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29話:北の屈辱王

「ラシェル! 誰か!」


 私からはまだ距離があって助けられない。


 容赦のない賊の拳がラシェルに当たる直前、ジルが飛び込む。

 適当に振っていた賊の拳は、それだけに加減などない一撃だった。


 ラシェルを守るため捨て身で胸に拳を受けたジルは、呻きながら倒れる。


「ふぐぅ…………! うぅ」

「あんだ!? 兵じゃない奴もいるのかよ! わずらわしい! くそ! 火が消えちまった!」


 倒れるジルに、賊は八つ当たりか蹴りの追撃を見舞った。


 遅れて庇われたことに気づいたラシェルは賊に体当たりを食らわせる。


「やめて! ジルに酷いことをしないで!」

「こいつ! さっきから邪魔ばかり!」


 激高した賊はもう使えない火種を捨てて、ナイフを抜いた。


「ラシェル、逃げて、くれ」

「ジル、立って! さぁ!」


 賊を警戒しながらラシェルはジルを引っ張って立たせようとする。

 けれど身を起こそうとするジルは胸の痛みで体を硬直させた。


 馬鹿にするように鼻を鳴らした賊は、ジルを放置でラシェルに狙いをつける。

 瞬間、また賊には邪魔が入った。


「弱い相手にばかり手を出すとはなんたる卑劣! 私が相手だ!」


 ラシェルの悲鳴に公子が駆けつけ、賊を引き離す。


 私は少年を連れて救貧院まで走って戻った。

 母親と息子を救貧院の中へと避難させ、そのままラシェルの下へ向かおうとしたところ、ジルを殴ったのとは別の賊がラシェルを掴んだ。


「きゃー!?」

「へへ、いい拾いもんじゃねぇか。おう、こいつ一人で十分だ! 逃げるぞ!」

「ま、待て…………!」


 公子はジルを殴った賊に牽制されて、ラシェルを連れ去ろうとする賊を止められない。


「行かせ、ない…………」


 ジルは土に汚れながら、賊の裾を掴んで止めた。

 けれどすぐさまジルは賊が握った短剣の柄で殴り飛ばされる。


 その瞬間、薄暗い中でも血が散ったのがわかった。


「ジル!? …………ひどい、なんてひどいことを!」


 殴られたジルの姿にラシェルが限界に達する。


 瞬間、ラシェルの周囲に白く輝くサークルが現われた。

 突然の現象に近い者は目が慣れず、離れた者も怪異な光に動きを止める。

 サークルは一呼吸ごとに範囲を広げ、やがて人間が走るほどの速さで周囲に展開していった。


「な、なんだこれ!?」


 ラシェルを掴んでいた賊が不自然に体を逸らせて呻く。

 顔は歪み、ラシェルを掴んでいた手も引き離されるように後退した。


「見えない壁に押され…………!?」


 賊だけがラシェルの結界に押されて後退を始める。

 光として見える結界は、賊以外には全く変化を及ぼさない。

 けれど結界に拒まれた賊の中には、勢いに耐え切れず足を浮かしている者もいた。


 あまりの光景にロジェや公子も目を瞠って賊を避ける。


「ラシェル、そのまま救貧院の敷地の外まで!」


 私は声をかけて、一人迫る結界の縁に手をかざした。

 瞬間、私の結界とラシェルの結界がぶつかり私も押される。


「イレーヌ!?」


 気づいたロジェが走ってついてくるけれど、私と賊が救貧院の敷地から弾き出されるほうが早かった。


 もちろん自分から弾かれた私は怪我なく着地する。

 けれど突然のことに事態を飲み込めない賊は地面に投げ出されてなお目を白黒させていた。


「さて、ボルボーの強兵を名乗る方々に質問です」


 声をかけると警戒態勢を取って私を見る。

 けれど女一人とすぐに侮った表情になった。


 予想どおりの反応がいっそおかしい。


「女一人と侮り、自ら策にはまった北の王国の屈辱王をご存じ?」

「なんだと!?」


 あからさまに怒りを見せるなんて他愛のない。

 いえ、煽り文句を考える手間が省けたと思うべきね。


 大公関連の救貧院を襲ってボルボーを騙るなんて、間に挟まれた我が国への嫌がらせに近いことをやる相手は限られている。


「あぁ、なるほど。妙な訛りがあると思ったら。北の国か」


 追いついたロジェが、結界から歩み出て納得した様子で呟いた。

 賊との距離、そして私の余裕を見て一歩引いたまま足を止める。


 窺う私に首を傾げて見せると、促すように笑みを浮かべた。


「それとも、俺の手助けが必要か?」

「いいえ、あなたに首を飛ばされては囀ってもらえないでしょう」


 殺気こそ隠しているものの。ロジェの片手にはまだ抜き身が握られていた。

 賊も私の側にロジェが来たことで、逃亡の手段を考え始めたようだ。


 けれどもう遅いというもの。

 ここは私の手の届く範囲よ。


「お喜びなさい。自らの王と同じ稀有な経験を得ることに」


 宣言すると、賊は清浄な光を放つラシェルの結界を見る。

 ラシェルはジルを介抱してこちらを見てもいなかった。


 そんな見当違いな警戒をする賊に向かって、私は両手でボールを握るような動きをする。


 気づいた賊はもちろん、私から目を離さなかったロジェもわからない顔をした。

 なのであえて言葉にして告げる。


「不可視にして不可侵の聖なる結界に囚われ、虜囚となった屈辱王。その王がなしえなかった逃亡を図れると言うのならやってごらんなさい」


 私が何をするかに気づいた賊はすぐさま走り出す。

 けれど五歩もいかない内に、見えない結界にぶつかって倒れた。


「あ、痛そう」


 私は思わず呟いた。

 仰向けに倒れた賊の鼻からは、堰を切ったように血が流れ出ている。


「くそ! こいつも魔女だ!」


 北の国での聖女の蔑称を叫んで、私の結界に囚われた賊は虚しい抵抗を繰り返す。


 どんなに殴っても剣を突き立てても結界は破れない。

 どころか薄暗いこともあり、私の結界との境がわからず空ぶる賊もいる。


「こんなに安全に捕まえてもらっておいて、魔女はないだろ。あ、でも俺はイレーヌになら篭絡されても」

「馬鹿なこと言ってないで、ボルボー王国が無関係だと弁明する方法を考えておいたほうがいいわよ」


 私は結界の縁に恐々近づいてくる公子の兵を待つ。

 公国と言っても聖女の結界そのものを間近に見る者は少ない。

 ましてや公に全体に張られた不可視の結界ではなく、ラシェル個人がその高い素養で発揮した結界だ。

 害はないとわかっていても犯しがたい清浄な光を放っている。


「言い訳を考えなきゃいけないのはこいつらだろうけどな」


 いつまでもうるさい賊に、ロジェは結界をノックしてその強固さを確認する。


「もう結界の中では、罵詈雑言を叫ぶしかできないのだから好きにさせるわ」

「はは、あの路地裏であんなに余裕だった理由がようやくわかったよ」


 ロジェはそう言って、もう一度結界をノックしてみせた。


毎日更新

次回:北の港

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