96話:聖女の行進
「自分で言っておいてなんだけど、聖女ってすごいな」
ロジェが半端な笑みを浮かべてそんなことを言った。
沈静化したために反乱民ごと屋敷に一度は招き入れたのだ。
そして今、全員でラシェルを先頭に王都を堂々と行進している。
「それは反乱民がことごとく従うから? それともこの結界のこと?」
ラシェルの後ろを歩きながら私も改めて現状を眺めた。
ラシェルは今、濃い青の修道服を着ている。
私が持っていた物を貸して我が家で着替えてもらったのだ。
一定の才能を認められて賦役を終えると配布される服で、上から数えたほうが早い格式のあるこの修道服は、祭事に参加する際に着る。
私の場合は公爵令嬢の立場で出席するので長らく袖を通していなかった物だった。
「結界は知ってたから、これだけ熱心な信仰の対象ってとこには驚いた。あと、寄って来てるの反乱民だけじゃないだろ、これ?」
ラシェルが追放されるという状況を知っているからこそのロジェの言葉を今さら否定はできない。
国を守る要で、目に見える安寧の象徴。
そんな聖女が信仰の対象にならないわけがない。
けれど今さら新王や区長の信仰心のなさを語ってもしょうがない。
私は実利的な部分を答えた。
「今のラシェルにはどんな屈強な兵士でも手出しができないわ。そんな安全圏が近くにあれば不安を抱える者は誰でも救いを求めるでしょう?」
ラシェルを心配するあまり避難を勧めたけど、久しぶりに見た聖女の結界を越えることができる相手がいるとは思えない。
最初にラシェルに下ったのは我が家を囲んでいた反乱民と少数の反乱兵だった。
それらを従えて結界で覆い、そのまま中央教会を目指して行進をした。
すると貴族屋敷界隈にいた反乱民たちは、聖女の結界が放つ光に誘い出されるように寄って来たのだ。
「聖女さまだよ。俺らを聖女さまが守ってくださる。お前も来いよ」
「あんたもこっち来て落ち着きな。違ったんだよぉ、あたしらのやり方は」
結界の鎮静作用で冷静になった反乱民が仲間を呼ぶ。
悪心がなければラシェルの結界は反乱民だろうと受け入れた。
するとそれを見て怯えていた王都の民も寄って来たのだ。
「いやいや、聖女さま追い出されたって話だったんだぜ。で、代わりに新しい聖女が立ったとかって。しかもあのラシェルさま追い出したとくる」
「けどその新しい聖女さま、何もしてくれないのよ。お城にいるだけでねぇ。ラシェルさまは奉仕活動でお声かけくださることもあったのに」
ラシェルの結界の中で行進しながら、地方民と王都の民とが情報交換をしている。
地道にラシェルの非を否定し続けていた甲斐があったようだ。
それに加えてラシェルが王都にいる間、品行方正であったことも大きい。
聖女だからではなくラシェルだから安全だという王都の者が多い。
「何、聖女だと!? 捕まえろ!」
たまにそう言って襲ってくる者がいる。
けれど結界に柔らかく阻まれるだけ。
「襲ってくる相手さえ傷つけないなんて、本当に聖女さまだな」
「なんだかそう言われると硬いだけの私に度量が足りないみたいだわ」
実際足りないのだろうけれど。
こんなに増える一方の人々を包み込むようなことは私にはできない。
拒絶するならきっぱり拒絶、守るならがっちり守る。
私はラシェルに比べて人間的にも柔軟性がないのかしら?
