56話:ロジェからの報せ
公爵家の領地で初めて出会った弟のトリスタンに、ロジェは睨まれ私を見る。
「イレーヌ、俺のこと何か言ったか?」
「公国で口説かれた上にジルを篭絡させて伯爵家に日参してくるとは手紙で書いたわね」
「イレーヌ、自分でそう書いておいて、どうしてあんな無防備にしていたんです」
トリスタンは私にも苦言を呈す。
「私と常識が違いすぎて、思考が停止してしまったの」
「言っておくけどな、俺の親父どのは息子から見てもちょっと思い切りが良すぎるからな」
どうやら息子としても父親からの結婚許可は予想外のことだったらしい。
まぁ、健康で功績を築いている兄二人がいるのに当たり前よね。
「なんの話ですか?」
「なんでもないわ。トリスタン、お客さまよ。お部屋を用意して差し上げて」
「追い返さないんですか?」
「その客を前に良く言うな。思ったまま言うあの兄貴より考えてるみたいだが、性格は悪くないか?」
それをトリスタンの前でいうロジェもどうなのかしら。
トリスタンは作り笑顔でとんでもないことを言い出した。
「厩を使用しましょう」
「こいつは水にうるさいから気を付けてくれよ」
まるでロジェを厩に泊まらせるようなトリスタンに対して、そんな嫌みを丸無視して馬の世話について注文を付けるロジェ。
やり合えるだけの気概はどちらにもある。
同時に手を出さない理性も。
だったら放っておこう。
「遊んでないで屋敷へ行きましょう。わざわざやって来たということは、王都で何かあったのでしょう」
「さすが、イレーヌ。実は王都で面白いことがあったんだ」
ロジェは重要情報を持ってやって来ていた。
こちらが言い出すまで微塵もその気配を見せないあたり、ロジェも人が悪い。
疑わしげにロジェを見つつ、トリスタンも諍いをやめて屋敷へ案内し始めた。
「奥の応接間でいいですか、イレーヌ」
「えぇ、そうね」
領主館の玄関から入った左手の広間も応接間として使う部屋。
けれど国政に関わる可能性があるため、私たちはもっと奥の人通りのない部屋を選んだ。
「この屋敷、元は砦か?」
玄関ホールを抜けて廊下を歩くだけでロジェは気づいた。
「わかる? 三百年ほど前に作られた砦を元に改築してあるの。古くは我が国の国境がここだったのよ」
「玄関周辺の石材の厚さ、直進できない廊下の作り、侵入を拒む窓の狭さ。上手く調度で飾ってはいても、質実剛健さがにじみ出てる」
確かに造りがしっかりしすぎて手を入れられなかったところは砦のままにしてある。
ちょっと歩いただけで砦としての機能が残っていると目をつける辺り、それだけ砦という戦場近くに馴染んでいるのかもしれない。
ロジェの顔を見ると面白がっている様子が窺えた。
「お気に召して?」
「あぁ、砦もやろうと思えば飾れるんだとわかった。砦の機能を残したままと言うのがいい」
自国のことを思っているんだろう。
今も北と睨み合いを続けるボルボー王国。
けれど戦いが終わらないわけはない。
そうなった時、砦という無用の長物をどうするかは国政において考慮が必要だ。
「地理的に砦を潰す愚を犯すわけにはいかないでしょうね」
「だからと言って維持管理に人を回せば出費がな。…………なるほど、公爵家が強気な理由が良くわかった」
ロジェは感心さえ漂わせて肩を竦める。
私は微笑み返すだけで深くは聞かない。
戦える備えを保持する公爵家であるのだから、その先を口にするのは危険だ。
その体裁を保つだけでも周囲から無用な諍いを持ち込まれることを抑止できるとは言え、いつでも戦える備えは、すなわち反乱にも繋がるのだから。
「本当にどうしてそう」
奥の応接間に着いてトリスタンがぼやくように呟いた。
目を合わせて先を促しても答えず、トリスタンは椅子に座るとすぐさま話を切り出す。
「本題に入らせてもらっても?」
トリスタンが何故か不機嫌ね。
ロジェもそんなトリスタンに眉を上げてみせた。
「上の兄弟取られて悔しいなんて、思ったより子供っぽいな」
「そんなわけないでしょう。前触れもなく、挨拶もなく、単身やって来た殿下?」
無礼なロジェに、客扱いしないとトリスタンは意思表示をする。
さすがにそれは公爵家としてどうなのかしら。
止めようとする私にトリスタンは不満の目を向けて来た。
「イレーヌも、こんな無礼者に慣れないでください」
「…………気を付けるわ」
言われてみれば確かに。
ロジェの言動に慣れて無礼を見逃していた気がする。
ロジェは笑っているだけで、取り立てて反応はない。
どうやら私が無礼を指摘しないことに気づいていたようだ。
これは思ったより私もロジェの術中にはまっているのかもしれない。
ちょっと悔しいわ。
ここはさっさと切り替えてしまいましょう。
「そうね、本題に入りましょう。ロジェ、王都で何があったというの?」
「国王が新たな改革をぶち上げた」
端的な内容。
それ故に私とトリスタンの顔は渋くなる。
嫌な予感しかしない。
「まさかまた軍関係と言うことはないでしょうね? 侯爵が領地に戻ったという事態の重さを弁えないほど状況判断能力が低いなんてこと、ありますか?」
「それはないと思うわ、トリスタン。侯爵の意を受けた男爵方が動いておられるもの。陛下に直接軍事の要望を上げて忙殺させているのだからこれ以上自分から余裕を失くすようなことはしないはず…………」
侯爵はちゃんと事後の手を打って王都を離れた。
新王が侯爵に謝罪して王都への帰還を願うまで忙殺攻撃は終わらない。
それは新王にもわかる形で侯爵一派が訴えを上げている。
「必ず軍が動くには許可取るように命じてるんだろ? 忙殺して大丈夫なのか?」
ロジェの懸念は当たり前のこと。
もちろんそのための手も侯爵は打っている。
「陛下を忙殺させるのとは別に、接敵と同時に報告に戻るため、まず戦線離脱を可能にする戦いで魔物を殲滅、という戦法を指南して回っているのよ」
新王に報告するためには、まず報告者が自衛をしなければ報告もできない。
それを言い訳に兵を動かして魔物の殲滅に動いているのだ。
「報告は、見つけて逃げるために倒しました。他にいないか辺りを探るため、軍を発していいですかとなるの」
「実際はすでに倒してしまった後、か。それで納得する程度なら…………」
「で、改革とは?」
私とロジェの話が長引くのを、不機嫌なトリスタンが断ち切る。
それに悪戯な笑みを浮かべたロジェは、また端的に言葉を発した。
「税」
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