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ニコラ2

 思えばこれが国王として始めての外交となる。

 国王としての威厳を属国に見せつける茶会とは、シヴィルも良いことを言った。

 前例だ、格式だとうるさい者が多かったが、私の新時代に旧態依然の考えはいらないということを力強く示した茶会といえる。


 それなのに、その属国の王子が帰ってしまった。

 これでは意味がないではないか。


「陛下、ニコラさま! 私は破廉恥ですか!?」

「いや、そんなことは。可愛いよ、シヴィル」

「でもさっき!」


 しかもシヴィルを怒らせるという不出来なことをしでかして、自分だけ逃げ帰るとは。

 そのせいで今、私が大変な目に遭っているというのに。


 礼儀も知らない田舎者が!

 淑女の扱いさえも知らないとは!

 自分で言っていたくらい自覚があるなら勉強して来い!

 そう言っておけば良かった。


「ついあの者の無礼な物言いに驚いてつられてしまったのだ。本意ではない。あの王子が、いや、王子相手だからこそ相手にそって心にもないことを口にしてしまった」

「私のドレスは今まで誰もしなかったことをやる勇気と斬新さなんです。ファッションは挑戦なんです。その上で着こなす私の特別さを合わせて…………!」

「わかっている、わかっているとも」


 私はまくしたてるシヴィルに手を上げて落ち着かせようと繰り返す。


 本当に面倒な!

 ここはシヴィルの意識を逸らさないと、訳の分からないファッション講義を受けることになる。

 普段私の理解者として聡明なシヴィルも、ことファッションに関しては周りが見えなくなるのだ。


「服装と言えば、あのボルボーの王子、謁見の時よりもましな服装だったわりに中身が伴っていなかったな。どうせ私の招きと勇んだ末、形ばかり整えてきたのだろう。シヴィルへの妄言も、もしかしたら今までに触れたことのなかった高貴な雰囲気に浮かれてのことだったかもしれないとは思わないか?」


 私が語る間、シヴィルは口を噤んで黙る。

 これは行けるか?

 あのボルボーの王子のなってなさを上げれば、シヴィルも相手にするだけ馬鹿げていることに気づいてくれるかもしれない。


「だいたいあの王子は本当になっていない。招いてやったというのに挨拶と見え透いた社交辞令だけしか言えないのだから。私の旧悪を廃し、若き才能を集めるこの試みの素晴らしさもわかっていないようだった。これだから戦争に明け暮れる国など、文化を育てる余裕もない三流国なのだ。うむ、あの者はきっと洗練された社交界など知らない野蛮人と変わらない」


