99話:王城侵入
中央教会から城への侵入は、内外の大混乱で容易だった。
門番はさすがに持ち場を離れられないと規定されているのでいたけれど、中央教会にラシェルが入ったのを見ていたので、私が聖女の帰還を報せに上がったと言うと通してくれた。
城の門を囲んでいた反乱軍を、中央教会にいた代表に説得させたのも良かったのかもしれない。
「それで? 予定外の敵の侵入に怖気づいた国王は何処に隠れたんだ?」
当たり前について来てるロジェが、王城で不敬にもほどがある発言をする。
「これだけ総出で捜していないとなると」
「逃げたか」
「ないわね。門は反乱軍が抑えてるのよ。城にいたほうがましよ。…………シヴィルも見当たらないし一緒に隠れていると思うの」
指揮すべき新王がいないため、反乱軍への対応さえ決まらず各部署の足並みが揃えられないまま内部は混乱していた。
そのせいで反乱軍が城の前まで容易に到達し、さらに対応に追われて混乱が解消されないという事態に陥っている。
「統治者不在で守りも使えない中、被害がほぼないのは反乱軍がお行儀よく真っ直ぐここ目指してくれたおかげだな」
「あなたがラシェルと協力してきてくれたおかげよ」
私の言葉にロジェは大袈裟なほど驚く。
「何よ? 感謝する時には素直にするわよ」
「うーん、こんな時じゃなきゃ全力で口説くんだけど」
「さすがにそこは空気を読んでもらわないと置いて行くわ」
「じゃ、もう一つ褒められることしてみようか」
ロジェは悪戯そうにウィンクをしてみせた。
「確かお偉方の説教嫌がって皇太后の所に逃げ込むって話だたろ? 案外皇太后が居場所知ってるんじゃないか?」
「ありえないとは言えないわね」
私たちは見咎める余裕もない者たちを横目に王族の居住区へと入り込む。
言い訳は安否確認か、ロジェの処遇を確認とかその辺りで考えていたのだけれど必要なかったようだ。
「あ!」
皇太后の所へ行く途中、私は窓の外に走る姿を見つける。
一瞬通り過ぎただけだとしても、黒とピンクの派手なドレスを見間違えるわけがない。
「いたわ!」
私の声に周辺で捜していた者たちも反応してざわつく。
「ま、他の奴らもこの辺りに隠れてることくらい疑うか」
走る私に遅れずロジェも走りながら、まるで不審者でも見つけたように叫ぶ城の者たちを顧みる。
ロジェの言うとおり、新王も捜しに来た者が多くて隠れ切れなかったのだろう。
そして今まで隠れていた場所から逃げ出したのを私が見つけた。
私はロジェと一緒に庭へ出て、走り去った方向へ足を向ける。
そこには庭園を望む小城がひっそりと建っていた。
「この建物は?」
「弟君に与えられた家屋だけれど今は無人よ!」
与えられたのは新王の即位後のことだ。
弟君はすぐに王都を離れたので住んでおらず、先王の時代から手を入れられていない。
なのに玄関扉は閉め損ねたように開いている。
小城の中へ駆け込むと、階段を駆け上がる激しい足音が響いていた。
「上だな。逃げてどうするつもりだ?」
「そんなの本人に聞かなければわかるわけないでしょ」
足音を追いかけて、行きついたのは王が足を踏み入れるはずもない屋根裏。
屋根の部材はむき出しで、部屋を区切る壁とドアはあるものの、物置か使用人部屋としか思えない簡素さ。
「ちなみに、ここから別の場所へ移動できるあては?」
「私たちの後ろに、厨房に続く階段があるわ。足音からして入った部屋には確か、物見の塔へ上がる階段があるはずよ」
「聞いておいてなんだが詳しいな」
「ここ、弟君の住まいになる前は王室関係者の客間としても使われていたから。ラシェルと一緒に泊まったことがあるの。その時、庭園を見下ろせると物見の塔へ案内されたわ」
知らなければすぐには見つからない場所。
けれど城に住んでない私でも知っている程度。
つまりこんな所に逃げ込んでも見つかるのは時間の問題だった。
「くそ! 何故王である私が逃げなければないんだ!?」
「もう! こんな所じゃなくて逃げられる場所に行きましょう!」
塔に続く階段を上るとそんな声が降って来る。
「聖女を名乗ろうという方が何処へ逃げようというのかしら?」
現われた私にシヴィルは苦い顔で振り返った。
けれど新王は明るく私に指を突きつける。
「イレーヌ、いいところに来た! すぐに私たちを結界で守って王都の外まで護衛せよ!」
「さすが、陛下! イレーヌ! 早く!」
途端に乗っかるシヴィルにも溜め息しか出ない。
「陛下、そこにいるのはあなたが聖女であると布告したシヴィルでは?」
「シヴィルは聖女の御坐所に仕掛けられた区長の罠で力が弱ってしまったのだ! そんなシヴィルに無理強いなどできるか!」
それは初耳ね。
シヴィルを見ると知らないふりをする。
今はっきり新王が言ったのにそれで押し通せると思うあたり本当に厚顔なんだから。
「単に結界の生成などほとんどしたことがないから、即座の生成も王都を抜けるまでの持続も、攻撃された際の立て直しも何もできないだけでございましょう」
「なんてことを言うの! 酷い! 陛下! 今の聞きました!?」
ただの事実で泣きつくシヴィルの茶番につき合う気はない。
私は塔に足を踏み入れると、方角を考えて窓を一つ開けた。
吹き込む風に騒いでいたシヴィルが口を閉じる。
ロジェは出入り口を押さえたまま動かない。
「あれが何かわかりますか?」
窓からは庭園が見下ろせる造りになっており、それなりに高い。
視線を上げて見渡せば、城を囲む壁から王都の街並みも見える。
もちろん、川を挟んだ中央教会も視界に収められた。
朝日に照らされた中央教会の前には、祈る人々が集まっているのも見える。
「今この時に聖女の務めを成す者が聖女です」
新王は、信徒が一心に祈る姿から目を離すと、シヴィルを見て私を見て考える。
「…………まさか、ラシェルか!?」
「王都の守りを起動しに自らの足で中央教会へと赴きました」
話している間も中央教会の前には人々が集まっている。
私がそこに王都民も混じる反乱民を止め置いたせいだろう。
聖堂に入らず教会前に人々は祈り出していた。
「…………あら?」
人々よりも上、そこに霧のように何かが浮いて見える。
微かに光るそれらは風に流されるように中央教会の中へと入るようだ。
私が不思議な現象に気を取られている内に、劣勢を悟ったシヴィルが喚く。
「王都の守りなんて知らない! そんな言いがかりで私を聖女から引きずり下ろすつもり!? 陛下もこの無礼なイレーヌに罰を与えてください!」
「いや、王都の守りは、聖女に伝承されるはず…………」
「それなら区長です! 区長が私に意地悪をして教えなかったの! わかるでしょ、ニコラさま!?」
区長じゃなくても真面目に修道生活をしていれば習った内容だというのに。
そんな恥ずかしげもなく責任転嫁をする声を、迫るヒールの音が断ち切った。
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