51話:舞踏会での競い方
国王主催の舞踏会の夜が来た。
開かれるまでにも色々、本当にそれはもう色々問題は山積みだったけれど。
「招待客から財政から日付から全く実務者の都合を考えない現場を知らない陛下のせいで」
そんな関係者からの怨みごとも聞こえるけれど。
「中でも一番の問題はあのご令嬢でしょう?」
「どんな立場でどんな功績があって新王と並んで舞踏会に参加するかを明示しないままだなんて」
「こんなこと、かつてない珍事ではないか。他国の使者たちの半笑いが、うぅ」
複数名目の下にくまを作って、舞踏会参加にしては暗い表情の方々がいるけれど。
「自称聖女なんて認められるわけがない」
「あまり大声で言うな。それも最近は言わないのだ」
「公爵夫人がいなければ今も城の外で吹いていたことだろうがな」
公爵夫人アンナさまが口を出すとわかっているので、自称聖女も最近言わないそうだ。
「婚約者気取りも実が伴わないで。王家の儀礼を何一つ理解していないのだぞ」
「いや、まず聖女でなければ家格では王妃にはなれないだろう」
「なのに茶会や集会で当たり前のように新王の隣を陣取るのだ。いったい何を考えて」
「既成事実作りのつもりらしいが、なんの発表もないままで一体どんな事実ができるつもりでいるのだか」
不満を言い合う人々は最終的に溜め息を吐き出した。
シヴィルは確実に反感を買っている。
それに伴って新王の評価も下降の一途。
…………いえ、シヴィルがいなくてもあの方は上向きになるようなことは何一つしていないわね。
ともかく、慣例どおりに催された舞踏会は見た目は今までと変わらず華やかだった。
「あれはどうなんだ? わしにはわからん」
けれど参加する人々には隠しきれない険しさがある。
我が父である公爵もその一人だ。
新王に挨拶を終えてお父さまが渋面で私に囁く。
家族だからこそわかる本気の困惑が感じ取れた。
「白や黒のレースを惜しげなく使っている点を取ってみましても、相当な金額をかけた品であることは確かかと」
お父さまが言うのはシヴィルのドレス。
もちろん今回も新作で着回しなど考えないデザインをしていた。
ローズピンクのドレスはいたるところの切り返しが複雑で、その間を埋めるように配されたレースも形が一定ではない。
腰には黒い大きなリボンがあり、他にも大小さまざまなリボンがスカートを飾っているのはまだ許容できる。
ただ生花の薔薇を惜しげもなく飾っているので、今夜着終わった後は布が傷んでいることだろう。
「男爵に酒を…………いや、薬師から痛み止めを差し入れてもらおう」
「それがよろしいかと。わたくしがお会いできるようでしたら、微力ながら回復の力を使わせていただきます」
聖女の素養として、傷や病を治す力が備わっている。
ただ結界ほど突出した特徴もないくらいのものなので、きちんと腕のいい薬師か医者に診てもらったほうがいいだろう。
といっても、新王の財政を管轄する男爵にとっては焼け石に水な気もする。
「…………お前を囮にするようなことは、しなくても良かったかもしれんな」
お父さまは舞踏会会場のそこここで聞こえる不満の声に視線を巡らせた。
確かにもう私たちが手を回して新王を戴き続けることへの危険を説く必要はない。
とは言え、王家との長い関わりの歴史を重視し、今の新王ではなく王家へ忠義を尽そうとする家も存在する。
「今夜の対応如何で、陛下のお心が知れるでしょう。あちらの弁えのない方はついでです」
「そう、そうであったな。あまりにその、目につく姿に気を取られ過ぎた」
お父さままで舞踏会という華やかな場に似つかわしくない疲れた溜め息を漏らす。
それも致し方ないこととは言える。
お父さまを始め重鎮はこの三カ月で疲れ切っているのだ。
けれどその甲斐あって、すでに第二王子は先王の墓所に務めると言う名目で王都から離し半ば身柄を確保している。
