4話:手荷物は聖遺物
突然の聖女追放の顛末を聞いて、私は王都に戻らないことを決めた。
馬車で向かったのは郊外にある我が家の別荘。
ここはお父さまから私がサロンを開く際に使うよう宛がわれた屋敷だ。
二階建ての屋敷と庭は、あまり部屋数も多くはないこじんまりとした別荘だった。
「ラシェルのことには緘口令を。私が来た理由についてはそうね…………毎年恒例の公国への旅行の準備とでも言っておきなさい」
「かしこまりました」
使用人頭が無駄口を叩かず応じる。
私たちは人払いのされた廊下を歩いて、別荘の居間へと移動した。
「さ、ラシェル座って。いきなり歩いて馬車に揺られて疲れたでしょう」
「でも、私…………もう聖女ではないのに」
「まぁ、なんて友達甲斐がないの? ラシェルは私が聖女だから交友を持っていたと思っているのかしら?」
「そ、そんなこと! …………ごめんなさい。…………ありがとう」
「どういたしまして。今度からはちゃんと相談してね」
とは言え、ラシェルの迅速な動きは逆に良かったのかも知れないとも思う。
教会に居たら区長がうるさく、我が家で保護はできなかっただろう。
そして王都に居れば王太子がうるさい。
出てきてしまえば我が家が大手を振って保護できる。
「ラシェル、念のために聞くけれど王太子殿下や区長から追放に関して見届け人をつけられてはいないわよね?」
「見届け人?」
「追放は刑罰の一つよ。王都からの追放であるなら、確かに刑が執行されてラシェルが王都を出たと記録、証言する者が必要なの」
「いえ、そんな方いらっしゃらなかったわ。工房を出てから、ずっと一人だったもの」
これは重畳。
命令としてはまず、追放刑が履行されていないことがわかった。
今ラシェルは刑罰を受けて王都を出たわけではなく、自分の意思で王都を離れただけ。
刑を受け入れてしまえば翻って罪を認めたということになるけれど、刑罰の態を成していないのであれば問題はない。
「ショコラにはミルクをたっぷり」
「はい、お嬢さま」
銀のポットに入った熱々のショコラを、ミルクで温めてラシェルと飲む。
別荘の侍女は聖女追放を知らないので、馬車で連れて来た従僕に給仕をさせた。
二杯目を飲む頃にはラシェルも人心地ついた様子で表情が緩んでいる。
「ところでラシェル、その包みは何を持って出たの?」
私も相当焦っていたので、気づいてはいたけれど聞きそびれていた。
「これは…………今さらだけれど、持って来て良かったかしら?」
そんなことを呟いてラシェルが包みを開ける。
そこには足のついた金属の杯が一つ大切に包み込まれていた。
古くところどころ装飾はすり減り傷んでいる。
それでも見る者が見れば宿る力が杯からこんこんと湧き出ているのがわかる逸品だ。
「せ…………聖遺物!?」
私の言葉に従僕がスプーンを取り落とす。
「し、失礼いたしました」
「いいわ。しょうがないもの」
何げなく布にくるまれた中に聖女の聖遺物があるなんて普通思わない。
「やっぱり、持って出るのはまずかったかしら?」
そんな曇り空を心配するような調子で聞かないでほしい。
聖遺物は二度とは作れない宝。
そしてこの国を守る要石の役割を果たす重要な遺物だ。
「ど、どうしてそれを?」
「これを預かる時に私の名前で宣誓を行ったから、私が返さなきゃって思って。でも、聖女の私が交わした宣誓なのだから、次の聖女が引き継ぐべきよね」
「いえ…………、いえ、よくやったわ、ラシェル」
これは思わぬ好プレーだ。
少なくともこうしてラシェルが教会を離れた今、遅かれ早かれ聖女の結界に支障が出る。
シヴィルの力でも結界の維持はできるけれど聖遺物の管理は無理だろう。
となると本来聖遺物を収蔵する聖遺物教会に返すのは悪い判断じゃない。
