94話:裏口から
反乱軍を形成する民衆に囲まれた我が家。
私が門に結界を張って凌ぐ中、突如隣国ボルボーの軍旗がはためいた。
「…………ロジェ?」
窓に寄ってよく見ても、どうやら幻覚の類ではないようだ。
民衆も気づいて背後へと体を返しているのが見える。
前進する軍旗にそって民衆が動いていた。
馬を恐れて遠ざかる者、反乱の興奮で武器を構える者など対応はそれぞれ。
「なんだこいつら!? 国の軍とは違うぞ!?」
「いや、確かあれはボルボー王国の…………」
どうやら城から逃げた男爵を追って数人兵が混じっているらしい。
その者たちはボルボー王国の軍旗を知っているようだった。
「そんな奴がなんの用だ!? よそ者は引っ込んでろ!」
「まさか乗じて侵攻か!? まだ少数だ! ここで潰しちまえ!」
言うことは勇ましいけれど兵が動かない。
どうやら前に出ようとする民衆を押さえているようだ。
さすがに完全武装の騎馬集団に防具もないまま突撃する愚はわかっているらしい。
「代表者は前に出ろ!」
威圧感のある声を出して無防備に馬を進めるのはロジェだ。
私は思わず窓を開けて身を乗り出した。
結界を開いて助けないと!
「我が婚約者の家に武器を持って囲む理由を語ってみろ! 」
はぁぁああ!?
何を言っているの!?
これはさすがに聞き間違いじゃない!?
「こ、婚約者だと? だったらなんで兵士連れてるんだ!?」
全くそのとおりよ!
「婚約者として並ぶにふさわしい姿を見せるために、己の誇る威容を軍人が示して何が悪い!」
悪い!
他国に王子が軍を率いてくるものじゃないでしょ!
そんなの本当に婚約者迎えに来てパレードするみたいな催しの時だけじゃない!
まだそんなことされるような仲じゃ…………! まだって何!?
私が一人混乱している間にも、ロジェと民衆のやり取りは続いた。
「こ、こんな時に何言ってやがる! よそ者は帰れ!」
まったくそのとおり。
民衆が上げる文句が私の心のままなのは何故かしら?
それなのにロジェは怯まず言い返した。
「それはこちらの台詞だ! 人が惚れた女に会いに来てみればこんな騒ぎを起こして! その上我が婚約者を囲むとはどういう道理だ!」
もう本当に何言ってるの!?
なんで反乱を起こした民衆と怒鳴り合ってるの!?
民衆が帰れと言うと、ロジェは婚約者に会うんだと言い返す。
微妙に怒り切れない感情論を返すロジェに、民衆の中にも困惑が広がっていた。
「何考えて…………、いえ、今はそれどころじゃないわ!」
なんとか民衆を退けてロジェを安全な邸内へ入れないと。
誘導や開門のための人手を集める必要があるわ。
そう思って部屋を出ようとすると外から開かれた。
そしてそこには予想だにしなかった相手が現われる。
「…………ラシェ、ル…………?」
「あぁ、イレーヌ! 無事でよかった!」
顔を隠すためだろう広いつばの帽子を落とす勢いで抱きついてくるのは、確かにラシェルだ。
その後ろから公国にいるはずの従兄弟のジルまで顔を出す。
「ふぅ、王都を間近にした途端、反乱と聞いて驚いたよ」
「どうして、二人が…………?」
思考がついて行かない。
ロジェも予想外だったけれど、この二人の存在も私の埒外だ。
「ラシェルがどうしても戻らなきゃいけないと言うし、君も以前ラシェルには虫の報せがあると言っていたから従ったんだよ」
「ごめんなさい、イレーヌ! でも、どうしても今戻らなきゃいけない気がしたの。そうしたら、ちょうどロジェもいて」
「え!?」
王都を間近にした時、ラシェルたちは王都が反乱軍に包囲されたことを知ったそうだ。
もちろん手勢なんて護衛程度しか連れていない。
そんな状況で王都に近づく危険は冒さなかったらしい。
「イレーヌが王都を脱しているなら別荘にいるかと思って。そうしたらロジェも同じことを考えて別荘に来たそうよ」
「まだイレーヌが王都に残ってると知って、いきなり反乱軍蹴散らすために出ようとするから止めるのに苦労したよ」
二人の説明はわかる。けれど何故この状態になっているの?
だいたいそれってつまりはロジェが軍備を整えて入国していることになる。
いったいなんのために?
「それであまりにロジェが逸るものだから別荘にいたトリスタンと喧嘩になってしまったの」
「トリスタンは策があるから待機って言ったんだけどね。ラシェルが今王都内部に行くべきって訴えるのにロジェも乗ってしまったんだ」
そして来てみたら我が家は包囲されていたという。
「待って。えっと、トリスタンが、あの数の兵を王都に入れることを許したの?」
それはまずい。
これは他国の力を借りたと後々問題になることは必至だ。
「はは、イレーヌもさすがに冷静さが欠けたみたいだ。騙されてくれるとは思わなかった」
「半分以上はトリスタンが率いてる領民だそうよ」
私は改めて窓の外を見る。
ロジェから後ろ十人くらいは揃いの軍服を着ていた。
けれどさらに後ろは似たような色合いであるだけで確かに軍人ではない。
「つまり、ロジェの護衛程度の人数だったのね…………」
本当に騙された。
突然の軍旗に婚約者宣言などに惑わされてしまったのが悔しい。
きっと我が家に迫っていた反乱軍も同じように騙されたままなのだろう。
「ロジェが表で気を引いている間に、私たちは裏から屋敷に入ってイレーヌの居場所を確かめる役目なの」
「教会のほうへ行っているかもしれないってトリスタンには言われたけど。見るに、行く前に包囲されてしまったと言うところかな?」
「えぇ、そう。そうよ! ラシェル! 危険よ、すぐにあなたは王都の外へ!」
「どういうこと?」
眉を顰めるラシェルに、こうなったら現状をはっきり言うしかない。
「新王から聖女交代の触れは出たの。けれど出てまだそんなに経ってない。今もまだ聖女がラシェルだと思っている人は多いわ」
情報は求めなければ人の移動と共にしか広まらない。
触れが出されたのは主要都市であり、年一回しかその都市に行かない者もいれば、生まれて一度も農村から出ない者もいる。
「王領の民は農村から出ない類よ。そして反乱の経緯を思えば、代官から正しく情報伝達がされているとは思えない」
「新王の婚約者としてラシェルも攻撃対象にされるかもしれないってことかい?」
「反乱軍は声明を出して反乱の正当性を主張することをしているわ。その中に、奢侈に溺れる聖女の散財によって民が苦しめられたとあるの」
「それは、シヴィルさんのことではないの?」
「ラシェル、だから反乱軍のどれだけがその聖女がほとんど民衆に認知されてないシヴィルだと理解してるか怪しいって話なんだよ。確かにラシェルは逃がしたほうが…………」
ジルは納得してくれたけれど、ラシェルははっきりと目に不満を露わにしていた。
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