39話:教会観光
「まさかイレーヌ自身が案内役を請け負ってくれるとはな」
我が家の馬車に揺られてロジェが上機嫌に私に笑いかける。
今日の装いは黒いクラバットに黒いズボン。
そしてダークレッドのコートという地味ではあるが、礼服よりもずっと似合う服装だ。
「あなたが中央教会を観光したいと言ったのでしょう。だったら、ある程度事情を話せる私がいいと思って」
「ま、確かにあの聖女さまを追い出す片棒を担いだ教会を見るつもりじゃあったけどな」
悪びれなくロジェは探るつもりだったことを暴露する。
「そう。ではやはり私がいて良かったわね。教会のほうで聞いても、ことは女子修道院で起きたから、あなたでは時間がかかったことでしょう」
「あ、そうなのか。つまりイレーヌはそっちにも出入りできるんだな」
そう呟いてロジェは私をじっと見つめる。
「イレーヌも聖女の素養あるんだろ? そんな恰好で行っていいのか?」
私の今日の装いはワインレッドのストライプの外出着。
バーミリオンのリボンを腰に飾ってアクセントにした華やかなドレス。
同色の皮手袋もした淑女の姿は、決して修道生活をしたことのある者には見えないだろう。
「これくらい一目で私の立場を明示しなければうるさいのよ。後学のために聞いておくけれど、ボルボーの教会も基本的には礼拝の際黒を身に着けるの?」
「おう、黒か灰色の華美じゃない服装だな。そう聞くってことはこっちでも同じなんだな」
改めて私の派手としか言えない恰好見てロジェは笑う。
「イレーヌにまで袖にされて後で困るくらいなら、聖女さまに縋ってでも引き止めるべきだろ」
「私もそう思うわ。けれどそうしなかった方の愚かな考えなど知る由もないの」
「いや、それ、絶対なんか掴んでるだろ」
素っ気ない私にいっそロジェは教会側の考えを把握していると察したようだ。
けれど知ったことではない。
どうせ私を頼る、どうせ私が保護する、どうせラシェルは国を見捨てない。
そんなふざけた考えで保身に走る相手など、知るものですか。
王城を正面に見る中央教会が見えると、ロジェは近づく教会を城と見比べた。
「謁見の時にも見たが、大きいな。これ敷地、王城と張るんじゃないか?」
「さすがにそこまではないわ。三分の二と言ったところよ」
「大きいって感想が間違ってないのはわかった」
軽口を叩きながら、馬車から先に降りたロジェが手を差し出す。
支えに降りると予想以上の安定感にちょっと感嘆した。
「あぁ、イレーヌさま」
馬車から降りた途端、私の姿を見つけた修道女が寄ってくる。
ロジェはちょっと笑いながら私の手を離さず腰にもう片方の手を回してきた。
その動作で連れの存在に気づいた修道女が頬を赤らめる。
「…………何か?」
内心ロジェのやりすぎに抗議しつつ、表面上は当たり前のふりをして修道女に応じた。
修道女はロジェと私を見比べ、言いたいことを飲み込んだようだ。
「いえ、その、きょ、今日はどのようなご用でしょうか?」
「ボルボー王国のロジェ殿下が中央教会にご興味を持たれていたので、私が案内に。殿下の訪問は事前に伝えていたはずですが?」
「欲を言えば噂の美貌の聖女さまにお目通り願いたいところだが、イレーヌの伝手でも難しいと言われてしまったんだ」
「殿下、聖女さまとの謁見については我が家の裁量にはございません」
「残念だな。聖女さまはご息災かな?」
ラシェルがいないことを知っていて、ロジェは意地悪く修道女に聞く。
意地が悪いとは思うけれど、私もロジェのパスに乗ったので同罪かもしれない。
修道女はそれはもう見事に視線を彷徨わせた。
そしてなんと言っているかわからない早口を残すと、教会の奥へと逃げるように去っていく。
他国の王子を前にそれはないでしょう?
