27話:救貧院の公子
救貧院の院長室で、私たちは無礼な来訪者を迎えることになった。
「失踪者が出る前に異国の特徴を持った男が目撃されている。最近この救貧院に異国の男が出入りしていると報告があった」
「ですから、その方は奉仕活動をなさるために」
「それはもうわかった。だからこうして私が直接、他国に来てまで奉仕活動をする珍しい男に会おうというのだ」
「あらぬ疑いです、公子殿下!」
院長の声で、私たちにも相手が誰かわかる。
同時に騎士が扉の前を譲って見えた顔は、確かにこの国の公子だった。
私も公の場で見たことがある。
確か長男の公子で、私たちと年齢はそう変わらない。
「やれやれ、ジル。この国は奉仕活動に国籍が関係するのか?」
「そんなことはない。同じ神を奉じるなら、何処の国に生まれても同じ神の信徒だ」
異国人として注目されることになったロジェは余裕を持ってジルに話題を振る。
国内の貴族であるジルとの親密さをアピールするためだったのだろうけれど、ジルは真面目に遺憾の意を込めて答えた。
公子もさすがに自国の有力伯爵家の人間の顔は知っている。
ジルの顔を見て眉を上げた。
「ジル? …………伯爵家のジルベールか」
「これは殿下、大公の名の元に見回りが来るとは聞きましたが、まさか公子自らお出でになるとは思いもしませんでした」
自国の伯爵家の人間と一緒にいる相手を疑うのなら、大公家が喧嘩を売っていることになる。
しかもジルの実家は大公家の与党。
争って益のある相手ではない。
状況の悪さを察知して、公子は今さらながら非礼を詫びた。
「すまない、早とちりのようだった。だが念のため名を聞かせてもらえるかな?」
「ボルボー王国のロジェだ」
笑顔でそれだけ答えるロジェの意地の悪さを感じる。
家名も地位も名乗らないロジェだけれど、どう見ても貴族子弟。
私は予想がついたけれど公子はわからない顔だ。
宰相は知っているのに、公子にまでは伝えていないのだろうか。
「そちらは、見たことが。確か、ヴァルシア王国の」
「お久しぶりでございます。イレーヌでございます。友人と共に公国へは休暇を楽しみに参りました」
ロジェに倣って私も公爵家とは言わずに名乗ってみた。
すると公子は男性陣に向けていたのとは違う気取った表情になる。
「あぁ、公爵家の。ご令嬢方もいたとは知らず、騎士が無礼を」
さすがに私の身元はわかるわね。
ラシェルほどではないけれど私も目立つ顔をしている。
毎年公国には来ていて、それなりに社交もしているのだ。
お互いに何処かの集まりで年に一度は見る顔だった。
「わたくしたちも突然のことに驚きを隠せません。突然屈強な殿方が母子の救貧院に押し入るなんて」
あえて現状を言葉にすると、公子と騎士は視線を逸らす。
失踪者に関わるかもしれない異国の男が目撃されたとはいえ、違うと言う院長の言葉を無視した責がある。
「行き違いが、あったようだ。我々も無用に騒がせるつもりはなく」
言い訳をする公子だけれど、犯人確保に勇み足をして院長の説明さえろくに聞かなかった事実は覆せない。
ロジェやジルはもちろん、院長のほうも見られず、公子は視線を彷徨わせる。
その目が私の後ろで俯くラシェルに巡ったようだ。
途端に気取った雰囲気はなくなり、申し訳なさそうに首元を擦る。
「顔も上げられないほど怯えさせるつもりはなかったのだ。本当に、申し訳ないことをした」
どうやらラシェルの様子に良心を刺激されたようだ。
「さようですか。わたくし共は今日はこれにて失礼させていただきますので、道をお開け願えますか?」
なので、こちらから強気に退室を申し出た。
遺憾のお知らせだ。
さすがに自国の公子に対する無礼ギリギリの私に、ジルは顔が引きつる。
間違ったことはしていないと思っていそうな騎士も不服顔ながら、公子に判断を求めて顔を向けた。
当の公子は気まずい様子で、引き留める言葉を言おうか迷う様子がある。
「よろしいですわね?」
「いや、突然割り込んだのはこちらだ。日を改めることとする。その、献身深き方々に神のご加護があらんことを」
公子は自ら退く形で、少しでも心象を良くしようと言葉を絞り出す。
国力で言えば公国よりも王国が上。
というか公国は王国優位の軍事同盟を結んでいる。
王国でも有力な公爵家令嬢に喧嘩を売った現状、上手く切り抜けなければ遺恨を残す結果となるだろう。
ただ私としてはラシェルのことについて大公と交渉するには良い材料を手に入れた程度のことなのだけれど。
そんなことを思いながら一歩踏み出そうとした時、突然、公子の目の色が変わった。
「…………なん、と…………美しい…………」
公子が喘ぐように呟く。
視線の先には私の後ろで顔を上げてしまったラシェル。
「ひ、非礼を詫びる! どうか、今少しお話を!」
完全に一目惚れした!
さっきと言ってることが違うじゃない!
というか公子、惚れっぽすぎではありません!?
「で、殿下! 女性を無闇に引き留めるのは感心しません」
「いいじゃないか、いきなり押しかけられてこっちも訳が分からないんだ。話してくれると言うなら聞こうじゃないか」
公子を止めようとするジルを、さらに止めるロジェ。
公子は頬を上気させて何度も頷く。
騎士と院長は公子の掌返しについて行けていない。
その間に公子は一気にまくし立てた。
「実は! 救貧院からの失踪者は他国へと誘拐されている可能性があるんだ! しかも大公家が建てた救貧院ばかりを狙って! これは他国が我が公国へ仕掛けた陰謀に違いない!」
そしてぶち上げる陰謀論。
それを半数が他国の人間しかいない場で言いますか!?
「是非お名前を! 麗しい方!」
「ちょ、公子殿下!?」
近づこうとする公子をジルが持ち前の長身で押しとどめてくれたけれど。
なんだか本当に帰らせてほしい気分になってしまった。
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