101話:新王の出奔
反乱を治めた王都では、新王を捕らえて弟君を迎えた。
これで問題は解決。次には宣戦布告をしようとしてる北の国への対処をしなければいけない。
やることはあるけれど聖女も戻って国は安泰。
なんて…………そう思った時期が私にもありました。
「逃げた!?」
ロジェに招かれてボルボーの公館を訪れていた私は、反乱時の対処についての言い訳を打ち合わせていた。
まぁ、主に私は婚約者発言の撤回を求めて、ロジェはなし崩しにお父さまへの面会を求めての攻防だ。
そこに屋敷で怪我人の報が入り、私は心配したロジェと一緒に戻ることになった。
そして聞いたのが逃亡の報告。
「どうやって!? いえ、それより怪我人はパトリックがやったの?」
屋敷に軟禁していたパトリックが逃げ出した。
暴れないように反乱の詳細も新王の処遇も言っておらず、見張りをつけての軟禁だったのに。
それがどうしていきなり?
「それが、カロリーヌさまがいらっしゃって」
執事は深刻そうな顔で怪我人の下へと私を導く。
向かう先はパトリックを軟禁していた部屋だ。
蝶番が一つ外れてぶら下がるドアの側で、怪我人は介抱されていた。
「ドアを打ち付けれて鼻血もそうですが首に違和感があると」
「動かさなくて正解よ。回復するわ」
私の姿に介抱していた使用人が説明しながら場所を空ける。
パトリックの暴行に腹を立てながら回復する私を、ロジェは見守りつつ執事に説明を促した。
「その妻がやって来た辺りから詳しく話してくれ」
「はい。城に住み続けられなくなったため親もとへ戻ると仰るカロリーヌさまが、単身お出でになりました。居を移すことを夫であるパトリックさまに伝えたいとのことで。もちろん陛下の退位を含む情報ですので伝えるわけにはいかず。それでも一目と粘られまして」
「会わせちまったのか」
「面目次第もございません。今となっては言い訳でしかありませんが、カロリーヌさまにも見張りをつけました。ですが、パトリックさまが突然…………」
部屋の中を示す執事に応じて、中を覗き込むロジェ。
「なるほど。抵抗する前に全員気絶させられたか。それで物音に気づいた一人はドアをぶつけられたと。随分手際がいいな。事前に夫婦で何か合図でも決めてたのかもしれない」
「それでパトリックとカロリーヌは何処へ?」
回復を続けながら私が問うと、執事は厳しい面持ちで告げた。
「馬車は王城のほうへ走ったようだと報告されております」
何故今さら王城に?
そんな疑問を覚えた時、使用人が可能な限りの速足でやってきた。
「申し訳ございません。聖女さまと公爵夫人、ならびに」
「急いでいるから今は無礼に目を瞑ってちょうだい」
報せる使用人を押しのけてエルミーヌさまが現われた。
その後ろにはアンナさま。さらに後ろにはラシェルとジルが続く。
「何があったのですか!?」
「こっちはイレーヌの兄貴が兄嫁の手引きで逃げ出しましたよ」
簡単なロジェの説明にアンナさまが頷く。
「こちらもカロリーヌの手引きでどうやら陛下とシヴィルさんが逃げ出したようだと聞いております」
「私たち、イレーヌのところへ行く途中でその話を聞いて」
「たまたま通りかかった夫人方の馬車に同乗させていただいたんだ」
ラシェルとジルは徒歩で我が家に向かっていたそうだ。
そこにアンナさまとエルミーヌさまが通りかかって拾ったらしい。
「カロリーヌは城を出て行くために荷造りをしていたの。だから男手と大荷物を持っていても止められずに王城へと入ったそうよ」
「連れていた従僕がイレーヌさんの兄だったのかもしれませんわね。陛下たちは衣装箱の中にでも…………ふぅ、王家の威信をどれだけ辱めれば気が済むことか」
アンナさまとエルミーヌさまが言うには、他にも数人一緒に逃げたそうだ。
逃走のための馬車と人員はカロリーヌが手配済みで素早く王都から脱出したと言う。
「な…………んて、ことを…………!」
今この時に、反乱を契機に退位と弟君の即位を目前にしたこの時に!?
今はまだそのための書類や打ち合わせをしている段階だ。
北からの宣戦布告が迫っている中、早急に譲位してもらわなければ困るのに。
実権を剥ぎ取られたものの新王がまだ王だ。
そして退位の書類へのサインもまだなのだから、今新王に逃げられたとなれば今日までの苦労も我慢も無に帰す。
「今までいったいなんのためにここまで…………!」
「落ち着きなさい、イレーヌさん。城のほうで追跡を出しています。他国への亡命も懸念して早馬も国境へと向かわせました」
「王領では反乱があったのだから、陛下が逃げ込める先は限られているわ。あの元嫡子が一緒ならなおさらね」
「はい、男爵領でしょう。あそこの館は平地です。でも教会は古く岩場を背にした攻めにくい地形にあります」
全く、主導的立場なのに我が家は割を食ってばかりよ!
パトリックのせいで!
「公爵も同じ意見でした。そして、今早急に問責の使者と陛下の弾劾決議を発する手続きを行っています」
「王都を捨てたのだから当たり前よね。叩き落とす決定的な行動をしてくれたと思いましょう。あとは早期解決のみよ」
アンナさまとエルミーヌさまが慰めるように言ってくれる。
そうだ、落ち着こう。
今はやるべきことをやらないと。
「…………そうだわ。ラシェルとジルはどうして我が家に?」
聞いた途端、アンナさまは顔を顰め、エルミーヌさまはいっそ笑った。
ラシェルとジルは困っているようで、あまりいい話ではないらしい。
「どうやらいい知らせじゃなさそうだ。ラシェルは結界の調整。ジルは聖女の力の研究をしてたはずだな」
ロジェも私と同意見らしい。
ラシェルを連れて来たことで、司教に研究を許されたジルは、修道女や信徒、区長からも色々と聞き取りをしていた。
「そう、それでさ。公国でイレーヌと話してて、聖女の力は未だに定義されていない力かもしれないと言っただろ? だったらまず計測して実在を証明しなくちゃいけない。そのために公国で色々試した結果、計測はできたんだ」
「へぇ、すごいな」
ロジェが感心すると、ジルはちょっと嬉しそうに口角を上げる。
「普通の状態じゃ計測できないんだ。祈りの最中や結界を張っている時だけ。もしくは集中して聖書を読んでいる時にも計測できた。で、イレーヌが言ってただろ。反乱があった日、中央教会前で祈ってる人々から聖女の力を使う時に見える光が立ち昇ってたって」
そう言えば王城から見た光景を不思議に思い、ラシェルに話した時にジルもいた。
「暫定的にラシェルを百として色んな人たちを計ってみたんだ」
そう言ってジルが出すのは計測結果の名前と数字が並んでいる紙。
「ラシェルが百。アンナさまが九十五。エルミーヌさまが三十五。区長が五十」
アンナさまとエルミーヌさまは馬車の中で計測したという。
他にも中央教会に残っている修道女の名前が並んでおり、男性も調べてあるものの軒並み二十五以下の数値だ。
司教さまでもエルミーヌさまと同じ三十五でしかない。
「そして私がイレーヌさんに感じる素養としては、この辺り。シヴィルさんに感じる素養はこの辺りです」
聖女の力量を感じ取れるアンナさまが、私に差すのは数字にして六十から七十の値。
そしてシヴィルに対しての数字に、私は目を瞠る。
「え…………? そんなことありえるのですか!?」
これが本当だとしたらもはやシヴィルこそが反逆者だった。
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