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23話:救貧院

 公国へ来て三日。

 私は宰相へのアポ取りと同時に、伯爵家を通じて大公への謁見許可を申請した。


 この国の宰相は私が来るまでラシェルにも伯爵家にも触らず静観していたのだ。

 だとすれば、現状維持の上で公国側と折衝が必要だろう。


 伯爵家の手を借りつつ情報収集もし、わかったのは救貧院に出入りする美人の噂。

 聖女と結びつける者がいないのは幸いだけれど。


「ラーシェールー? あなた、救貧院へはちょっとした手伝いと言っていなかった? それなのに、何故そんな完全に水仕事をする格好なのかしら?」


 ラシェルが手助けに通うという救貧院へ同行するため、伯爵家の玄関で集まった。


 ラシェルが着るのはブルーグレーの厚手のドレス。

 同じ生地の前掛け以外は簡素でいっそ実用的だ。

 ただどう見ても、完全に、平民の労働者女性の恰好である。


 働く気満々じゃない。


「戻って着替えるわよ! ジル! あなたも止めなさい!」

「で、でも、子供たちと遊ぶには動きやすいほうが…………」


 ラシェルの言い訳を黙殺して、私は伯爵家の侍女も呼んで着替えさせた。


 動くことを前提に細身のドレスを選び、けれど袖には白いリボンと首には白いスカーフで汚れ仕事はさせない姿勢だ。

 前掛けはストライプ柄で装飾性を重視し、機能的だけれど一目で貴族令嬢であることがわかるようにする。


「もちろん淑女ですから? 出かける際には共布を使って飾った帽子を外さないように」

「…………はい。日傘をつけないだけ、イレーヌの優しさなのね」

「今日行く救貧院は母子を対象にした施設だと聞いているもの。子供が怪我をする恐れがあるから日傘は私も持って行かないわ」


 私も今日は布地を重ねない形のドレスを着ている。

 首元のブローチ以外に引っ掛ける恐れのある装飾品はなし。


 思ったより時間のかかった着替えを終えて私たちは玄関へと向かった。

 するとジルが待っているはずの行く先から話し声が聞こえる。


「訪問予定を事前に聞くのは当たり前のことだと思うけれど」

「道ですれ違った花屋の荷車にイレーヌに似合う花を見つけたんだ。枯れない内に届けるのは当たり前だろう?」

「え、花は、うん、生き物だし、あれ?」


 ジルが誰かに言いくるめられている。


「イレーヌ、この声…………」


 ラシェルも気づいた様子で私の袖を引く。

 様子からしてジルのほうが押されている状況で、隠れていてもしょうがない。


 気は乗らないけれど出かけるのだから玄関に行くしかなかった。


「何をしていらっしゃるの、ロジェさま?」

「いたな、イレーヌ。敬称なんていらない、ロジェと呼んでくれ」

「ごめん、イレーヌ」


 止められなかったジルが面目なさそうに下を向く。


 ロジェは言い訳か本気か、赤いバラを主にした花束を持って来ていた。


「まぁ、綺麗」

「おっと、これはしくじったな。聖女さまへの手土産を忘れた」


 ラシェルの声にロジェは視線を泳がせる。

 本気なの?

 そしてどうして自分の分を忘れられて、ラシェルは嬉しそうに笑っているの?


 困惑しながら近づくと、無造作にバラの花束を渡される。

 つい花束を受け取ってしまった私を、ロジェはじっと見つめた。


「うん、似合うと思ったんだ」


 言うと、花束から薔薇を一本抜き出して私の帽子に差し込む。


「何をしてらっしゃるの?」

「うん? 飾りっ気が少ないと、飾り甲斐があるなと思って。無闇に物を贈るのはどうかと思ってたが、イレーヌを見てると贈り物に熱心な奴らの気持ちがわかる」


 笑顔で頷くロジェの脈絡のなさに、私は言葉が出ない。


 なんだろう、この屈辱?

