21話:隣国の王子
三人を相手に黒髪の青年は鮮やかに立ち回りを演じた。
強烈な拳と蹴りを一発ずつもらい、三人は逃げ始める。
「お、覚えてろ! その顔忘れねぇからな!」
「口の割に手応えがなさすぎて俺は忘れそうだ! 次に会った時は一度負けた相手だと名乗ってくれないかー?」
「馬鹿にしやがって!」
「この街で好きにできると思うなよ!」
三人の男たちは痛む体を押さえて走り去る。
黒髪の青年の圧勝だった。
それほどに戦うことに対しての姿勢が違う。
黒髪の青年は素人ではない。
「さて、これで俺への怒りのほうが勝ったとは思うけどな。その美貌を簡単に忘れるとも思えない。今度からは護衛を連れたほうがいいと思うぞ?」
こちらを向く青年の瞳は琥珀色。
余計な挑発は私たちを守るためだったらしい。
ジルが着くまでに的確に相手の急所を打った腕前も確かで、気回しもできるとはなかなか。
私は軽く膝を折って淑女の礼を取った。
「ご助力感謝いたします。…………ボルボー王国の殿下?」
「へぇ?」
驚いたと言うよりも興味深そうに青年は声を漏らす。
ボルボー王国は十年ほど前に建国された東の隣国。
北の国からの侵攻に反抗するためにできた国で、ヴァルシア王国も建国に関わった。
「そうか、昨日宰相の屋敷から出る馬車に乗っていた? それだけでよくわかったな。俺は三男のロジェだ」
ボルボーの第三王子ロジェは、気さくに名乗る。
「後学のためどんなところで気づいたのか教えてくれるか?」
「宰相に会える身分だけれど所属を表す印は何一つ身に着けていないこと、私たちと同じ年頃で異国の響きのある言葉、さらには軍属の可能性があり実戦経験さえありえる腕前と考えれば自ずと」
「それだけで? 天が二物を与えるなんてことあるもんだな」
言葉は軽く、気負った様子もない。
けれど帽子を取って慣れた様子で紳士の礼を返す姿には、私を讃えるような敬意が窺えた。
「高名な赤きアマリリスの姫に会えるとは光栄。また聖女さまにおかれても息災なようで何より」
ついでのように言い当てられて、ラシェルは息を飲む。
うん、その美貌は有名だから。
ラシェルには後で目立つ自覚を持ってもらおう。
そして私は家紋のついた馬車に乗っていたし、我が家の娘は私だけだし推測は立つ。
そんな私と連れ立っていることから、ラシェルの身元についての推測は簡単よね。
「はは、そこまで素直に驚かれると悪い気はしないな」
礼を解いて私にウィンクしてみせるロジェ。
その間にジルがラシェルのほうを庇うように動く。
けれど先ほどのロジェの動きを考えるに、ジルでは盾にもならない気がする。
「こうして会ったからには一つ、国同士の関係上聞いておきたいことがあるんだが?」
「私はしがない貴族の娘ですから、殿下にお答えできることはございません」
気軽にとんでもないことを言うので、私もざっくりと断る。
こんな路地裏で国同士の話などするものではない。
「ロジェと呼んでくれ。未だにその殿下というのには慣れないんだ」
挫けないどころか全く別方向について言及された。
見る限り本気で言っているように見えるけれど。
我が国の王太子だった方とずいぶん違うものね。
「それに、俺でもヴァルシア王国の公爵家は知ってる。しがないなんて言われたらうちはどうすればいい?」
茶化すように肩を竦めるロジェに嫌みはない。
一歩近づいたロジェは、整った顔立ちにくせのある笑みを浮かべた。
「俺相手に無用な謙遜はいらないし、血筋がなくてもあんたは十分魅力的だ。国なんて関係なくお近づきになりたいところなんだが?」
軽い。
軽すぎる。
言ってる内容が先ほどの三人と変わらないじゃない。
「あれ、駄目?」
「そんな見え透いたお世辞を言われてどうしろと?」
思わず素で返してしまったけれど、ロジェに気にした様子はない。
「十分いい女だと思ったから口説いたんだが。もしかしてヴァルシア王国のほうだとこういうのはお世辞の部類か? うーん、不快にさせたなら悪い」
「口説…………」
あけすけな上に素直に考え直すように退く。
構えることのないロジェの対応に、私のほうが肩透かしを食らってしまった気分だ。
「なんだか余計に相手にされないような雰囲気だな?」
私の困惑と脈のない反応に、ロジェは苦笑いを浮かべた。
そう真正面から言われると、私も繕う気がなくなる。
「ラシェルを見て私を口説こうなどという者は、お世辞以外でしたら相当に審美眼が歪んでいると言わざるを得ません」
本気が伝わったのか、ロジェは手を打つと頷いた。
「確かに聞きしに勝るというやつだな。だが、俺はあんたの男を相手に引かない姿に惚れた。その気の強さに凛々しい美貌、儚い美よりもずっと心惹かれる」
「惚…………れ…………え?」
「これは個人の好みであって審美眼が歪んでるなんてことはないと思うんだが?」
あまりの発言に私は返す言葉も浮かばない。
こんなことは初めてだ。
場を弁えて発言しないことはあるけれど、本当になんと返せばいいかわからなくなっている。
ここは無礼者と言って去るほうがいいのかしら?
けれど悪気のなさそうな相手にそんなことをしては私のほうが大人げないのではない?
え? 本当にこれ、どうするのが正解なの?
「ロジェさまー!? いずこー!? また勝手に独り歩きとか! 本当やめてくださいよ!」
「おっと、時間切れか」
私の混乱を他所に、ロジェは自らを捜す声を振り返る。
従者か何かだろう供をロジェは置き去りにしていたようだ。
文句を交えつつロジェを呼ばわる声は少しずつ離れていく。
「ちょっとの散策くらい一人でさせてほしいもんだ。まぁ、そういう身分じゃないって話なんだろうけどさ」
ロジェは少年のように笑うと私たちに背を向ける。
「また会おう、イレーヌ。次は手土産の一つでも持参する」
軽やかに踵を返してそんな言葉を残すと歩き出す。
と思ったら思い出した様子で肩越しに振り返った。
「それと聖女さまはお見知りおきを」
軽く手を振って去る姿を、私は茫然と見送るしかない。
本当にラシェルはついでのように扱うなんて。
私が思う以上に、美しすぎる女性を好まない男性というのはいるのかしら?
そんな疑問に気を取られ、お断りを告げることさえ忘れてしまっていた。
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