「意思のはっきりしたしたところもさっぱりしてて俺は好みだけどな」
「そんなことはどうでもいいけれど、トリスタンの姿は見えないわね」
私が流すとロジェはこれ見よがしにがっくりした。
「まだ門のほう制圧できないんだろ」
公爵家にやってきたのはロジェとラシェル、そしてジル。
ジルはラシェルのすぐ後ろで守ろうと頑張ってるけれど今のところ出番はない。
トリスタンは少数精鋭を率いて、退路確保のために門を一つ奪還しようと動いているそうだ。
制圧されてすぐの上に、反乱軍はほとんど王都の中へと入っている。
門を守っていた兵を救出して、奪還の予定なのだとか。
「たぶんあちらは間に合わないわね」
新たな王として迎える弟君を迎えに行ったお父さま。
籠城を想定していたのに、まさか内側から早々に開けられるとは考えていなかった。
「誰かこの祭に乗り遅れた奴がいるみたいだが、今回何処までが予定どおりだ?」
ロジェが冗談めかしてそんな聞き方をしてくる。
「全部予定外よ。あなたの出現も含めてね」
睨んで見せるとロジェは嬉しそうに片目を瞑ってみせた。
「そんな顔しないでくれ、婚約者どの?」
「こんな時に…………」
「いや、他人事って言われて追い払われないためにもさ。それに俺の護衛程度とは言え、兵入れる許可もないし。緊急時だって許してもらうにはそれなりの言い訳がいるだろ。だったら新王が玉座に残った場合も考えて、一度目の前でかましたし受け入れられやすいかと思って」
確かに婚約者なら身内扱いであり、国際問題よりも扱いは軽くなる。
だからって私を使ってそんな嘘を流布しないで貰いたいものね。
「はぁ、混乱に紛れて聞き流してくれてるといいけど」
「俺としてはこのままでいいけどな」
もう一度睨むともう一度ウィンクを返された。
他人ごととは言え反乱のただなかにいてこの余裕は見習うべきなのかしら?
助けられたのは本当で、結果的にラシェルの帰還も現状プラスに働いている。
ロジェの行動を私は否定できない。
良くも悪くも本当に予定外ばかりだわ。
「私、策謀に向いてないのかも知れないわね」
「いや、チャンスは必ず掴んで自分に有利に動かす辺り向いてると思うぜ。ただ今回はイレギュラーが多すぎた」
「それさえも計算に入れて余裕を持たせておくべきだったのよ」
私の愚痴にロジェは真面目に考えて答えてくれる。
新王が籠城を選んだ時点で気を抜いたのがそもそもの間違い。
だから内から開くなんて可能性考えてなかった。
屋敷で悠長にしていた自分が恥ずかしくなる。
「じゃ、しっかり反省までできるイレーヌは、名誉挽回に今から何をする?」
ロジェはそのために私が動くだろうと当たり前に口にした。
同時にそのための手助けをすると目が語っている。
こんなことに安心してしまうのが悔しい。
けれどロジェの手を借りれば不測の事態も平気だと思えた。
これは魔物退治まで一緒にした弊害かしら?
「…………今、中央教会に向かっているでしょう?」
「なんか特別な守り使って反乱民を落ち着けるんだったな」
ロジェはラシェルの結界を見上げて軽く唸る。
「国一つ覆ってるってのは知ってたはずなのに、改めて王都一つ覆うって言われるとその規模に驚かされる」
「落ち着けるにも限度はあるわ。基本的に攻撃性と恐怖を鎮静させる方向だから。もっと別の目的を持って動く相手には効き目が薄いの」
「別の?」
これはロジェを巻き込んでいいかどうか…………。
「何遠慮してるか知らないが、巻き込めよ。面倒ごとでもイレーヌ一人行かせる気はないぜ」
まるで心を読まれたかのような言葉に心臓が跳ねる。
びっくりした。
え、そんなに顔に出てた?
どうしてわかって…………いいえ、そうね。巻き込まれに来たのなら巻き込んでしまいましょう。
私は動揺を押し込めて一度静かに深呼吸をした。
「…………ラシェルの状態如何で、私は城へ上がります。ロジェ、ラシェルのことをお願い。聖女は我が国の要よ」
私は行く手の王城を睨むように見据えた。
毎日更新
次回:中央教会への乗り込み




