93話:反乱軍到来
馬鹿な勅命でやって来た兄のパトリックを捕らえて、私は屋敷の一室に放り込んだ。
兵は周辺の治安を担う警備兵の下へと突き出してある。
以前も管轄外であるのに私を連れ去った前科が城の兵にはあった。
同じ愚挙を犯したことに警備兵たちはかんかんだ。
城の兵を罪人として拘束し城へと猛抗議中だという。
「現状の逼迫と過誤を残った重鎮方が責め立てて、退位の機運を…………という話だったのに」
私は予想よりも急激なことの進展に屋敷で頭を抱えた。
そこに執事がやって来る。
「お嬢さま、これ以上使用人の身内を屋敷に入れては寝る場所も」
「必要ないわ。こんな馬鹿騒ぎ今日で終わらせます。ともかく皆の家族の安全を最優先にしてちょうだい」
私は公爵令嬢として恥ずかしい恰好を取っていた体を立て直し、表情を引き締めて命令をする。
「私は教会へ向かいます。私が出た後は決して門を開かないよう」
「イレーヌお嬢さま! ご報告いたします!」
侍女が伝令のメモを握って駆け込んで来た。
この手の報せで最近いいことは何もない。
「王都に侵入した反乱軍の軍人たちは、真っ直ぐ王城へ向かっているとのこと! 民は貴族屋敷を狙っている模様です!」
「無辜の民を狙わないのはいい心掛けよ。けど…………」
それでは私が動けない。
ここは貴族屋敷の集まる地区であり、教会は王城の目の前なのだ。
「いえ、今はすぐに伝えられるだけの家に反乱軍の狙いを伝えて!」
命じて人を走らせるけれど、この先どう動くべきか悩ましい。
「いっそ新王はこの国を滅ぼしたいの!?」
苛立ちが募って漏れる言葉が、私自身を冷静にさせる。
「状況を整理しましょう。反乱軍は予想どおり王都の城門前に展開したわね」
室内に残った執事が応じた。
「はい。四つある門を手分けして包囲しました。王都にめぼしい兵がいないとわかっているからこその分散であったと推測されます」
「今になっても王城から報せは?」
「何も」
控えていた従僕が感情を殺しきれずに苦り切った声で答える。
包囲されたと知った新王から、民に対して発表も対応の命令もない。
それは貴族にも同じ、つまり防衛にさえ誰も動いていないのだ。
「王都の門での交戦はなかったのよね?」
「はい。防御壁に巡回の兵は配置されていましたが、人質を取られたため戦闘もできず武装解除をしたと」
執事が言う人質は、新王の取り巻きだ。
反乱軍に捕まった理由は…………門を開いたから。
自分で思い出してもあまりな顛末に本当のことかと疑いたくなる。
退位の機運を察し、新王の無策も間近で見た馬鹿な取り巻きが、包囲された今さら王都から逃げようとしたのだそうだ。
密かに王都を出るということも、もうできない状況もわからずに。
「深夜門を守る兵と言い争い、その時点で外の反乱軍に気取られていたのではないかと」
「そして新王を見捨てるのに新王の権威を使って無理矢理門を開けさせたところ、待ち構えていた反乱軍に押し込まれた、と」
執事に応じて想像しうる状況を考えるけれど、やはりあまりにも間抜けとしか言いようがない。
もちろん門を開いて反乱軍が入り込んだ時点では交戦があったはずだ。
けれどすぐに取り巻きが反乱軍に捕まり人質になったと聞く。
「夜の内に門が制圧され、日の出と共に全ての門を制圧。響応して四つの門全てから王都へ乱入。その後も狙いを定めて進軍中。指揮官は優秀ね」
本当に、心から、足並みの揃わない新王周辺に比べて優秀であると言える。
「なんて、言っている場合ではないわね。今からここを抜け出した場合、私は教会へたどり着けるかしら?」
控えている『馬』の従僕は一歩前に出た。
「恐れながら、聖騎士にお願いして来ていただいたほうが安全は確保できるかと」
「確かに私が向かおうと思えば王都の中を遠回りするし、教会近辺に行けても見咎められるかもしれないわね」
あの辺りは馬車が行き交うために道が広く見通しがいい。
「はい、何より反乱軍の目的が王城となれば、教会の目前には反乱軍が展開することも」
「裏から行けばと思ったけれど、そこへ行くには王城を臨む大通りを渡らなければいけないのよね」
夜の内ならまだしも、もう日は昇り始めている。
そして反乱軍はこの界隈にも来ているというのだ。
今から屋敷を出ても見咎められる可能性は高い。
「反乱軍はこちらに来て何をすると思う?」
「略奪ではないでしょうか」
執事は貴族屋敷を襲う理由を金品が目的であると考えるようだ。
となると体制への反抗ではなく、欲に突き動かされた無軌道な暴力が迫っていることになる。
相手の動きを予測して避けるのは難しいでしょうね。
「…………なんて話してたのに、どうしてこうなるの?」
小一時間が経ち、我が家は反乱軍の民衆に囲まれていた。
「す、すまない。我々が逃げ込んだばかりに」
「いいえ、男爵。反乱した者たちの行動が予測と違っただけですわ。ご家族共にご無事で何より。ここはわたくしが守りますので、どうぞお休みください」
新王の財務を預かる男爵が、城から家族を助けに家へと向かった。
けれど反乱軍に見つかり追跡を受け、屋敷を襲撃されたと言う。
そして何とか逃げ出した末に我が家に駆け込み、囲まれてしまったのが今だ。
「それに、城内の様子は大変助かりました」
私は侍女に命じて男爵方を客間に案内させた。
男爵が言うには、新王は恐れをなして城の何処かに逃げたシヴィルを捜しているらしい。
しかも防御壁の門を守れなかった者たちを罪に問うと言ったせいで幕僚も見限り、幕僚が独自に手勢で守りを敷いている状態だそうだ。
ただ城を守ることで手一杯なため、貴族屋敷界隈はもちろん、街も守れない状況。
「イレーヌさま、どうやら辺りに詳しい者はおらず、今なら屋敷の裏手から逃げられますが?」
「門を守る結界を維持している私が屋敷から離れるわけにはいかないわ。王都の民は襲われないようだから、少数ずつ使用人とその身内を家に帰してあげて」
守るつもりで呼び寄せたけれど、ここにいるほうが危ないかもしれない。
私は窓から正門を見る。
農具を持った者たちが興奮し、騒ぎながら結界を攻撃していた。
「正門の前に岩を置いたようなものだからすぐには壊されないけれど、私も動けないわね」
教会の守りは外敵からの攻撃を防ぐのとは別に、内部の民衆の心を和らげる効果がある。
今こそ発動させるべきなのに。
悔しい思いで眺めていると、民衆に今までと違う動きが生じた。
「あれ…………は…………黒い旗…………?」
民衆の向こうに突如軍旗が上がる。
描かれているのは葡萄と穂を守る獅子。
我が国で使われる軍旗ではない。
そして本来金色の文様は全て黒く染められているのを私は知っている。
「黒太子…………」
それはボルボー王国第三王子を示す軍旗だった。
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