着実にことは進行していた。
「お疲れでしたらどうぞ、今夜は高みの見物で」
「あぁ、そうさせてもらおうか。綺麗だよ、イレーヌ」
「ありがとうございます」
お父さまからお誉めの言葉をいただき、一時別れる。
私を待っていた同じ年頃の貴族令嬢たちの下へ向かうと、こちらは対照的にやる気に満ちていた。
今回のことは打ち合わせてあるので、五人いる令嬢はそれぞれ覚悟の顔。
中にはお茶会で逃がした栗色の髪の子爵令嬢もいる。
「ごきげんようイレーヌさま。お出でになってから目の離せないドレスで気になっておりましたの」
「まるで騎士に守られる姫君のようなドレス。御髪の色と相まって、真朱の色が良くお似合いですこと」
「えぇ、それにご覧になって金糸の刺繍の精緻なこと。まさに芸術品のような美しさでイレーヌさまの美貌を引き立てているわ」
「これを着こなせるのは、お美しさの中に凛々しさを兼ね備えたイレーヌさま以外にいらっしゃらないでしょうね」
「これ見よがしなレースでは品がないけれど、本当に良い物はポイント使いでこそ生きますわね」
令嬢たちは私のドレスを誉めそやすついでに私の容姿についても褒めてくれる。
正直大袈裟すぎて真顔になりそうだけれど、ここは愛想笑いで受け流した。
あえて私は賞賛を一方的に受けることで、悪目立ちをする。
楽しんでいるふりで声高に語る令嬢たちも一生懸命用意した褒め言葉を並べ立ててくれた。
そして獲物はかかる。
「趣味が悪いったらないわ。そんな古臭いドレスしか用意できなかっただけでしょう。見え透いたおべっかでいい気になるだなんて恥ずかしいわね」
新王へ挨拶する貴族たちからチクチクと立場について小言を受けていたシヴィルが踵を鳴らして近寄って来た。
まだ新王への挨拶は続いているのに逃げ出したようだ。
楽しそうにしている私たちをくさすためにわざわざ来るなんて、本当にどうしてこんな人が私の義妹なのだろう。
「そんな小さくしかレースが使えないなんてかわいそぉ。髪が赤いからドレスも赤って、本当にセンスないんだから」
不機嫌そうだったシヴィルは、他人を蔑む言葉で勝ち誇ったような笑みになる。
私たちが白っとした表情で眺める間もシヴィルは憂さ晴らしに口を動かした。
「そのやぼったくて時代遅れなデザイン、ふふん、入場して来た時笑いそうになってしまったわ。しかもその赤、煤けているんじゃない?」
「時代物であることは否定いたしませんけれど、物の良さを見る審美眼のなさを露呈するのはどうかしら?」
どうやら放っておいてもシヴィルは勝手に喋ってくれるし、周囲の注目も集めてくれるようだ。
けれどもう少し注目を集めなければ、挨拶を受けている新王までは届かない。
なので私も煽り返すことにした。
「ふん! 古いからいいなんて頭が固すぎるのよ。そんなもの後生大事にしていてもなんの足しにもならないじゃない。古くなるだけ売り時を逃すのよ。服も、人もね」
わかりやすく食いついた上に、どうもまだ私を行き遅れ扱いしたいらしい。
そのせいで実家が家財道具を売り払ってなお負債が処理できずに困っているのを忘れたのかしら?
「ま、負債持ちの公爵家じゃ過去の栄光に縋るしかないんでしょうけれど」
「負債を負っているのは兄であり、あなたの姉、そしてあなたのご実家でしてよ」
「そんなの将来家を継げば公爵家の財で賄うんだから、違いなんてないでしょ。義兄さまに頼んでその煤けたドレスはあなたに下げ渡すように言ってあげるわ。これ見よがしに家紋なんて織り込んだドレス、いらないもの」
なんで我が家の財産をあなたが手に入れる前提なの、いえ、そろそろいいかしら?
兄のパトリックがこちらに気づいたわ。
新王も挨拶が途切れたら気づくはずね。
そう思ったところで別のところから声が上がった。
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