20話:即位の様子
公国でラシェルと合流し、私は散歩と称して市街を回った。
貴族の別荘が並ぶ地区の近くまで戻ったところで、ラシェルが思い切った様子で私に話題を振る。
「イレーヌ、即位の式典はどうだった?」
話題が話題なので、ラシェルは声を潜めて顔を寄せる。
「公国に何か噂が回ってる? やっぱりラシェルがいないことを心配する人が多くて、私もお父さまも色んな人に捕まってしまったわ」
「え? あ、そう、そうなの…………?」
ラシェルは照れて頬を染める。
実の両親にいらない子扱いされていたせいで、自信のないところがあるラシェル。
まさか心配されているという状況さえ想定外だなんて。
新王周辺の暴走で、あのごく一部以外はラシェルを待ち望んでいるのに。
やっぱり一番近かった区長が掌を返したのがいけないのかしら?
あ、思い出したら苛々して来たわ。
「即位のスピーチを文官任せにしていたせいで、ラシェルのこともシヴィルのことさえ何も触れないままだったのよ。お蔭で他国の貴賓にまで呼び止められてしまったわ」
即位が終わった後は、親しくもない家からお茶や晩餐に誘われもした。
「曰く、あの白い毛皮のマントを着た令嬢はどなた? ってね」
「白い毛皮の? それは、王家の親族女性の正装よね? なのに、令嬢?」
「シヴィルよ。立ち位置は親族女性の筆頭である皇太后の隣」
つまり、妻の座だ。
あれは相当な混乱の種だった。
周知もされず挨拶もないままに式典は終わり、その後も国からの発表は何一つないのだから。
「しかも聖女交代のことも婚約破棄のことも何一つ公表もしない。何を考えているのかしら? いえ、あのシヴィルのことだから身代わりが用意できてから大手を振って聖女をしたいなんて馬鹿な考えでもあるのかも」
「そのシヴィルという令嬢が、新王の即位パレードで隣に座っていたという謎の女性かい?」
後ろからついて来ていたジルが基本的なことを聞く。
式典は王侯貴族しか見られないけれど、王都を巡るパレードは誰でも見ることができ、すでに公国にまでその話は届いているようだ。
「イレーヌの色目があるとは言え、あまり歓迎される状況ではないみたいだね」
「ジル、聖女の務めを鈍い田舎娘のラシェルにできて自分にできないわけがないなんて言う方を、聖女として歓迎できて?」
「無理だね」
即答するジルに、私は深く頷く。
シヴィルの悪口をフォローしようとすると、ラシェルは聞いていなかったようで独り言を呟いた。
「私を追放までしたのに、どうして? 聖女になりたかったのではないの?」
「ラシェル、シヴィルは一度聖女の御坐所に行っただけできつさに耐えられなかったの。私が見に行った時には区長と恥ずかしげもなく喧嘩をしていたわ」
「ラシェルより優れてると大見栄切ったんじゃなかったのかい、その令嬢は?」
「そんな妄言も言ったらしいわね」
その上で私に聖女を肩代わりさせようとしているけれど。
「うん、楽しくない話は後にしましょ。叔母さまには紅茶とお菓子を手土産にお茶をして、本命は新しい日傘辺りかしら?」
「なんで最近日傘を買い替えたいと言ってることを知ってるんだい?」
ジルが面白いくらい素直に驚いてくれる。
去年来た時に、気に入ってずっと使っていた日傘があったのを見ていた。
そろそろ買い替え時かと予想したに過ぎない。
「お勉強はできるのにそんな簡単なことも気づかないなんて。あなたのその賢さをたまには人間相手に向けてはどう?」
「こ、答えの決まっている勉学と、相対的に変わり続ける人間を一緒にしないでくれ」
人付き合いのまずさを自覚するジルが言い訳をすると、ラシェルは首を横に振った。
「私からすれば二人ともとても頭が良くてどうしてなんでも見透かしてしまうのかいつも不思議よ。ジルはきっと、少し見方を変えれば答えに気づける能力はあるのだと思うわ」
ジルはラシェルに褒められた嬉しさと同時に、その笑顔に見惚れる。
「顔がだらしない」
ジルに肘を入れて私はラシェルと一緒に先を歩いた。
別荘地に近い場所を散歩の延長で回る。
ただこれという日傘に巡り合うことはなかった。
けれど三人で楽しく港町を散策し、日も沈み始めた時にジルが足を止めた。
「そう言えばそこの道を抜けた先に階段があるんだけど、そこから海の見晴らしがとてもいいんだ。帆船の帆が整えられた角度を描いて並ぶのはとてもバランスがいい」
バランス?
それは景観を褒める言葉としてどうなのかしら。
いっそどんな景色が見えるのか興味が湧くわね。
「行ってみましょうか、ラシェル」
「えぇ」
「あ、待って、す、すみません」
後ろでジルが誰かにぶつかったようだ。
ラシェルは気づかないようなので、私もそのまま進む。
すると道の先に出ようとしたところで塞ぐ者が現われた。
「お! こりゃ美人さん二人! どうした? 俺たちが街を案内してやろうか?」
明らかに私たちが通れないよう行く手に立ち塞がってそんなことを言う。
貴族には見えないけれど、着ている服は悪くない。
たぶんこの辺りで羽振りを利かせている商家の息子あたりだろう。
相手は三人。そして下心を隠そうともしない。
「連れがいますので結構でしてよ」
ラシェルを背後に庇って私は毅然とお断りを告げる。
こちらが上位であることを堅持してみせるのだけれど、どうやらそんな空気は読んでくれない程度の相手だったらしい。
「いやいや、そんなつれないこと言わずに。俺ら穴場知ってるから」
その穴場とやらで何をするつもりかしら!?
絶対観光じゃないでしょ!
「近寄らないでくださる? 人を呼びますよ」
「まぁまぁ、そうきつく当たらないでさ。仲良くしようぜ」
これだけ拒絶されてもしつこいなんて。
ジルの所に戻っても相手は三人。
ここから走って貴族の別荘地へ戻る方法を考えたほうがいいかもしれない。
私が逃げる算段を考えていると、全く別の声が割り込んで来た。
「おいおい、通行の邪魔だと思ったら。随分と恰好の悪いことをしてるじゃないか」
「あんだ!?」
男たちの後ろから通行人が現われる。
黒いクラバットに黒髪、黒い帽子。
よくいる貴族子弟のような恰好だけれど、言葉がそれらしくない。
「イレーヌ、ラシェル? 何をしているんだ!?」
そこにジルがようやく追いつく。
絡まれているとわかり慌てて走ってくるけれど、声からして荒事向きではないことがばれてしまっていた。
「次から次へとうるせぇな! 俺たちが先に目をつけたんだ引っ込んでろ!」
「嫌がる相手に後も先もないだろ。待てを躾けられた犬のほうがお上品だな」
「馬鹿にするなよ!?」
そしてジルが来る前に、黒い男と喧嘩を始めてしまっていた。
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