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3話:手書きの命令書

 写本を行う場所は図書館と工房を合わせたような広い場所で、そこに王太子の声が響き、その後沈黙が落ちたらしい。


 当たり前だ。

 私だってその場にいたらきっとついていけずに沈黙した。


 そしてその宣言を廊下で聞いて、区長とその取り巻きが駆け込んできたと言う。


『これはいったいなんの騒ぎですか!? 王太子ともあろうお方がなんと言う破廉恥な!』


 修道女が集まる作業場に押し入っての第一声として区長は間違ってはいない。

 そこは肯定する。人格は肯定しがたい人だけれど。


『ラシェルから聖女の地位を剥奪する。聖女とは国を守り、民を力づけ、病を祓い、邪悪を退ける存在であるはずだ。だというのに我が父は病により急逝した。これは聖女を名乗るラシェルの怠慢に他ならない!』

『陛下の崩御において、聖女の施しが間に合わなかったことはその枕頭に足を運べなかった殿下が良くお判りでしょう?』


 ここまではまだ区長がまともだ。


 陛下は本当に急逝で誰もが風邪だと思っていたところ、もっと危険な病だとわかったのは崩御してから。

 同じ城内に住んでいた王太子さえ死に目に間に合わなかったのだから、城の外で起居するラシェルが間に合うはずがないのだ。


『聖女の結界の中にいれば病でそう簡単に死ぬことはない。それは周辺国で猛威を振るった流行り病さえ我が国では最小限の被害で防げた歴史が証明している。ならばなぜ、陛下は病で急逝された? それはそこにいるラシェルが、聖女として至らず、就任してから今日まで腕を磨かなかった怠慢のせいだ!』


 喋るごとに出て来るとんでも理論。

 ラシェルも修道女も言葉が出なかったけれど、そこは歳の功。

 区長はさらに噛み付いたらしい。


『老いた者、わざを終えた者が神の御許へ召されることを聖女の結界は関与しません。かつての流行り病も死者がなかったわけではないのです。お父君の死を嘆くお心はわかりますが、あまりにも暴論が過ぎます』

『今年で五十を数えたばかりの父が老いた者!? 隣国から出た亡命者の処遇を協議していた父が業を終えた者だと!?』


 そこが気になるところなのかしら?


 確かに老いたと言うには早いけれど、五十で死ぬ者がいないわけじゃない。

 業を終えた者というのは国を守って戦死したり、誰かを救って自らが死んだ者を、それが神の定めた運命だったと慰める常套句に過ぎない。

 そんなものに反論するだけ野暮だった。


 どうやらその後、何を言っても通じない王太子に、区長は理性的な説得を半ば投げたようだ。


『ともかく! 聖女の地位を剥奪するなど、越権行為です!』


 すると王太子は引き連れて来た貴族子弟らしい者に指示を出したという。


 修道女として暮らすラシェルが知る貴族は多くない。

 けれど国の中枢にいる高位の者は知っているラシェルが知らないと言うことは、逆に三下の貴族なのだろう。


『これが命令書だ。国王不在の今、この私が最高決定権を持つ!』

『そんなこと、議会が…………て、手書き…………!?』


 確かに区長はそう言っていたらしい。

 つまり高位貴族たちからなる議会は通さず王太子という身分だけで作った、王太子直筆の命令書。

 議会を通すと専用の紙に専用の飾り文字を書ける書記が作成するので、一目で区長も違いに気づいたのだろう。


 完全に王太子の暴走じゃない。


『これ以上命令に背くのなら、聖女を統括するはずの区長も監督不行き届きで免職もあり得るが?』

『…………た、確かにこれは、正式な命令書、となりえましょう』


 そこで折れるから人格を肯定できないんだこの人は!


