100話:怠慢の証拠
迫る足音にロジェは入り口を譲った。
「全く、一国の王がこんな所にいらっしゃるとは情けない。ですが、その行動は玉座を捨てる意思と見なせますわね」
「退位をなんて言った途端に逃げるなんて、そんな判断力をお持ちだとは思いもよらないことでしたわ」
アンナさまとエルミーヌさまが普段どおりの優雅さで現れる。
どうやら新王は反乱軍の包囲ではなく、退位について話をしたために逃げたらしい。
逃げてどうにかなることでもないというのに。
「反乱を起こした悪逆の徒に阿るために私が退位するなどふざけるな!」
「そうよ! 立派に努める陛下を支えてこその臣下でしょ!」
全く状況を理解していない新王とシヴィルに、アンナさまとエルミーヌさまは淡々と告げた。
「支えるにも臣下の声に耳を傾けてくださる姿勢がなければ限度がございます」
「立派に努めるとは王都を反乱軍に蹂躙されると言う喫緊の状況で城内を逃げ隠れすることかしら?」
「無礼者! すぐに公爵夫人と子爵夫人を拘束しろ! 誰か、いないのか!?」
新王は怒って命じるけれど誰も動かない。
動ける人員を確保もしないで命じるだけだなんて、新王の立場をよく表している。
だいたいここは狭いから今いる人数以上は入れない。
たぶん階下には人がいるけれど、アンナさまとエルミーヌさまが率いて来ているので新王の命令など聞かない。
「あなたには、自らの過誤によって現状があるとは考えないのですか?」
「過誤だと!? 王の深謀遠慮を理解せず暴力によってほしいままにしようとする者どもこそ己の過誤を顧みるべきではないか! 貴様、賊徒に加担するか、イレーヌ!?」
「はは、本当に微塵もわかってないな。こりゃ退位すすめるわ」
ロジェが他人ごとで笑うと、新王は八つ当たりで怒鳴る。
「新参者が知った風に! 王家に生まれ王国を率いるべく生まれ育った私の何がわかると言うんだ!?」
「俺は言ったはずだが? 今のあんたに必要な王としての資質は、体を鍛えて剣の一つも振れるようになることだと」
「ふざけたことを…………! まさか、この反乱の裏にボルボー王国がいるのか!?」
どうしてそうなるの?
ロジェもせっかく真面目な表情になったのに、苦笑が浮かんでいる。
「聖女という最強の盾を自分から手放した時点で、あんたは剣一本で自分の身を守らなきゃいけないんだって話なのに。さすがは金遣いが荒いだけの女を聖女なんて呼ぶだけのことはある」
「ロジェ…………」
さすがに言いすぎね。
聖女は我が国では信仰の対象なのだから、そこを引き合いに出しての嫌味は顰蹙を買うわ。
そうでなくても後でエルミーヌさまに面白おかしく吹聴されても知らないわよ。
「私が聖女よ! そうよ、勝手に王都に戻って来たラシェルを捕まえて! こんなタイミングで戻ってくるなんて、ラシェルが反乱を扇動したのよ!」
「馬鹿を言わないでちょうだい。国難に際して駆けつけたラシェルこそ聖女として人々に仰がれているのがまだわからないの?」
新王もシヴィルの馬鹿なこじつけに、そうだったのかなんて顔をしないで。
「王都の守りなんて知らない! 誰も教えてくれなかったわ! 私に嫉妬して意地悪をしたのでしょう! そんなことで私を責めるなんてひどい! そうですよね、ニコラさま!」
シヴィルは私たちが言うことを聞かないとわかって新王に泣きつく。
「そうだ! 中央教会は聖女であるシヴィルに対して重大事項を伝えそびれるなど怠慢だ! そのせいで城のすぐ外にまで暴徒が迫るなんてことになったんだ! 責められるべきは私ではなく中央教会ではないか!」
二人そろって他人のせい、ね。
もう何を言っても聞く耳を持たないのでしょう。
私がそう諦めた時、アンナさまとエルミーヌさまがそれぞれ箱を取り出す。
蓋を開けると中には手紙が適当に放り込まれていた。
「申し上げたはずです。聞く耳のない方には限度があると。こちら、陛下の執務室とシヴィルさんの侍女から回収した中央教会からの手紙でございます」
「区長と司教、どちらからも来ているけれど、ほぼ未開封ですわね」