 居ない相手を悪しざまに言っても、どうせいないのだから気にする必要もない。


 誰かから聞き及んでも己の不出来を恥じるだけで、問題にもならないだろう。

 国王である私に手間をかけさせたのだから、いっそ私の言葉で己の至らなさを省みてもいいくらいだ。

 属国の王子としての心得がなっていないことは、いっそ罪だ。


「そうですね。そうですよね! 顔が良くてもおしゃれがわからないなんて最低ですよね!」

「あぁ、シヴィルの言うとおりだ」

「私、ニコラさまが婚約者でとっても嬉しいです」


 どうやらボルボーの王子を相手にする愚を理解してくれたようだ。

 私に対して怒ったことを誤魔化すように、シヴィルは甘えた様子でしなだれかかる。

 花の甘い香りの中に誘うような女の色香が感じられた。


 やれやれ、茶会の主催というのも大変だ。

 少しシヴィルと二人きりで休憩をしてもいいかもしれない。


「もう、ニコラさまのお茶会を台無しにして。あの王子、本当できそこないですよね?」

「ふむ、確かに…………」


 辺りを見回すと、そこにいるのはいつもの顔ぶれ。

 たまに入れ替わるがパトリックを先頭にした側近たちだ。

 そしてシヴィルに婚約してからできた取り巻きの令嬢もいる。


 けれどその向こうに残っている客が減っていた。


「他の者はどうした? 休憩にしても数がずいぶん少ないな」


 片手を上げて控えている城の者を呼び寄せて下問する。


「それが、主賓がお帰りになったのなら、ほどなくお開きとなるだろうとおっしゃり。すでにお帰りになっております」

「何? 私に挨拶もなくか?」

「いえ、婚約者の方を押しのけてまでとのことでして。決して陛下を軽んじる意図はないと重々言伝をされております」


 下を向いたまま城の者は早口に答えた。

 確かにシヴィルを重んじるならば、私を軽んじたことにはならない。


 しかしこれは、国王の茶会というにはあまりに客が減って賑わいを失くしている。

 残っている者は私と親交があまりなく、ただただ茶を楽しむだけの者。

 逆に私に近づきたいという下心を隠そうともせず機会を窺っている者。

 その二者のどちらにしても、国のトップが主催する茶会というには人が少ない。


「なんと無礼な! あの王子のせいで陛下の催しに水が差されるとは!?」


 パトリックが閑散とした周囲を見回して怒声を上げた。

 公爵家継嗣として数々の茶会に参加したパトリックだからこそ、この閑散ぶりが問題であると感じたようだ。


 茶会などの集まりは主催者の名声を知らしめ、高めるためのもの。

 私の茶会は閑散としていたなどと言われては、風評被害も甚だしい。


「陛下、どうかご命令を。すぐにでも無礼なボルボーの王子を引き掴んで陛下とシヴィルに謝罪をさせましょう」

「待て、パトリック。属国相手でもこちらが野蛮な手に出るのはよろしくない。それは我がヴァルシアの流儀ではないだろう」


 本心ではパトリックに賛成だがな。

 けれどそんなことをすればうるさい老害がまた口を挟んでくる。


 それにどこかで聞いたが、あのボルボーの王子は公爵夫人アンナに声をかけられていたとか。

 あの社交界を牛耳る子爵夫人エルミーヌと張り合う女傑。

 もしかしたらこうして私に無礼を働くことを見越して声をかけていた可能性もある。


「そうだとすれば、あの者に関わると勇んで出て来るだろう。いや、そういう企みでもなければ属国の王子など招くものか。うむ、そうに違いない」


 私は一人頷いていると、シヴィルが身を放して言った。


「陛下、私にいい考えがあります」


 晩餐会から舞踏会までの発端もシヴィルだ。

 またいい案でもあるのだろうか?


 なんにしても聞く価値はあるだろう。


「なんだい、シヴィル? 聞かせてごらん」

「舞踏会で、あの王子は無視しちゃいましょう。きっと陛下にお客さまとして扱われて調子に乗ってしまったのです。ですから、本来の立場ってものをわからせるのも、ニコラさまのお優しさだと思います」

「なるほど、甘くし過ぎたか…………」


 格の違いを見せつけるはずが、あちらからすればいいほうに、こちらからすれば悪いほうに受け取られたということか。

 やれやれ、野蛮人はわからないものだ。


 贅を凝らした食事と城の装飾を見せつけた晩餐会、我が国の若者の活気と老害を退ける気風を見せつけた茶会。

 では格式と富を見せつける舞踏会ではいったいどんな勘違いをすることか。

 国王となるべく生まれ育った私にはわからないな。

 私の聡明な考えを良いように曲解するなど、愚者の恐ろしさかもしれない。


「まさか我が国との格差を理解していなかったか。料理人が欲しいと言っていたから感じ入ったのだと思ったが」

「それは単に魚料理が美味かったという舌の貧しさゆえだったのかもしれませんな」


 パトリックの言うとおりかもしれない。

 あんな気の利かない料理人を欲しがるなどまともな王族なら決してないだろうからな。

 もしかしたらボルボーの王子に追従した者たちは、皮肉のつもりだったのか。

 となると、あの時はもっと気の利いた皮肉で場を盛り上げるべきだったし、それをしなかったからボルボーの王子もつけあがったのかもしれない。


「まさかボルボーには料理人がいないわけではない、はずだな?」

「どうでしょう? お料理ってどれだけ香辛料入れられるかで味変わりますし。もしかしたらスパイスを買えるだけのお金もなければ、スパイスを扱える料理人もいないのかも。やだ、本当に田舎者ー」


 シヴィルが高い声で笑う。


 冗談にしか聞こえないが、可能性がないとは言えない。

 良く知らない国で、北と戦争してることくらいしか聞こえることもない。

 ただ、同じく料理人が欲しいと言った国々はスパイスの取り合いをするくらいには財力も文化の熟成もしている国だったはずだから、こっちは完全に冗談だろう。


「それで陛下、如何しましょうか? このまま茶会を予定どおりに?」


 パトリックが改めて聞いて来た。


 予定ではこの後、劇団を招いての喜劇を催す予定だった。

 眠くなる古典ではなく最先端の演目だ。

 城にそのような斬新な者たちを招くのは私が初めてのはず。

 けれど私の功績を改めて見る者がいないのならば必要もないだろう。

 また改めて人を集めた時に使えばいい。


「これでは王の茶会の態を成さない。今日はこれにて終いだ」

「それではお客さまの誘導を行います。また、役者たちにも早々に城を出るよう命じましょう」


 まだ控えていた城の者が肩の力を抜くように答えたが、未だに早口だ。

 そしてまるで勇むように去っていく。


 なんなんだ?

 ずいぶんせっかちな男だ。


「しかし予定が空いてしまいましたな」

「む、確かに」


 パトリックが言うとおり、今日は茶会のために予定を開けておいた。

 今から仕事なんてもっての外だ。

 となれば時間を潰すには…………。


「賭場を開くか」


 城の一室に賭け事を嗜む者たちを集めての知的な集い。

 これほどわくわくする知的遊戯もなかなかないだろう。


 パトリックも同じで、笑みで同意を示した。


「えー、私まだドレスをこの一着してきてません。お茶会もそんなに出てないし、今回で三着は着替えるつもりだったのに。これが一番大きなお披露目の場だったから張り切ったんですよ、ニコラさま」


 シヴィルが駄々をこねるように言うが、客がいないのだから終いにせずともその目的は実らないだろう。

 元があまり地位高くないから浮かれていたのか、しかしそう言えば今年は招待状が少ないな。


 私が王になったため遠慮しているのだろうか?

 そうに違いない。王太子の時とはかわるものなのだろう。


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