36話:ロジェの偽聖女評
私がいるからって何よ。
しかもそんな確信に満ちた風に言うことじゃないでしょ。
買い被りが酷すぎて逆に恥ずかしいわ。
私はコーヒーを一口飲んで、動揺を抑えた。
「…………そんな適当な理由で、一国の王子が発言するものではありません」
「適当じゃないさ。だいたい公国でも聞く限りマイナスしかない。で、実際会ってもマイナスだ。だったら、優秀で義理堅く先見があって情も解する。その上美人というどでかいプラスのあるほうに肩入れするのは道理だろう?」
本当に適当じゃない。
あまりの言い方に一瞬でも動揺してしまった自分が悔しい。
反応の良くない私を見つめて、ロジェは顎に手をやって考える様子を見せた。
「ふむ、どうやってもイレーヌ相手には外すな」
「逆にそれではまる方はいったいどのような方?」
「そりゃ…………あー…………」
軽く答えようとして止まるロジェ。
目が我が家の内装や手元の茶器に向く。
つまりそういうことね。
最初から私のような生まれの者を想定したことではなかったと。
だったら誰を? なんて深堀はしませんけれど。
「ずいぶんお盛んですこと」
「お、なんだ? 妬いた?」
冷たく言い放つ私に嬉しそうなロジェの笑顔。
いっそ前向きすぎて呆れる。
本当にこの王子こそ、私の想像をことごとく外す。
新王にももう少しロジェのような余裕や前向きさがあれば、少しはましな人物だったでしょうに。
「ほほ、あなたの能天気で愚直なまでに前向きなところ、生きやすさと言う点においては美点ですわね」
「おっと、それは俺でもわかるぞ。嫌みだな?」
睨むように笑うロジェに、私は淑女の微笑みで迎え撃つ。
嫌みとわかってどう返すか。
それが貴族のウィットというものだ。
けれど攻略法のないロジェは潔く背もたれに退く。
見切りが早すぎないかしら?
それともこれこそロジェが若くして戦功を立てた秘訣かしら?
「話が終わりなら戻しますわよ。それで、あれとは?」
「…………義妹だったか? 難儀だな」
う、やり返された。
否定も肯定もできない言葉に、渋くなる顔を私は又コーヒーに口をつけて誤魔化す。
けれど私がシヴィルに対してどんな感情を持っているかなんて、ラシェルと兄を絡めれば一目瞭然だ。
「難儀とは、私に対しての言葉と取っていいのかしら?」
カップを置いて水を向けると、ロジェは困ったように笑う。
「正直聖女さまとは雲泥の差だな。何が良くてあの令嬢を横に置いてんだあの新王は?」
忌憚のなさすぎる言葉に、正直頷いてしまいそうだった。
けれど謁見を行ったロジェがこんなことを言うのはまさか。
「まさか、他国の王子との謁見にも口を挟んだの?」
「さすがにそこまではな。だが、誰に聞いても身分を濁すような女を他国の使者との謁見に同席させるなんて正気の沙汰とは思えん。ましてやそのことを当事者が全く恥じてもいないとなるとな」
ロジェの解説に私は閉口するしかない。
いちいちごもっともだ。
ロジェはラシェルが公国にいる理由を大まかに知っている。
そして義妹と知っているならロジェなりにシヴィルの身の上を探ったということだ。
王城で聞いても誰もシヴィルを聖女とも婚約者とも明言しない理由など、探るまでもない。
未だ、公に発表された聖女も婚約者も全てがまだ、ラシェル名義のままなのだから。
「何かこの国の慣習として問題があるのか?」
「問題だらけだけれど、一方的に命じておいて公式に発表しないのはシヴィル側の都合でしかないわ」
その都合を話さない私を見て、ロジェは自分なりに考える。
そして試すように言った。
「顔としては新王と釣り合ってはいるよな。っていうか、あの聖女さまの隣に並んで霞まないのイレーヌ以外にいない気もするが」
本当に予想外の方向から探ってくるわね。
いえ、まぁ、ラシェルの実物を見たからには確かにそのことが印象強く残っても仕方はないかしら。
「私だって霞むわよ。ラシェルの祭典における本気の聖女の姿を見たら卒倒する国民さえいるんだから」
公式行事がある度に、ラシェルを遠目にも見ようと国民は城の周りに集まった。
地方貴族も見られる好機を逃さず、遠く領地から一日だけのために馬車を用意したものだ。
ラシェルの美しさは一つの求心力を持っていた。
そしてそれを間近で見せつけられた王太子だった頃の新王は、自信を失くして努力さえやめてしまったのかもしれない。
そういう風に今の新王の体たらくを理解することはできる。
ただ呆れる心にとめどはないけれど。
「え…………、あの噂本当だったのか? 今の聖女は目を見ただけで相手の魂抜くって」
「何それ、ラシェルは魔物か何かなの?」
ロジェの感想に私も聞き返す。
何がどうなってそうなるのよ?
噂なんて適当なものね。
ロジェも同じことを思ったらしく考える様子を見せた。
「…………やっぱり自分の耳目で感じたほうが確かだな。よし、ちょっと俺なりにこの国を見てみよう」
そう言ってコーヒーの残りを呷ると、椅子を立つ。
控える使用人への目配せは、帰りの準備をもうしつけるものだとはた目にもわかった。
「うん、コーヒーも今まで飲んだどれよりも香りが良かった。こういうのも一つの経験だな」
「もう帰るのね。だったら勤勉なあなたへ、煙草を一箱さしあげるわ」
私が片手を挙げると、すぐに使用人が一人部屋を出て煙草を用意しに向かう。
「お、太っ腹。なるほどなぁ、見栄の張り方が板についてる」
「ふふ、この程度の嗜好品で公爵家は傾かないもの。本気を見たいのなら、公爵家に見栄を張りたいと思わせる大物になってちょうだい」
私の煽りに、ロジェは渋面になる。
けれどすぐに好戦的な笑みを浮かべた。
そして帰りの準備ができたことを告げる使用人が現われると、一言だけを残す。
「待ってろ」
そんな言葉を告げて、ロジェは振り返らずに部屋を出た。
私はゆっくりと残ったコーヒーを味わう。
まだ一国の成り上がり王子よりも、大国の公爵家の令嬢のほうが利用価値は高い。
それが生まれであり、身分だ。
私は椅子も立たずに見送りは使用人に任せた。
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