「なんであるの!? 捨てろって言ったのに!」
シヴィルはどうやら中央教会からの手紙を開封もせず捨てるよう指示していたらしい。
けれど仰々しく中央教会の紋章があるため、命じられた者の信心深さなのか残っていたようだ。
「陛下はお忙しいと言って開封なさらなかったとか?」
厳しい視線を向けるアンナさまに新王は胸を張る。
「そうだ。私は国のために多忙を極めていた」
「わ、私もよ! なのに責める言葉ばかりで見たくなくなってしまったの!」
「そう言う割にはどちらも開封されているのは二通程度ですわね」
そう言ってエルミーヌさまは手紙を取り出す。
シヴィルへは区長からの手紙二通、新王宛ては区長と司教一通ずつ開けられてはいるがそれ以外は未開封だ。
「この中で、こちらが最新の手紙だそうですが、中を検められては?」
「反乱軍が迫る中、書いてあることなんて王都の守りについてでしょうけれど」
区長と司教から一通ずつを選び出した手紙は、どちらも未開封だ。
教えなかった、知らなかったでは通らない怠慢の証拠がそこにあった。
「シヴィルさん、あなた王妃教育も受けず、お茶会があるから夜会があるからと逃げ回り、知ろうともしなかった怠慢の言い訳があるとお思い?」
アンナさまのお叱りに、シヴィルは諦めず言い訳を叫んだ。
「わ、私は陛下と周囲の協調のため!」
「あーら、そう言う割には茶会でも夜会でもずいぶん親密な様子の男性をとっかえひっかえ。話もそこそこに何処かへ消えると聞いたわよ」
エルミーヌさまが言うのはどう聞いても男女の仲についての暴露。
新王が驚く間に、エルミーヌさまはさらなる暴露を続ける。
「陛下も、ご多忙の中ずいぶん頻繁に賭博目的の集まりにはお顔を見せていたようですわね? シヴィルさんと参加される茶会や夜会でも、開かない議会の愚痴ばかり」
喋るエルミーヌさまの横でアンナさまが出すのは数字の記された紙だ。
どうやら新王の賭場での負債額。
さらに別の紙に記されているのはシヴィルの浪費の小計らしい。
「結界の維持という最低限のこともせず、させず、よくもまぁ、こんなに…………」
歳費が多すぎると困っていたラシェルに対してシヴィルはすでに使い切りそうだ。
というか、やはりラシェルに支給される分を丸々シヴィルが使いこんでいる。
呆れる私にシヴィルは夫人方への言い訳の代わりに怒鳴って来た。
「やれるならやってるわよ! 区長がちゃんとしないからいけないんでしょ!」
「区長は関係ないわ。あなたがきちんと聖女としてすべきことを修めていなかったせいでしょう。そうでなければ聖女の御坐所での不調は説明がつかないじゃない」
「区長が私のために備えてないのが悪いのよ! 私のせいじゃない!」
「あなたの聖女の素養なら結界維持だけならできるはずで、それができなかったのは結界を張るという基本を疎かにして体がついて行かなかったのでしょう」
「違う違う違う!」
シヴィルは私の指摘に怒り、興奮して地団駄を踏む。
叫び散らす言葉の内容などもう訳がわからない。
「イレーヌさん、つき合う必要はありません」
「そうね、もう反省する気もないみたいだもの」
「反省だと!? 王たる私に何さまのつもりだ!?」
新王まで興奮して、先ほど誰一人命令に従う者がいなかったことなど忘れたようだ。
攻撃的な目でロジェが私を庇うように動く。
「うちの前の国王は処刑台に上がっても国民に呪詛吐く以外にしなかったらしいからな。そういう手合いなんだろ」
ロジェの言葉に新王は驚愕した。
そして戦くように後退する。
「わ、私を殺すつもりか…………?」
本当に、反乱をなんだと思っているのかしら。
「いやいやいや! 死にたくない死にたくない! どうして私が死ななきゃいけないの! そんなの知らない!」
シヴィルがうるさくなったけれど、新王はようやく逃げ場のない状況を理解したのか大人しくなったのだった。
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