた。
荷物と一緒に管理する侍女や使用人を送ることは良くあることだから。
他にも念のため、ラシェルを保護してから攪乱も行った。
王都の屋敷と公爵領、親類の領地にラシェルが乗っている風を装って馬車を出している。
調べれば気づかれるにしても時間は稼げるだろう。
「叔母さまによろしくね。あ、従兄のジルに何かされたらすぐ教えて。学者志望の朴念仁だけれどあれでも男だから」
「一度お会いしたことがあるのだもの、とても頭の良い素敵な方だと知っているわ。またいろんなお話が聞けると思うと楽しみよ」
公国へ送る理由は私が行く予定があったことと、ラシェルも顔を知る親戚がいること。
とは言え、ラシェルを一目見て丸一日記憶のとんだジルはちょっと心配だ。
一目惚れは確実で、朴念仁だからこそラシェルに通じないアプローチをしていた。
害はなかったから間違いは起こさないでしょうけれど。
「ともかく、私もすぐ行くから」
「えぇ、待っているわ。…………国を離れても、陛下を悼んでいるから」
ラシェルが公国にいる間に陛下の葬儀が執り行われる。
本来なら聖女として参列し、棺の近くで弔うはずだった。
そうでなくても国民は葬儀の鐘に合わせて祈る予定なのに、ラシェルはその鐘さえ聞こえない所へ行く。
そんな当たり前のこともさせられずに国から出す申し訳なさを笑みに隠して、私はラシェルの乗った馬車を見送った。
「…………公国へ行くのは、どんな早くても即位後だけれど」
すぐにと言った言葉さえ反故にしてしまうことを、私は一人謝罪した。
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