 いい返しが思いつかない。

 ここは笑って流すべき? それとも勝手に他人を飾らないでとはっきり拒絶すべき?

 どちらにしてもまた予想外のことを言われそうで構えてしまう。


「それで、今日は何処へお出かけなんだ、聖女さま?」

「救貧院へ行きます」

「ラシェル…………」


 そんな素直に答えないでちょうだい。


 私の呼びかけで、ラシェルもお忍びであることを思い出して口を押さえる。

 もう遅いのだけれど。


「あなたがついてくる必要はないでしょう?」


 案の定、救貧院へロジェが着いて来た。


「そういう割にしっかり俺にも仕事振って来たじゃないか」


 私とロジェは炊き出しのための野菜の皮むきをしている。

 救貧院の院長に挨拶をして、ラシェルとジルは待っていた子供たちと外遊びをしていた。


「それに救貧院に群がってた聖、じゃなかった。ラシェル目当ての邪魔な男たちを追い払うのに役立ったと思うんだけど?」


 ロジェは手慣れた様子で皮を剥きつつ、院長へ挨拶するまでのひと悶着を引き合いに出す。

 なり上がり王子とは言え、貴族だったはずなのに、どうしてこんな特技があるのかしら?


「慣れたもんだな。ヴァルシア王国では公爵令嬢も料理をするのか?」

「まさか。ただ、ヴァルシア王国には中央教会へ労役に赴く決まりがあるので、その時には身分関係なく自活をしますから」

「うん? それって確か、聖女を捜すための労役だろ? つまり、イレーヌは聖女の能力を持ってるのか?」

「能力だけで言えば、ヴァルシア王国内には常時百人以上います」

「そんなにいるものなのに、真面目に修道院生活してたんだな」


 そっけない応答にもめげないロジェ。


 手がお留守になればそれを理由に話を切り上げるのに。

 ロジェは手元をあまり見ることなくするすると皮を剥き続ける。

 逆に久しぶりに刃物を持った私は感覚をなかなか取り戻せない。


「それ硬いんだろ? 俺のほうは皮が薄くて剥きやすい。交換な」

「え? あ…………ありがとう」


 力を入れ直すため刃を離した隙に、持っていた野菜を交換された。

 そして私が苦戦していた厚い皮をロジェは難なく剥いてしまう。


「お、素直。花束渡した時にそれ聞きたかったけど、俺が楽しかったからそっちはいいか。剥きにくいのがあったら渡してくれ。こんなことでイレーヌに格好つけられるなら安いもんだ」


 本当に調子が狂う相手ね。

 なんで野菜の皮むきをしながら口説かれるのかしら?


「あなた、本当にラシェルを放っておく気?」


 思わず直球で聞いてしまった。


「聖女さまはなぁ、正直好みじゃないんだよな。気が強いくらいのほうが俺は」

「そんなこと誰も聞いてません。聖女と知っていて、国許にも報告している様子がないのは何が狙いなの?」


 軽く睨んでみせるとロジェの笑みの種類が変わる。

 飄々としている中に抜け目のなさそうな色を湛えていた。


「嬉しいね。俺に少しは興味持っていてくれたわけだ」

「茶化さないで。あなた、公国の内情を探りに来たのでしょう?」


 私の詰問にも応えた様子はなく、ロジェは口笛を吹く。


「近づけばその内ばれるとは思ってたけど、会って二度目でかぁ。いいね、機を見るに敏。戦いに向いてる」

「戦場でなくとも、相手の目的と戦力を計るのは当たり前の備えでしてよ?」

「ますます好みだ。戦う気構えのあるその目、一生見ていられる」


 だから、どうしてこの話の流れでそうなるの?

 今、腹の探り合いしそうな雰囲気だったでしょう?

 これはロジェなりの狙いを逸らす作戦なのかしら?


 それにしては本気しか感じられないせいで、私はあしらうタイミングを逃してしまった。


毎日更新

次回:友人が聖女

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