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19話:ラシェルとの再会

 公国の首都は海に向かう坂の街。

 大公の城が街を見下ろすようにそびえている。


 気持ちの良い海風を受ける港近い別荘のバルコニーに、ラシェルはいた。


 私は顔見知りの使用人たちと示し合わせて、到着を告げずにバルコニーへと入る。


「ラシェル!」

「え? まぁ、イレーヌ!」


 私に気づくと座っていた椅子から立って、ラシェルは腕を広げて駆け寄ってくる。

 私もラシェルと硬く再会の抱擁を交わした。


 顔色は悪くない。笑顔も翳っていない。

 宰相は確認だけでラシェルに接触はしていないようだ。


「来るとは連絡を受けていたけれど、いつ着いたの?」

「今、と言いたいところだけれど、街に入る前に宰相閣下に捕まってしまったの」

「え!? 何があったんだい、イレーヌ」


 声をかけて来たのは、バルコニーでラシェルと向かい合っていた青年。


 癖の強い波打つ髪と長身が目につく従兄弟のジルだ。


「ジル…………あなたまた身長伸びたんじゃない?」

「え!? え、どうだろう? いや、言われてみればズボンが短くなったような?」


 男性の中でも長身なジルは、自分の足元を見下ろして首を捻る。

 整った顔立ちの割にあか抜けない雰囲気だけは相変わらずのようだ。


 ただ気の回らないところはあるけれど、決して鈍いわけじゃない。


「もしかして、ラシェルのことを宰相閣下は?」

「えぇ、お気づきだったようよ」


 ジルは腕を組んで悩む様子を見せる。

 気づかれていると把握しきれなかった不手際は、この伯爵家の評判にも関わる。


「隠し通せるとは思ってなかったけど、いつの間に」

「えぇ、まさか即位が終わってすぐに気づかれるとはね」


 ラシェルが追放されたことなど国内でも秘匿されている。

 公国になんの報せもなく聖女が観光に来ているなどとは思わないだろう。

 ラシェルの存在に気づくきっかけがあるとすれば、即位式にラシェルの姿がなかった点。

 そこから調べて私が来るまでにラシェルの所在を押さえていたと考えるなら、宰相の情報の速さと正確さには驚嘆せざるを得ない。


「やっぱり美人過ぎて噂になったんだね」

「ジル、本気? …………いえ、まぁ。ありえないとも言えないわね」


 噂の美人の身元を探ったら聖女だった?

 公国の宰相ならラシェルを見たこともあるでしょうし、ないとは言えないけれど。


「イレーヌ、私、何か?」


 私とジルの会話に、ラシェルが不安そうにこちらを見ていた。


「あぁ、違うわ。ほら、聖女は国を守る要で、いわば要人よ。そのことを公国の上層部に伝えていなかったから驚かれただけ」


 本当はもっといろいろ探られたけれど、そこはもうラシェルがどうこうという話ではない。

 隣国で繋がりも深い公国なのだから、ラシェル個人への興味などより、ヴァルシア王国の今後について探る意味合いが多かった。

 それに宰相の言動から、新王ニコラが議会さえ開いていない政治的空白が起きていることもばれているだろう。


「その辺りは私のほうの手回しの悪さだから気にしないで。それで? そのドレスはどうしたのラシェル? とても似合っているじゃない」


 話を逸らすことも兼ねて、私は気になっていた話題を振る。


 ラシェルが着ているのは、王国では見ないセーラーカラーのドレス。

 アクアブルーのストライプが施されたデザインは新鮮で、小花柄のスカートも可愛い。


「ありがとう。実はこれ、ジルが思い出にってこちらでドレスを作ってくれて」

「なんですって? 朴念仁がどうしたの?」

「イレーヌ、君、そんな風に思ってたのかい?」

「だってどう見てもこのドレス散策用じゃない。つまりは正装用も別に仕立ててあるんでしょう?」


 こういう時に贈るとなれば、正式な場で着られる服装が主となる。

 正装に合わせた揃いの宝飾品が一般的だとは思うけれど、貴族の子息が貴族の令嬢にわざわざ贈るのなら、散策用のドレスはおまけだ。


「う…………どうしてわかるんだい? いや、うん、実は…………母からの、助言で」


 ジルは赤くなって俯く。

 けれど背が高いから私たちには丸見えだった。


 嘘を吐けないのがジルのいいところだとは思うけれど、さすがにそれは正直すぎて男としてどうなの?

