25話:聖女の資質
公国伯爵家の与えられた客間で、外からノックが投げかけられた。
「どうしたの、ジル?」
「君宛の手紙が王国から二通来たから持ってきたよ」
「わざわざありがとう。ラシェルはどうしているかしら?」
「今日は安息日だから朝からお祈りをしているよ。午前中で切り上げるから昼食は一緒にしよう」
神に感謝を捧げる祈りをすべしと規定された日で、敬虔な信徒であるなら教会へ参る。
私は修道院生活を離れてからしていない。
けれどラシェルは公国に移ってからも続けていたようだ。
そんな会話をしながら、ジルから渡された手紙には見知った封印が押されていた。
「二通とも兄弟からだわ」
「君、パトリックと手紙のやり取りなんてするのかい?」
「するわけないでしょ」
「だよね」
ジルでも知っている私の婚約解消の顛末。
だからこそ私にパトリックの紋章がついた手紙が来たことを不審に思い、わざわざ持ってきたようだ。
ペーパーナイフで開けてもらい、私はまずパトリックの手紙から読む。
「愚にもつかない内容ね」
続いてもう一通のトリスタンからの手紙を読む。
予想どおりパトリックの手紙と同じことに対する報告だった。
後は領地で身に感じる結界の異常について私の意見を求めている。
「…………何があったか聞いても?」
「えぇ。座ってちょうだい、ジル」
侍女も部屋から出して私はジルと向かい合って座る。
ただし未婚の男女なのでドアは開いたままだ。
「ラシェルを追放した王子のお相手については知っているかしら?」
「ラシェルから聞いた。シヴィルという子爵家分家の娘だとか」
「それと、パトリックの妻の妹よ」
「え!? うわぁ…………。それは、公爵もお怒りだろうね」
にっこり笑って否定はしない。
ジルはそんな私の反応で考え込む。
「君のほうが怒ってるのか? いや、そうか。姉妹揃って迷惑かけられたらもうその家自体が敵か。となるとパトリック、離縁させられるのかい?」
「あらあら、本当にジルは人間という不確定要素が加わると途端に明晰な頭脳が働かなくなるんだから。…………トリスタンがいて良かったわ」
「あ、なるほど」
さすがにジルもここでトリスタンの名前が挙がる理由は察する。
「もう切り捨てるなら失態を犯したパトリックごと、か」
「実際問題、四年が経っても自分の不祥事の尻拭いをしていないのよ。最近、不祥事を起こしたという自覚も薄かったことがわかったし」
「そこに来て聖女追放に加担したのか。まぁ、うちの母もパトリックが公爵になればつき合いを考え直すと言っていたし、それがいいんだろうね」
不倫の末の暴力という点において、パトリックは親族の女性たちから心象は悪い。
さらに反省のない様子は会えばわかるので、家長方からもいい評価はなかった。
叔母とは言え、他国に嫁いだ親類が危ぶんで我が家と考え直すのも当たり前だ。
「それで、結局手紙はなんだったんだい?」
「自称聖女のシヴィルがいやいや教会で結界維持のために力を使ったのよ。そしたら倒れたらしいわ」
私がおどけたように手紙を振ると、対照的にジルは真剣な表情を浮かべた。
「聖女の力は魔法とは違うと言われている。その最たる違いが、魔力を消費しないことだ。代わりに別の何かを消費し、無理をすれば聖女が意識を失うという」
確認するようにジルは語る。
「そのとおりね」
「魔力消費は枯渇による無気力はあっても、意識喪失には至らない。過去、三日間眠り続けたという聖女の記録もあって、命を削るのではないかとも言わてもいる」
「それは現状否定されているわ。どれだけ結界維持に尽力しても、長生きされる方はいらっしゃるもの」
私の言葉にジルは指を差してくる。
「そうなんだよ。命を消費しているわけではない。けれど確かに何かが結界維持のために聖女から使われている。そうでなければ意識喪失に至る理由がわからない」
あらあら、学者の顔になってしまった。
「まず魔法で考えても国一つを覆う結界の生成なんて無理だ。けれど現状ヴァルシア王国には聖女の結界が存在する」
「魔法では無理だからこそ、神の力を借りた奇跡と言われるわね」
「いや、最初の聖女がそうであったとしても、その後ヴァルシア王国の聖女たちが引き継ぐことができている。つまりは神ではなく人間の側に何かしらの要因が存在する術なんだよ」
その辺りは聖女を信奉する我が国において、宗教的な忌避感を持たれている。
結界は聖女でなければ行えない奇跡であると称することで権威を維持している面もあるのだから。
神の力と言われる結界を解明しようだなんて不敬なことよね。
私は自らにその力が備わっているので個人的な興味があるけれど。
「何か結界維持に必要な力の存在について知見はあったかしら、ジル?」
「この際だからラシェルに色々計測させてもらってるんだけど、数値で計れる部分に変化はないんだよね」
…………本当にこの従兄弟は。
思う相手を捕まえて研究の手伝いなんて何をやっているの。
「じゃなくて、それ、聖女に協力させるって、下手をしたら宗教問題なんだから気をつけてよ」
「え? あ、そうか」
ジルは全く気付いていなかったようだ。
ラシェルはこんな探求心に溢れたジルを無碍にもできないでしょうし。
ちょっと初日にデートの邪魔をしてしまったのが悪い気がするじゃない。
「あなた、ラシェルが好きなのよね?」
「ぶえぇ!? す、すす、しゅき、好きだなんて、そんな!」
「あら、嫌いなの?」
「ありえない!」
拳を握って断言しておいて、ジルは真っ赤になって椅子に崩れ落ちた。
「…………も、弄ばないでくれ」
「別に弄んでなんていないわ。今のは完全に自滅じゃない」
両手で顔を覆うと、ジルはくぐもった声で聞いて来た。
「応援は?」
「しないわよ」
甘ったれたことをいう従兄弟は、言葉にならない呻きを上げる。
「少なくとも公国に引き留めようとするならあなたは敵よ、ジル」
「そんなことはしないけど、でも、頑張れとか助言とか何かさぁ」
「何よ、そんなにラシェルからは脈なしなの? それはそれで私は安心だからいいけど」
ジルは大きく溜め息を吐くと、顔から両手をどけて私に顔を向けた。
「たぶん、国が心配なんだと思うよ」
ジルの言葉に今度は私が詰まる。
「君が忙しいのもわかるけど、王国に戻ったらもう少し手紙を送ってくれないか?」
「わかったわ。気をつけます」
ラシェルへの申し訳なさと共に、私は喜びを密かに噛み締めた。
そう、これよ。
聖女としてシヴィルにはもちろん、私にも足りないもの。
ラシェルのこの底なしの慈悲深さこそが、聖女たらしめる資質なのだと確信していた。
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