33話:帰国と異変
ロジェと一緒になった道中、私は行きと同じで各地を回って外交をした。
もちろん同じ経路を通って二度手間なんてしない。
別の人々を訪ねて、行きと同じような会話を繰り返す。
「よくやる」
「それはどうも」
途中下車して休憩中、ロジェが欠伸を噛み殺して言った。
昨日は酒好きな主人の下で夜更かしをしていたのは知っている。
馬に水をやる必要があることと、ロジェの体調を加味してのこまめな休憩だった。
「しかし、これが外交かぁ。俺には無理だな」
ロジェは仮眠を取れるよう用意したクッションを手で押しながらぼやく。
なんだかその仕草は甘える子猫がやる乳踏みのようで微笑ましい。
私は内心のゆるみを出さないよう強く言った。
「やる前から諦めてどうするの。あなたは国の代表となる家の者でしょう」
「いや、腹の探り合いしながら食べる飯なんてなぁ」
「出された物の内容でどれだけ気遣いのできる方か、こちらをどれだけ重く扱う方かを見るのは外交以前に貴族の会食では当たり前よ」
こうした話は馬車での移動中の暇潰しに何度もしている。
王子になって十年のロジェは、私よりも貴族社会のやり方に疎く、感性はラシェルに近い。
ラシェルを相手に王妃の心構えを説いていたこともあるけれど、なんだかロジェの家庭教師になった気分だ。
「家がそういうのしてこなかったんだよ。国境守ってたからはっきりすっぱり言うことは言って、腹は見せあってなんぼだって」
「まぁ、お国柄はあるでしょうけれど。これからは近隣の国と付き合わなければいけないのだから、相手のやり方を知って損はないでしょう」
「うーん」
ロジェは頬杖をついて私を見つめて来る。
「何か?」
「いや、いい女だなと思って」
「我が国に来てまで醜態をさらされては困りますもの。わざわざ私に同行すると言ってついて回らなければこんな講釈垂れません」
「はは、いいねぇ。つれないのも燃える」
被虐趣味でもあるのかしら?
というか口説くふりしていいように世話係にされている気がする。
小国と言えど一国の王子。
同行するならそれなりの待遇というものがある。
ここで惨めな思いをさせるようなら我が公爵家の体面に関わるのだけれど。
「ただ、あんまり背負いすぎるなよ。どうも見てて窮屈そうだ」
「…………あなたほど背負うものが軽くないだけよ。なんの心配をしているのか知らないけれど、生まれて今まで家の名を重いとも窮屈だとも感じたことはないわ。途中で重責が加わったあなたと違って」
「んー? まぁ、まだ大丈夫そうだしそれでいいさ」
なんだかあしらわれたような気がするわ。
ちょっともやっとする。
ラシェルのように失敗を恥じ入って俯いてしまうのも困るけれど、こういまいち響いている感じがないのも困りものね。
「…………あまり深入りするのも何かと思って聞かないで来たけれど」
「うん?」
「あなた、公国では従者がいたはずよね? その方どうしたの?」
実はロジェは本当に単身私の旅に同行している。
護衛にそれとなくロジェを追ってくる者がいないか探らせたけれど、影も形もないそうだ。
「そりゃ、あそこではまだ動きがありそうだし。置いて来た」
「置いて…………それは、どうなの? 一国の王子の世話をする者が誰もいないだなんて」
普通、こうした外交が関わる場には専門の者が随行して助言をする。
私の場合は親戚を訪ねることが建前なので、連れていない。
けれど王都の屋敷の人間を使って行程を練り、事前に宿泊先とはやり取りを重ねて向かう。
全くの手回しなし、単独行動などあり得ないことだ。
「王国にも公国のボルボーの人間はいるぞ? それに自分のことは自分でできる」
「そういう問題じゃないでしょう。公国で出会っただけの私に命を握られているようものじゃない」
「今ここで俺を殺すメリットってなんだ?」
「それは、ないけれど」
「もしメリットがあったとして、イレーヌが一国の王子を処分したら王国の公爵家はイレーヌの独断を許すのか?」
「その場合はデメリットが発生した場合、事前に対処したならありでしょうね」
ロジェは感心したように口笛を吹いた。
「お行儀が悪い」
私はロジェを横目に窘める。
「淑女らしく手荒な真似には出ないと思っているのなら、その考えは改めておくべきよ。あなたはすでに秘匿すべきことがらを知ってしまっているもの」
言わずともラシェルのこととわかったらしいロジェは肩を竦めるだけ。
その上で少し考える様子を見せた。
「イレーヌの公爵家ってのは、娘にそんな重きを置くものなのか? うちからすると女当主の公国もよくわからん」
「あぁ、そう言えばボルボー王国は女子の相続を認めてはいなかったわね。戦いを当主の素養とするあなたのところとは、求められる力量が違うのよ」
「あぁ、なるほど。つまりイレーヌの兄弟は交渉事に才能はないのか」
私の家族構成くらい公国の伯爵家でいくらでも聞ける。
だからこそ実態とは違うことを思いついたようだ。
「弟は私にも劣らない能力の持ち主よ」
「兄貴は?」
「あえて言わなかったことをわざわざ聞くだなんて、不躾でしてよ?」
「躾がなってなくてわるぅございますね。嫁に欲しいと言って、総領娘はやれんと言われても困るしな。そこら辺は知っておきたいんだよ」
天気の話でもするように言う。
なので聞き流ししまった。
「無視はやめてほしいなぁ」
「…………え? まさか本気で求婚をしているの?」
思わず聞き返すと、ロジェが大きな溜め息を吐いて項垂れてしまう。
控えていた侍女が溜まらず笑い声を漏らした。
そんなことも気にせずロジェはいきなり顔を上げると私を正面から見据える。
「いいさ。ヴァルシア流とやらを学んで出直してやる」
「無駄なことをしていないで、ボルボー国内の地盤固めをするべきよ」
はっきり切って捨てるとまたがっくりと肩を落とした。
「北の侵略に備えてろって? それも大事だろうけどな、俺は生涯を共に生きる相手を打算だけで選ぶつもりはない」
「私への求婚は打算じゃないとでも?」
「なんだよ、俺が今まで言って来たこと何一つ本気に取ってないのか? おい、嘘だろ。俺ちゃんと会ったその日に惚れたって言っただろ」
「本気だと言うなら、それはそれでどうかと思うわ」
絡まれていたところを助けてくれた時に言われた、気もする。
かと言って、出会っていきなり惚れたから求婚というのは、公爵令嬢として生まれ育った私にはついていけない感覚だ。
結婚には政略が前提で、そこを省くのはいっそ信じられない。
私は結婚しても公爵家の血筋という看板がついて回るというのに、そこを考えにも入れないなんて先行きが不安すぎる。
「なんか面倒そうだな」
ぽつりと呟かれた言葉に、私の胸の内にはもやっとしたものが漂った。
「ちょっと戦略立て直すとして、まずいのが来たぞ」
「え?」
ロジェの顔は今までの笑顔とは違うものに変わっている。
何処か獰猛さを秘めた目をして、脇に置いてあった剣を掴んだ。
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