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55話:領地視察

 舞踏会後、新王は結局シヴィルを庇った。

 お父さまたち重鎮に王妃にするのだと言って、今も絶賛大揉め中。


「窮地の陛下が私に難癖をつけて来る可能性を考慮して、王都を離れるために領地視察をする予定ではあったけれど…………どうしてあなたがいるの、ロジェ?」


 公爵領の視察をする私の元にロジェがすまし顔で現れた。

 いつの間にかお父さまの許可を取って。


 お忙しい今、いったいどうやったの?


「我が国は新興国。長らく平穏を保つ公爵領の姿をこの目で見たくて」


 どうやらそう言う言い訳できたらしい。


 私は領地視察で回っているところなので、離れて見てる領民たちがちょっと困っている。


「急なお客さまですから、今日は屋敷に戻ります」

「弟君へのお客でしょうか?」


 村を統括する代表者が心配そうに聞いてくる。

 新興国とは言え王族なんて言ったら余計に恐縮してしまいそうね。


 私は曖昧に微笑んで濁す。


「イレーヌの兄貴があれだと弟ってのはどんなだ?」

「安心してちょうだい。パトリックとは似ても似つかないから」


 ロジェの言葉に今度は代表者が曖昧に微笑んだ。


「…………大丈夫か、公爵家」

「言わないで」

「あぁ、兄君のほうとご面識が。弟君は優秀で学識の深いお方で。ご面相も麗しく」

「兄貴より慕われてるのはわかった」


 代表者とこれ以上話させるとまた我が家の内情を掘られそうね。

 私はロジェを連れて領地の屋敷へと引き返すことにした。


「わざわざ歩きなのか?」

「そのほうが領民と近いのよ。それに私は自衛だけならできるから」

「あぁ、あの結界な。発動にも時間はかからないし力尽くじゃどうしようもないみたいだったな」


 気軽に乗って来た馬を牽いてついてくるロジェ。


「あなたこそ、一人なの? 王子さま」

「王都に置いて来た」


 そう言えば公国でも一人で歩いているところで出会ったのだった。

 そして従者らしき人物が捜していて別れ、王国に来る時には公国に置いて来たと言っていた。


「あなたの共周りには同情するわ」

「気ままな三男がいきなり王子として振る舞えと言われてもな」

「新興国なのだから、立ち振る舞いから整えて行くくらいでいいと思うけれど」

「必要ないとは言わないさ。ただ、できる時には自由でいたい」

「あら、隣国の有力貴族令嬢の前では自由でいるの? 逆じゃないのかしら?」

「イレーヌには俺を好きになってほしいからな。変に繕うつもりはないさ」

「節度まで放り捨てることを自由とは言わなくてよ?」


 勝手に腰に回してくるロジェの手を叩く。


 私は道々目につく領民たちに応えて進んだ。


「公爵令嬢にずいぶん気さくなもんだな」

「さすがに館周辺の領民だけよ」


 本来ならこんな人気は取りしない。

 けれど四年前のパトリックのしでかしは領民にまで影響したのだ。

 急速に我が家への信頼を減らした領民の心を繋ぎ止めるため、領地に公爵夫人とトリスタンは常駐。

 私も定期的に来ては愛想を振りまいて領民の不満軽減に努めている。


「顔の見える相手に親しみを覚えるってのは昔からある。戦場でも陣中見舞いをするかしないかでずいぶん違う。人心を纏めるにはいい手だな」

「そう言うあなたは国に帰らなくていいの?」

「政治も戦場も兄貴たちのほうが顔は効くんだ」

「ボルボーの陛下は本当に機を見るに敏という方ね。よりによって公国へあなたを送り込むなんて」


 国内には顔の利く王子を残し、足場を固める中どうしても無視できない我がヴァルシア王国の様子を探らせるためにロジェを公国へと送り込んだ。


 戴冠式には同席させず公国の側からというのが、隠し玉のような扱いに思える。


「戻った外交官からの情報は、宰相の下で整理されていたのでしょうね」


 軽く睨むと肩を竦めるロジェ。


 能力が足りない経験が積めていない。

 だったらそれらが揃っているところに人を送り込めばいい。

 そしてその人選でロジェを選ぶのはボルボー国王の目の確かさなのだろう。


「…………というか、私を口説く前にあなた、ご自身のお父上に許可は取っているの?」


 王子なのだから結婚は国事にも等しい。

 勝手に惚れたからと口説いていいはずがない。


「公国で最上の女を見つけたから連れて戻ると書いて送ったら、兄貴たちより身分が高い相手なら俺を後継者にすることも考えるとよ」

「は?」


 そんな軽く?

 結婚の話でしょう?

 国内を固めるために政略結婚じゃないの?

 いえ、それよりも後継者?

 姻戚の力は確かに大事よ。

 でもその言い方だと私の身元も知らずに許可を出しているのではないの?

 え、いいの?

 そんなことで次代の国王を決めていいの?


「おーい、イレーヌ?」


 ついていけずに茫然とする私に、ロジェが声をかけるけれど答えられない。

 あまりにも違いすぎる。

 どうやら私はボルボー王国の文化的な違いを甘く見ていたようだ。


 そんなことを考えている内に、ロジェは足の鈍った私の手を引いて歩く。


「…………待って。連れて戻るって、私ちゃんとお断りした後よね?」

「お、ようやく復帰か。そして最初に気になるのそれか? 公爵令嬢だ。婚約者の一人や二人いてもおかしくないし、一度口説いてすぐに頷く性格にも見えなかったからな。長期戦は覚悟の上さ」


 勝手に覚悟をしないでほしい。

 そう言おうと思ったら、ロジェが前方を指差す。


「ところで、あのすごい勢いでこっち向かってきてるのって、例の弟?」

「え? あ、トリスタン」


 怖い顔して弟のトリスタンが屋敷から飛び出していた。


 そう言えば私、ロジェに手を引かれているわね。

 しかもさりげなく肩も抱かれているわ。

 これはいけないいけない。


「支えてくれてありがとう。けれど放してくださらない?」

「えー、惜しいなぁ」


 そんなことを言う割に肩から手は放す。

 そのことに拍子抜けした隙に、握った私の手の甲に唇を落とした。


「イレーヌ!」


 やってきたトリスタンが私を抱きかかえるようにロジェから引き離す。


 その上身長の高さを使ってくるりと回されて、弟の背後に隠されてしまった。


「トリスタン、スカートがめくれてしまうわ」

「うーん、ブーツか。残念」


 ロジェに見られてしまったようだ。

 歩くことを前提に素足の見えないブーツで良かったわ。


「ボルボーの第三王子ですね。お噂はかねがね」


 ロジェを睨むトリスタンの声には、隠さない敵意が滲んでいた。


毎日更新

次回:ロジェからの報せ

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