 贈り物が母親からの助言でしたなんて、ちょっと格好悪いわ。


「まぁ、だったら私、まだ伯爵夫人にお礼を言っていないわ。こんなに素敵な物を貰っておいて、どうしましょう。ジル、伯爵夫人のお好みを教えてくださる?」


 あ、そう言えばラシェルも素直な子だった。

 なんだか私が邪推したようで恥ずかしい。


 最近ぎすぎすした空気に慣れてしまっていたから。

 いえ、今は休暇中のラシェルに会いに来たのだもの。

 私も煩わしいことは一度横に置いて、この公国を楽しんでもいいでしょう。


「ちょうどいいじゃない。このまま買い物へ行きましょう? 二人も何処かへ出かける予定だったのではない?」


 実はジルも外歩き用の服装をしている。

 私はもちろん来たばかりなので歩きやすい旅装のドレスだ。


「えぇ、ドレスをいただいたお礼をと言ったら、贈ったドレスで一緒に散歩をしたいと言われて。日が翳った頃を見計らって出かけましょうと言っていたところなの」


 ラシェルはなんの気負いもなく美しく笑う。


「ははーん」

「イレーヌ、わかっているなら」


 散歩と称してデートをするつもりのジルを見ると、ラシェルに見えないところで哀願するように私に頭を下げる。

 にっこりと笑いかけるだけでジルを放置し、私はラシェルに向き直った。


「そうね。発案は叔母さまでも、贈り主はジルなのだから散歩につき合うだけでは申し訳ないわね」

「えぇ、そうなの。本当によくしてもらっていて、私なんかが、身に余ることだわ」

「そ、そんな! 君ほど素晴らしい女性を歓待しないわけがないよ」

「でも、私はもう…………」


 聖女ではないのに、とラシェルは言いたいのだろう。

 聖女という身分がなければ公国でも指折りの伯爵家と王国での小さな男爵家。格が違いすぎる。


 好きで歓待していることを負い目にされて、ジルは困った末に私を見た。

 貴公子ならそこで気のきいたセリフが欲しいところだけれど、朴念仁のジルには難しいようだ。


「あら、良かった」


 あえて明るく言うと、ラシェルもジルも驚いた表情で私を見た。


「ジルが気の利いたことをして私のやることは何もなくなったかと思ったけれど、そうでもないみたいね。お礼は何をしましょうか? お菓子を作ってお茶会? 無病息災を願う祈祷? ラシェルは声も綺麗だから詩の朗読会もいいわね」

「え、えぇ! それなら私にもできるわ。喜んでくれるかしら?」


 具体例を上げたことでイメージが湧いたのか、ラシェルの気持ちは浮上したようだ。


「何をするかはすぐに決めなくてもいいわ。今は行きましょう、ラシェル。叔母さまの好みなら私も知っているから、プレゼントになる物を探しながら散歩よ」

「うん? あれ? どうしてイレーヌがラシェルと散歩に行くことに…………って、待って! 僕を置いて行かないでくれ!」


 デートを邪魔されたジルの怨み言は聞かず、私はラシェルの腕を引いて部屋を出る。


 たとえ身内と言えど他国の貴族に大事な聖女と懇意にさせるものですか。

 ラシェルを口説きたいなら王国に来てからにしなさい。


毎日更新

次回:即位の様子

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