『ただ、ただ、一つ問題がございます。…………ラシェルを退けて、いったい誰が聖女となると言うのです?』


 区長もラシェルが今世における最上の聖女と知っている。

 何せ聖女となるべき素養を持つ少女たちを全て見て来たのだから。


 区長の質問を受け、王太子は鼻高々に後ろに連れていた令嬢を隣に立たせたそうだ。

 その時、本当に鼻を上げていて鼻の穴が見えてしまったとラシェルは言う。

 たまにラシェルの羞恥のポイントがわからない。


 けれど頬を染めて視線を逸らす仕草は一幅の絵のようだとちょっと逃避してしまった。


『全くどうして区長ともあろう人間がこれほど聖女に相応しい素養を備えた令嬢がいることを見落としたのか。ラシェルより健全な肉体、ラシェルより豊富な魔力量、ラシェルより繊細な魔法技術、ラシェルより深い知恵をもったこのシヴィル以上に聖女に相応しい者はいない!』


 はい。

 この文言を聞いた私は、苦虫を噛み潰したようだとラシェルが語った区長と同じ心持ちだったでしょう。


 ラシェルは風邪を引きやすいところがある。

 それがないだけでシヴィルが健全?


 魔力量も魔法技術も知識量も確かにラシェルよりはある。

 けれどただの魔法ではないから聖女を魔法使いとは呼ばないのだ。

 ましてシヴィルが他の聖女候補から抜きんでているかと言えばそんなことはない。


 体の弱さこそあれラシェルもその他は特別他人に劣ることはない。

 何よりラシェルが秀でるのは聖女としての能力。

 国を守る結界において、今世ラシェルを越える者はいないと断言できる!


「…………イレーヌ、大丈夫?」


 馬車の中で、私はじっくり話を聞いて頭が痛くなってきた。

 王太子が今目の前に居たら胸倉を掴んでしまいそうだ。


「その、あなたにシヴィルは余計なこと言わなかった?」

「ずいぶん大人しかったわ。表情も女の子らしいと言うか、以前見た時のような気の強さを隠していると言うか」


 でしょうね。

 シヴィルの気の強さは同年代の貴族女性の間では有名だ。

 黒とピンクの組み合わせをそれは気に入っていて、その組み合わせのドレスを他の者が着ていると、しつこく攻撃するのは有名な話。

 その上虐めにも等しい嫌がらせをして、二度と着られなくするのだ。


 大抵はそこまでシヴィルに打ち合わない。

 喧嘩するだけ馬鹿を見る相手と見なし、絡まれた常識ある令嬢は二度と着ないし二度と関わらないだけ。

 それを自分が勝ったと吹聴するほどに気が強く自意識が高いのがシヴィルだ。


 そんなシヴィルが王太子に近づいた理由はと言えば。


「…………あの脳みそ筋肉男」


 いえ、義妹を近づけたのは兄だけどもっと言うべきは他にある。


「卑屈だとは思ってたけど! こんなやり方でラシェル追い出す!? 何より父親の葬式準備中で大臣たちが忙しい中、王太子がやらかす!?」

「イ、イレーヌ! 駄目よ、不敬だわ。落ち着いてちょうだい」

「不敬でけっこう! 自ら命令書を手書きしたのだって、議会に受け入れられないとわかっていたからよ! 卑怯者!」


 被害者のラシェルが怒っていいところなのに!


「だいたいいつもラシェルの美しさに劣等感丸出しの言動していたくせに、婚約破棄の時に一言もそれに触れないなんて性根が曲がってるわ!」

「私の顔は、造り物みたいで慣れないっていう方は、殿下以外にもいらっしゃるし」

「それは美しすぎて近づきがたいって意味よ! 自分が比較されて醜男に見えるなんて文句言う馬鹿は殿下だけだったでしょう!?」

「イレーヌ、駄目よ。馬鹿だなんて、そんな」

「国への貢献度もラシェルのほうが高いから! 大臣たちにも顔が利いて、気遣いができるから! 実務者たちにも覚えが良くて、何より街での奉仕活動にも積極的で民からの人気まであることを妬んでいるだけじゃない!」


 妬むくらいなら自分もやれ!


 私は怒りのまま後ろの窓を叩く。


「行先変更よ! 王都には戻らず郊外の別荘へ」


 私の命令で馬車は行先を変えた。


毎日二話更新(三が日中)

次回:手荷物は聖遺物

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