97話:中央教会への乗り込み
王城前の中央教会を目指した私たちは、川の向こうに反乱軍との睨み合いを見た。
城門は兵が守っているため、反乱軍は王城に入ることはできないようだ。
それでもラシェルは足を止めて、同じ王国の民同士で傷つけあうことを止めようとした。
「イレーヌ、あちらにも結界を」
「ラシェル、王都の守りを起動すればいいのよ。結界は一時この場に固定して、反乱民の一部は残ってもらいましょう」
きっとここまでの行進と同じように仲間を説得してくれる。
その裏で教会内部への侵入を妨害する壁になってもらおう。
少々の良心は痛むけれど、ラシェルが聖女の御坐所に入るまでの少しの時間だ。
私に反乱民の区別はつかない。
なので我が家を包囲した反乱民に限定して、ラシェルを守る手勢になってもらい中央教会の中へと同行させた。
「ひどい…………」
「すでに荒らされた後ね」
ラシェルは見るからに荒らされた聖堂を見てショックを受けたようだ。
祭具は祭壇から転がり落ち、聖書も床の上へと投げ出されている。
信者のための椅子もひっくり返り、燭台が倒れて小火を起こした形跡まであった。
「どうやら抵抗しながら逃げた奴がいるな」
そう言ってロジェが祭壇に近寄る。
そしてそこにあっただろう香炉を掴んで投げるふりをしてみせた。
その腕の先には確かに祭壇の上に据えられていた香炉が床に転がっている。
そうしてロジェは祭壇にあった物がそこから聖堂の入り口に向けて投げられているさまを再現してみせた。
「あなた、一度観光に来ただけで全ての配置を覚えていたの?」
「ぼんやりとな」
その間にジルも動く。
「なるほど。聖堂の入り口を塞いだけど破られ、そして祭壇からこっちに逃げて、灯りを落とした」
小火が起きた所で足を止めるジル。
すでに消火はされており、どうやら襲撃した側が気づいて消したようだ。
布をかけて踏みつけ消した消火の後には、修道女ではない男物の靴の痕が残っている。
祭壇を通り過ぎたジルは、痕跡を追って投げ出された椅子のほうへ向かった。
「聖書を落として、椅子にぶつかりながら、こっちに行ったのかな」
ジルが指すのは聖堂から教会奥へと抜ける通路。
言われて見れば椅子の傾きが一律にそちらに引っ張られたような形だった。
「イレーヌ、あちらは」
「えぇ、聖女の御坐所があるわ」
私はラシェルと頷いて奥へと急いだ。
進む内に言い争う声が聞こえてくる。
「ロジェ、ジル、ラシェルをお願い」
私が前に立って進むと、反乱軍らしき男たちが聖女の御坐所の前に詰め掛けていた。
その中に五人ほどの修道女が捕まっている。
腕を捻り上げられながら大声を上げているのが区長だった。
「大逆を犯した上に聖女の権威を軽んじるなど! 分を弁えなさい、この下郎!」
「うるさいな! いい加減聖女の居場所を吐け!」
どうやら聖女を捜してここまで押し入り、区長を捕まえて居場所を吐かせようとしているらしい。
背後から一緒に来た反乱民が囁いた。
「ありゃ、軍の人だ。確か王か聖女さまを押さえるって真っ先に王都に入った」
つまり城の門が開けず聖女を狙いに変えたようだ。
どちらも国を象徴する存在。
どちらかを押さえれば反乱側の言い分を呑ませる人質になる。
「やっぱりこの中には誰かいるようには見えねぇな?」
「おい! 聖女は何処だ!? それとも殉死希望か!?」
「ひ…………!?」
すごまれてさすがの区長も声を引きつらせる。
本当に殉死させられては敵わない。
私は反乱軍人との距離を測りながら前に出た。
「知らないことを答えろと言われても、無理でしてよ」
私は背後に待機を命じるため手を振った…………はずなのにロジェだけついてきてしまう。
どうやらロジェは自分の体で区長からラシェル見えないようにしているようだ。
目の合ったロジェは笑いかけてくるので私も何も言わないことにした。
「何者だ!?」
私は淑女の礼を取って軽く膝を折り無言で挨拶をすると、また前に出る。
もう少しかしら?
「イレーヌさん! 彼女は公爵令嬢です! 隣は他国の王子ですよ! これ以上罪を犯す愚はわかるでしょう! 今すぐこの手を放しなさい!」
思ったより区長は元気ね。
反乱軍も嫌そうに唾を避けるくらい元気だわ。
「別にその方を解放しろとは言いませんからお好きにどうぞ」
「なんですって!?」
区長の叫びに捕まえている側が残念そうな顔をする。
「…………おい、後ろの奴らは人質のつもりか?」
私の後ろの反乱民を見て恫喝するように聞くのが、どうやらこの中の代表らしい。
「まさか。ここまで案内していただいた敬虔な信徒です」
代表は反乱民の敵意のなさに眉を顰める。
私が完全に背中を見せているというのに襲う様子もなければ逆らう様子もない。
「あなた方を捕らえることは簡単です。ですが、それはいたしません。ですから一つお答えください。あなたが聖女と呼ぶ者は誰ですか?」
代表は迷わず答えた。
「どっちでも」
「あら、そうなの?」
これは予想外ね。
けれど二者からの選択を想定しての返答は、つまりそういうこと。
驚く私に代表は悪辣な笑みを浮かべた。
「追い出された聖女なら旗頭になる、追い出した聖女なら国王への人質になる。どっちであっても問題はない」
「旗頭にするの間違いでしょ」
人質になるかはわからないけれど。
今のところ国王はシヴィルを庇っているとは言え、謝るのが嫌で貴族と軋轢を生じたような性格なのだ。
反乱軍にシヴィルが人質にされた場合、果たして恋人と自分のプライドのどちらを取るのか。
まぁ、今はそんなことどうでもいいわね。
「やることは変わらないわ」
「は!? こいつ、結界張れる奴か!」
私は両手を打ち付けて結界を発生させる。
反乱軍人たちが抵抗の構えを見せても気にしない。
打ち合わせた両手を肩幅に広げると、板状の結界が左右に別れて聖女の御坐所までの道を作った。
宣言どおり結界で捕まえることはしない。
反乱軍は転んだ者もいたが誰一人捕まえることなく私は聖女の道を確保した。
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