「というか、中央教会に残しておいても自分の権威づけのために区長が返さなかった可能性が高いもの。結界維持のためには聖遺物教会に安置されているほうがずっといいわ」
その辺りを聖遺物教会側も憂慮していたのだろう。
宣誓において聖女でも王都の教会の名でもなく、ラシェル個人に貸すという形を取っていた。
ラシェルが持ちだして責められる謂れはない。
「あら、あの道の方向って? まさか、ラシェル。歩いて聖遺物を返しに行こうと?」
「えぇ、行ける気がしたのだけれど。あれだけの距離でもう足が痛いわ。無謀だったと反省しています」
悄然とするラシェルに、私は半端な笑みを浮かべた。
こういう期せず最善の選択をするのはやはり聖女と呼ばれるだけあるのだと思う。
きっと聖遺物教会は自らの足で聖遺物を返しに来たラシェルを守ることになっただろう。
王都の教会ほど権力に近くもないので王太子の命令くらい撥ねつける気概もある。
「ラシェルは私がいなくても大丈夫な気がしてきたわ」
「そんなこと…………あの、イレーヌ。私、ここにいてあなたの邪魔にならない? その、私はもう、家にも戻れないし…………」
「残酷なようだけれど、戻れないと言う点は否定できないわ」
聖女となってからもラシェルの両親は会いに来たことはない。
その美貌を欲した豪商に多額の婚約金をせしめて売ろうとしたくらいだ。
「聖女の才能が認められたことを喜びもせず、婚約話はなくなったと私がいる前でも文句を言っていた。そんな人たちのところへ戻る必要がある? あのご両親は使えないとラシェルを罵りこそしても聖女の才能を喜びはしなかったじゃない」
聖女となったラシェルの名で身を肥やすことしか考えず、弟を上げるためにラシェルを貶めるなんて愚かなことを当たり前にやる人たちだと私は身をもって知っている。
「勝手かもしれないけれど、理解しようともしない者にあなたを渡すわけにはいかないわ。ラシェル、あなたの後見は我が公爵家よ? 今さらあんな三下貴族のことなんて気にすることないの」
「でも、それは私が聖女だからであって。聖女でなくなった今は」
「称号がなくなったからと言って、ラシェルの才能までなくなるの?」
「あ…………」
「あくまで聖女の称号はラシェルの才能があってこそでしょう。聖女でなくなってもその才能は有意義よ。我が家がラシェルを手放す理由はないの」
不安がるラシェルにあえて情を挟まずに言いきった。
ただそれだけでは私も友人としておさまりが悪い。
「後見になるためラシェルのご両親を説得した時の言葉を気にしているのなら気にしないで。あの男爵家では王太子に嫁ぐための持参金なんて用意できなかった。後見となって公爵家が肩代わりすれば誰も損をしないと言うのは本当」
「そうね。でも、イレーヌの家は聖女を助けたと言う名誉を、私の家は聖女と、ひいては王妃を輩出したという名誉を得ると仰っていたじゃない」
「そんなの強欲なラシェルの両親を説得するための方便でしかないわ。歴史的に聖女を助けたこともあれば、我が家はすでに王妃を出した歴史があるもの」
私の言葉にラシェルは今さらその事実を思い出したようで大きく口を開ける。
そして慌ててはしたなく開けてしまった口を手で覆った。
その無防備で年頃の少女らしい仕草に私は微笑みを返す。
「あなたの処遇をどうするか、お父さまと協議をしなければいけないわ。けれどこれだけは言える。私と我が家はあなたを路頭に迷わせることは決してしないと。場合によっては一度国外に出てもらうこともあるでしょうけれど。その時は、最高のバカンスを約束するわ」
あえて軽く言ってみせる私に、ようやくラシェルは笑みを返してくれた。
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