37話:侮っていた
ロジェが新王ニコラに謁見した翌日。
弟のトリスタンが王都にやって来た。
「イレーヌ、公国から男を連れ帰ったって本当ですか?」
「あら、あなたにそんな適当な情報しか渡せない役立たずは誰かしら?」
トリスタンの軽口を叩き返す。
途端に弟は両手を上げて降参した。
「口が過ぎました。ボルボー王国の三番目だと聞いてます」
向かいに座るトリスタンに、情報はちゃんと届いていたようだ。
けれど顔が晴れない。
「イレーヌを口説いているというのは?」
「本当よ」
「完全に拒絶していないというのは?」
「…………しても意味はないと思うわ」
言葉を濁す私に、トリスタンが目で促してくる。
「ロジェは貴族と言うよりも軍人に寄っているわ。察して引くことはないし、察してもあえて押し込んでくる強引さがある。そんな相手にむきになって相手にしても付け込まれるだけよ」
「イレーヌに付け込めるだけの機転はある、と」
「総合的に点数をつければあなたが上よ、トリスタン。けれど攻防と言う一点においては確実にあなたを越える。そしてそれが魅力として強い印象に残る人物ね」
私の評価にトリスタンは考え込む。
「高評価じゃないですか」
「そうね。ラシェルのことを持ちだしてくるならさっさと切るのだけれど、そこにはほぼ触れないのよ」
「自らぼろを出さない相手となると、敵に回れば厄介そうですね」
「そこは新王陛下がやってくださったわ」
昨日の話なので領地から来たトリスタンは、何があったかを知らずにいる。
なので、私は気が重いながら話して聞かせることにした。
するとトリスタンは遠い目をしてしまう。
「即位の時には大臣たちが周りを固めていたからぼろを出さなかっただけだったんですね。いえ、あの状況との噛み合わない空気の読めなさは酷いと言えば酷かったんですけど」
新王の即位式を思い出していたのね。
あの時は事情を聞きたい人々の激しい視線にさらされて、私たちのほうが肩身の狭い思いをするほどだった。
けれど今はもう終わった話をしている余裕はない。
「あなたがわざわざ来たということは話したいことがあったのでしょうけれど、まず私が質問をさせてもらうわ。…………トリスタン、私が公国へ行っている間何があったの? 社交期を前に門の閉まった屋敷が目につくわ」
お父さまは多忙を極め、公爵家で抱えている文官総動員で城に詰めている。
使用人は聞かれたことにしか答えられないので、深く知るには身内から忌憚のない意見を求めるしかない。
「ボルボーの王子にやったことと同じです。慣例や年月の積み重ねで作った暗黙の了解を無視して体面を潰そうとしたり、利権を剥ぎ取ろうとしたり」
簡単に言うけれど大問題じゃない。
「まさか、領地へ引いてしまったの? 待って、侯爵家の門も閉まっていたのよ?」
「侯爵家のほうはまた別の問題ですが」
門の閉じていた侯爵家は軍閥に端を発する貴族で、軍事力という国の重要な部分を担う家でもある。
「まず、イレーヌの働きで寝室に籠っていた陛下を議会に引き摺り出しました」
私の働きというより自滅だけれど、実際引きずり出したと言われるくらい渋ったのだろう。
「もちろんそこでラシェルの処遇についてずいぶんと責められまして。それで言ったことが、老人の密室政治に惑わされると思うな、と」
「はい!?」
「まぁ、寝室に籠って側にいる者の話だけしか聞かない陛下が何を行っているんだと言う話なんですがね」
トリスタンは冷笑する。
いっそその密室政治に兄が加わっているという現状自体馬鹿馬鹿しい。
「もちろん弁えた大臣方はそのようなことは言いません。ただ陛下の批判を正面から打ち返したそうで。最終的には怒った陛下が議会を退出し、戻らないことでお開きになったそうです」
そんなの王の振る舞いではなく子供の癇癪じゃない。
しかもトリスタンが言うには五回なんとか開いた議会の全てがそうした幕引きだったそうだ。
「勝手に命令書を作って現場は混乱。しかも調整も根回しもないまま命令だけが下り、命令が上手く行かないとすぐに撤回で、また次の命令が忽然と叩きつけれられることが繰り返されているそうですよ」
「止める手はずはしていたはずよね?」
「それが、大臣方が使えるかもしれないと思って通した物さえ朝令暮改にして、自ら潰しているんですよ。けれどそれを新王は自分のせいではないと議会でぶったんです」
大臣たちが手を回して邪魔をしているのだろうと批判したそうだ。
「確かに陛下の命令に従うなとは言っているんですがね」
「当たり前よ。日頃の業務にも差し障るじゃない」
それぞれの部署には長を務める貴族がいる。
新王のことだからその辺りとも調整はしていない。
きっとラシェルにした時のように一方的に押しつけるだけなのだ。
「もし区長に言ったような脅しをかけていたら最悪ね」
世俗と形式的に距離を置く教会と違って相手は実務の長。
実効性のない脅しなど心象を悪くするだけの悪手だ。
「ご明察」
トリスタンの一言に私は額を押さえた。
「それだけではないのですが。まぁ、侯爵が怒髪天を突いて啖呵を切りそのまま領地に戻ったことでそれに倣う貴族が一定数いまして」
「き、聞きたくないけれど、いったい新王陛下は何をして侯爵閣下を怒らせたの?」
「軍権は王が掌握すると」
私は額に手を添えたまま天を仰いだ。
きっとそれを直接聞いた良識ある者たちは卒倒ものだっただろう。
「な、何を理由に?」
「軍はかつて王の力であり王の象徴であった。故に北に敵を置く今、かつての強き王権を内外に知らしめるため軍を王の下に再編すると」
「何を時代錯誤なことを。国が大きくなって王だけでは支えきれなくなったから、議会ができて軍部が独立したんでしょうが」
それに軍が王の象徴であった時代、各地の領主も全て己の兵を擁する戦争の時代だった。
その頃に戻すと言うのであれば、王以外にも軍権を許さないと釣り合いが取れない。
一国を守る軍を養うにはお金がかかりすぎる。
だからかつては兵を分散して領主の分に見合う数の兵を養い、国王が号令することで兵を参集していた。
「王の下に再編って、領主に軍権を分与するわけじゃないんでしょう? できるわけないじゃない。破綻するわ」
「玉座についたら自分が超人にでもなったと思ったんですかね」
すでに困惑の過ぎ去っているトリスタンは諦めたように笑う。
「…………あながち間違ってないかもしれないわね。阿諛追従するだけの者に囲まれて、失敗の理由を他所に求めるならば、新王陛下は過誤のない無欠の存在だもの」
トリスタンの嫌みに乗ってみたけれど、眉間が険しくなってしまう。
私は眉間を揉みながら、新王の愚かさを侮っていた自分を恥じた。
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