「できる女は引く手あまたか」
「あら、一部では私、気が強すぎて貰い手がない嫌な女だそうよ」
無礼など気にしないロジェは、私の言葉にびっくりして見下ろしてくる。
「え? だったらもう俺が貰って良くないか? 価値のわからん国にいるより、うちに来い。不自由がないとは言わないがその才能見下す奴はいないと断言する」
真顔で何をおっしゃっているのかしら?
私も真顔でいつまでも離れない腰の手を叩く。
「冗談よ。発言元がお城の方と言えばおわかり?」
「あぁ、なるほどな。本当に趣味のわからん奴だ」
私たちは中央教会の観光をするため、正面から聖堂へと入る。
高い天井を支える柱の並ぶ聖堂には、金の祭具で飾られた祭壇が正面にあり、色とりどりのステンドグラスが厳かに室内に光を投げかけていた。
過去の巨匠によって描かれたフレスコ画は神の奇跡を語り、聖女の献身を讃える。
そんな観光順路を回りながら、私はロジェにそれぞれの由来や逸話、そしてこの国の制度について説明を行った。
「へー、聖女は賦役なのか」
「賦役の一種として聖女の素養がある女子を集めているの。聖女は聖女として国ではなく教会が認定しているわ」
「うちの国より教会が政治に関わってるってことか。まぁ、国防の要を握ってたらそうだろうな」
聖女は国の要であり顔となる。
民への露出はその時代の聖女の性格で多少異なるものの、重要な場には同席するのでロジェのように国が聖女を選出していると思い違う者は珍しくない。
「確かに国からは、公式の場に相応しい教養と立ち振る舞い、装飾品が求められるし、そのために一定の禄も支給されているわ」
「けど国の禄を食む臣下ではないんだろ?」
「そうね、中央教会の持つ土地には聖女専用の領地もあるから、国からの支給はあくまで聖女の働きに対する感謝の気持ちという形だったはずよ」
そんな説明をしながら細い列柱が並ぶファサードへと移動した。
ここは順路から外れているため、他に人はいない。
「聖女が突然死した時って、次の聖女はどうするんだ? 聖女の素質がある中から選ぶ基準があるのか?」
人の目がないからと、ずいぶんと切り込んだ質問をするわね。
「ここでそんなことを聞かないでほしいところだけれど。簡単に言えば当代の聖女に次ぐ能力を持つ者が最初から用意されているわ。ラシェルがその能力を見出される前は、別の方が次代の聖女候補だったの」
「つまり、その候補は聖女にはならなかった? ラシェルの登場で制度が変わったのか?」
「いいえ。先代の聖女が亡くなった時に、候補の方はすでに結婚してお年も私たちより二十は上だったから。満場一致でラシェルが聖女になったの」
「じゃあ、今の聖女候補は」
言葉を切って私を見るロジェ。
「残念ながら違うわ。二十は上と言ってもまだ候補の方は病気もなくお元気ですもの。私より能力がはるかに高い方だから候補は今も以前の候補の方のままよ」
「じゃあ、なんでその候補が今聖女になってないんだ?」
「だから、こんな所で聞かないでちょうだい」
そんなの王太子だった新王の独断と偏見に決まっているでしょう。
「候補の方は先代の聖女よりも能力が高かったのだけれど、身分のある方だったから結婚を優先して聖女にはならなかったの」
「あ、そういうこともあるのか」
実は先代の聖女は私と同じくらいの素養だったと聞いている。
そんな先代よりもさらに能力の高い候補は驚きと物議を呼んだそうだ。
聖女交代による揺らぎのこともあり、交代すべきか現状維持かと。
そしてラシェルへの聖女交代の際、逆に今の聖女候補より能力が上のラシェルがいたことのほうが驚きを持って迎えられたのは私も知っていた。
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